10話•越破
《西側護衛団 大講堂室》
副団長ロギの号令から始まった“模擬演習“。
シンを含め、100名の新団員達はこの広くて遮蔽物のない大講堂室で試合を始めると思っていた。
──だが、その思考は大きく外れるのである。
『フィールドど〜ん!!!』
その瞬間、団長であるリースの声が会場内に響き渡ると同時に大きな揺れを感じた。
「……住宅街……?いつの間に…」
シンの目の前に現れたのは数々の家が立ち並ぶ住宅街だった。
住宅のそれぞれは、まるで本物の素材で出来てあるようで、手に取って触ることも出来る。
するとその時、副団長のロギの声が辺りに響き渡った。
『リース団長の“進化能力種“は【特異種】の『創幻』。その能力でこの仮想フィールドを“直々“にリース団長が作った。このフィールドで暴れ回れッ!新人達ッ!』
その声は猛々しく、力強く感じられた。
しかし、次の刹那、シンにはその声を深く聞いていられる程、余裕は無くなることとなる。
「よぉッ!無能力者さんよォ!!」
「ッ…!」
そう、絡んできたバーリアという男が来るまでは。
「おいおい、逃げるなってェ」
「……」
バーリアはニヤつきを止めず、ゆっくりと近づいてくる。
それに対し、後退りをしながら様子を伺うものの、バーリアの様子が少しおかしかったのを見逃さなかった。
「……お前、もしかして仲間を連れているんじゃないだろうな」
シンは恐る恐るそう言ったが、おかしなことにバーリアは口元を笑うように歪ませ、声を発する。
「そんな違反、するはずないだろう?」
バーリアは自身の木刀を右手で持ち、眼を見開く。
──その眼は黒く、酷くよどんでいた。
「……ふんッ!!」
「ッ!!」
そして次の瞬間、バーリアの打撃がシンを襲う。
だが、それに対抗すべく、シンの木刀を取り出し、バーリアの木刀とで剣先を交える。その力は拮抗しており、鍔迫り合いとなる。
「でしゃばるんじゃねぇよ、無能力者がッ!」
「……それしか言えねぇのかよッ!」
シンは声を張り上げ、手の力を増していく。
だが、バーリアはその声を聞き、不気味に笑い始める。
「なんだ?怒ってんのか?お前は無能力だから俺に嫉妬してんのかァ?」
“シン、私は東側護衛団に行く。ごめんね“
その瞬間、シンは何かフラッシュバックしたかのようにピクリと体を震わせる。それと同時に木刀を持つ力が弱まっていく。
そして自分でも聞こえる程の心音が聞こえてくる。
「隙があり過ぎなんだよォ!無能力者ァ!」
「ガハッ……!」
その隙にバーリアの木刀はシンの首元に打撃を加える。
“ミレイはお前みたいな無能力者じゃない“
“お前じゃ不釣り合いだ、考えた方がいい“
心音はバーリアの声を超えるほど大きく耳に反響する。
(………うるせぇよ)
「あーあ!俺一人じゃコイツ殺りきれねェかも─」
バーリアは大きく“突き“の姿勢をし、ニヤリと笑いかける。
「──なぁッ!!」
そして、木刀をシンの胸辺りに突き立て、思い切り押し切る。
「……ッ゛!゛」
シンの胸辺りはその突きを受け、赤い血のシミが浮き出るようになる。だがしかし、バーリアの攻撃は止む事はない。
「お前はッ!いいよなぁッ!」
「……ガッ……ハッ!」
まるで人形を滅多打ちにする子供のように、右横殴り、左横殴りと容赦のない追撃がシンを襲う。
「お前の父親のおかげで成り上がりやがってッ!」
「……ッ゛!゛」
“言い訳だけは一丁前なんだな“
“それでよくお前の親父を目指そうとしたな“
心音は加速し、息が乱れていくシン。
(うるせぇんだよ……)
シンはその後、数撃受け、身体中に赤い痣と血がこびりつきながらも、フラフラと立ったまま地面を凝視する。
「……へぇ、まだ立てるんだな。ハッ…もうHP35まで減ってるじゃねぇか。俺“無傷“だけどなッ……?あれ?俺まだ能力使ってないぞ?ってことはお前がただ弱いって事じゃねェ?」
“貴方といると弱さがうつる“
“お前は無理無理〜諦めろ?“
(そんなこと俺が一番……ッ)
バーリアはそう言って、上段の構えを取る。
そして完全に“終わらせる目“をしていた。
「じゃあな、無能力者ッ!」
だが、バーリアはその振り上げた木刀は動かす事なく、彼自身の視線がシンの方向へ行っていた。
「……」
「……は?なんだコイツ……」
シンはなんと立ちながら、そして血だらけになりながら───笑っていた。
「………なッ!」
そして次の瞬間、バーリアは攻撃が来ると悟り木刀により、守りの体制に入る。
「なんで…ッ!?」
もちろん、相手も木刀で斬りかかると想定していた。
……だがその読みは的中することはなく、拳が胸付近へ突き立てられる。
「……ガハッ……!」
バーリアはそれを防ぎきれず、後ろへ吹き飛び、頭を強く打つ。
その拳による攻撃力は“80“。
HP“100“あったバーリアを一撃だけで8割削り切ったのだ。
そう、彼は実の父と同じく“統計外“のモノを持ち、暴走性を持つ“進化能力種“【特異種】の『越破』の持ち主であったのだ。
「……」
そしてその強撃をバーリアに当てた後、シンは疲れ果てたかのように倒れ込み、気絶してしまう。
「……クソがッ……ただのまぐれじゃねぇかッ」
バーリアがそう言って自身の腹を抱えながら、吐き出し、怒り狂ったように呼びかけ始める。
「……おいッ!テメェら早く出てこいッ!」
そう言うと、物陰に隠れていた他の仲間が2人ほど出てきて口々に言い始める。
「いやいや俺ら出る幕無かったですよ〜ッ」
「そうっすね、さすがバーリアさ────」
下っ端がそう言い始めると、バーリアが衝撃的なことを口走る。
「……コイツ、殺せ」
「え?いやそれはマズイっすよ……」
「……あ?」
バーリアは下っ端の一人を睨みつけると同時にバーリアの左腕が急に伸び、工場内で使う様な大きいドリルの様な形になると下っ端の顔に近づける。
「ひ、ひぃ……」
「バーリアさんに付いてけばいいんだって」
「テメェでやらないなら俺がやる。どけッ!!」
バーリアは下っ端の一人を退け、うつ伏せに倒れているシンの頭にめがけてドリルの刃先を向けて近づけていく。
「……まぐれの“無能力者“が……ヒヒッ…死ね」
しかし、その刃先はシンに当たることなく、先程まで彼が倒れていた地面に突き刺さしてしまう。
「……は?アイツ何処に……」
「……お前らさ〜。シン君に何してんの?」
その直後、バーリアは後ろで声が聞こえたため、急いで後ろを振り返る。
「……バーリアさん!コイツ一瞬で…ッ」
そこにいたのはシンを抱えた西側護衛団伍長の“レイゲン“だったのだ。
「めっちゃ楽しそうな事、してたよね」
「俺も混ぜてよ。バーリア君」
レイゲンの声色は明るく、綺麗であった。
ただ表情は全くと言っていいほど動いてはいない。そしてこころなしかレイゲンという男の身体周りに黄色い電流が流れているかのように思え、バーリアは畏怖を覚えたのだった───。