聖夜、現れたそれは…
12月です!クリスマスですね!(まだ早い)
断罪ものを参考に思いつきで書いてみました。
楽しんで頂けたら幸いです。
「ごめん、こういう事だから別れて欲しいんだ」
クリスマスの夜、特に予定もなかったが1人ダラダラと過ごす予定だった筈のその日。
私はどうしても会いたい。絶対に来てくれと執拗い彼の呼び掛けに根負けし、まぁいいかと仕方なく渋々赴いた先で突然そんなことを言われた。
「ん?どゆこと?」
「ごめんなさいっ!彼は悪くないんです!
彼に付き合ってる方がいることは知っていたのに…どうしてもこの気持ちを抑えられなくてっ…!」
「彼女を責めないでくれ!俺が悪いんだ!!」
「んん?」
彼の隣には可愛らしい顔の女の人がいる。
彼女はクリクリとしたその瞳に涙を浮かべるとそんなことを言い彼の腕に抱きついている。
こちらを見る目は優越感に浸りきり可愛らしい見た目と反しとても醜く見える。
「お願いします!彼と別れてくださいっ!!」
「俺からも頼む、この通りだ」
ここは個室という訳でもなく、周りには多くの人がいる。
チラチラと此方の様子を伺う彼らは一様にこの所謂修羅場というものに興味津々みたいだ。
わかる、わかるよー。
私も出来ればそちら側に回って是非とも傍観を決め込みたい
が、よく分からないことに私はこの場の当事者の様だ。
何がどうなってこんな事になっているのか…甚だ疑問である。
「えー…っと、ごめん。本当に何?意味わかんないんだけど」
すっかり二人の世界に浸り切り独自の世界を作り出す2人に
当の私といえば先程からポカンと呆気に取られていた。
漸くその言葉を吐き出せば彼の腕に巻きついている彼女さんは可哀想な子を見るような顔をしつつもその実、こちらを馬鹿にして嘲笑しきった目を向けていた。
うわぁ、アナタとーってもいい性格してるねぇ!
よく分からないけれど、売られた喧嘩は仕方ないので買ってあげよう。やばぁ、私って超優しくない??
なんて、1人心の中テンションMAXでお送り致します。
その間も私が何も言わない事をいい事に目の前の馬鹿共は何か話しているそうだったがぶっちゃけくだらなすぎて右から左に流れる流れる。
何?馴れ初め?興味無い。
真実の愛?うわさっむ。てかキモいわぁ。
「…という事があって俺は彼女と結婚を前提に付き合う事にしたんだ。お前には本当に申し訳ないと思ってるが…どうか俺の事は忘れて別れてはくれないか?」
「んー…とね。そもそもさ」
「突然こんなこと言い出して…酷いこと言ってるのはわかってる。それでもっ!」
「あ、そゆのいいから。取り敢えずこっちの話聞けし」
彼はの話をバッサリ切り静止する。
奴の話を聞いてても全くもって話が進まないからな。
「あ、はい」
漸く大人しくなった奴を見てうん。と一つ頷き、先程からずーーっと気になってた事を言い放つ。
「あのさ、そもそも私達付き合ってないよね?」
「「え?」」
あ、多分今この場にいる全員が同じことを思ったろうなぁ。
そこな通りすがりに見せかけた野次馬根性逞しいウエイトレスのお兄さん完全に固まってるし。
斜め前方で食事中のお姉さんなんか手が止まってるもの。
いやー、私もね?
そちら側なら全く同じこと思ったと思うわ。
でも残念ながらこれは皆が想像する様な楽しい修羅場でもなんでもないのだよ。
これは唯のおかしな茶番劇である。
「いやー、さっきから何言ってのかなぁってすっごい疑問だったんだよねぇ」
腕を組みしみじみとそう言葉を零せば目の前の友人…だと思ってた彼は唾を飛ばしながら必死になって言い訳をしてきた。
いや、汚ぇなぁ。
「は?いやいやお前こそ何言ってんだよ!お前は俺の彼女だろ!!」
「いやいや、あのさー。よく考えてみ?
私、1度でもお前に好きだって言ったことあった?
無いよね。私もあんたに言われた事ないよ」
「え…?そ、そんな事」
「付き合おうって1度も言われてないし、こっちからも言った事ないよ。確かにさ、よく二人でご飯行ったりはしたよ?
でもそれ以上の関係では無かったよね。
私的にはそこそこ仲のいい友人程度の関係だと思ってたんだけど…え?逆にどこどうとったら付き合ってるなんて勘違い起こるわけ??馬鹿なの?アホなの?」
突然、後ろから誰かの吹き出す声が聞こえた。
後ろの貴方。ブハッ!って、凄い勢いよく笑いましたね。
口の中に何も入ってなかったことを祈りまっせ。
「は?だ、え??」
目の前の奴は困惑した表情で意味のなさない言葉をブツブツと言っている。
それ、傍から見たらすっごい不気味で怖いしキモいしウザイよ?分かってやってるの?あら、そう。マジでキモイわね。
私は奴から目を逸らすとその隣でポカンとなんとも間抜けな顔をした彼女さんに目を向けた。
おーい、ちょっと皮が剥がれてますよー。大丈夫?
「あとさ、彼女さんに言いたいんだけど」
「はいっ?!」
声をかければとってもいいお返事が返ってきた。
君は軍人か何かかな?超いいお返事。でもここ周りに人いるからね、お店の迷惑…既になってるけど声は抑えようか。
何を言われるかと身構えるその姿は可愛らしい見た目も相まってとても庇護欲をそそるのだろう。が、お前の中身が全然可愛らしくないことを私は既に知っているぞ。
「貴方もさー、本当にこんな奴と結婚していいの?
あー、いや、好きなら別にそれでもいいけどさぁ。ぶっちゃけ趣味悪ゲフゲフ…ンンっ!えーっと、そうそう。
仮に本当にこいつに女がいたとして、可愛い子にちょっかい出されたら直ぐに鞍替えするようなやつだよ?
絶対浮気するよねぇ。てかしたよね。まぁ、奴の思い込みというか、勘違いだからこの場合本当にしたとは言いきれないかもだけど…奴の中で完全にしたよね。悪いともそんな思ってないみたいだしさ。私だったらそんな相手絶対嫌だわぁ」
「えっと、それは…」
モゴモゴと言い淀む彼女は無視して未だ混乱している馬鹿に再度目を向ける。
「で、勘違い野郎のお前に言いたいんだけどさ」
「え?あ、お、おぅ!」
なんだよ、その覚悟を決めた目は。
てかこいつこんなに馬鹿だっけ?何気に長い付き合いなのに
今まで気付かなかった私も大概阿呆だよねぇ。
…なんて、思わず自分に呆れてしまった。
が、言いたいことは遠慮せず今この場で全て言ってしまおう
「いや、確かにねぇ?こんな可愛い子に好きだなんだの言われて気持ちが傾くのは分かるよ?
でもさ、それはそれとして筋を通すべきだったよね。
仮に本当に私と…私とじゃなくてもね。
誰かと付き合ってたとしてこんな大衆の面前でさらし者にする必要なかったよね?
本当に別れて欲しいならさ、新しい彼女さん連れてきてこんな変な修羅場…?なんて作り上げる必要もなかったよね。
お前が私の事をどう思ってるかは知らないし、私には一生理解することは出来ないと思う、てかしたくないし。
この方法はいただけない。普通に最低最悪な手段だよね」
「…ごめん」
「それは何に対する謝罪?何も分かってない、気持ちも篭ってないそんなもの貰っても迷惑だよ。というか既に色々と迷惑だよ」
「…」
「あとね、別に私は人を好きになるなとは言ってないからね。誰かを好きになることはとてもいい事だよ。
でもね、私は人の気持ちが永遠に続くわけなくて時間共に移ろっていくものだと思ってる。
だからこそ別れるって手段は別に悪い事だとは思わないよ。
…でもね、やり方ってもんがあるよね。
結婚をしたいくらいに好きな相手ができたのならさ余計。
その子の為にも確りと話し合って別れるべきだよね。
こんな相手を馬鹿にしたようなやり方ではなくてね」
「ちがっ!馬鹿にしてなんて」
「違くないよね、これって完全に相手を見下して馬鹿にした行為だからね。こんなさ、人をさらし者にして悦に浸るなんて最低な行為でしょ?なんでそこに考えが行かなかったのか…甚だ疑問だわぁ。あとさー、この際だから全部言うけどー」
「まだあるのか…」
「え?なに?何か言ったぁー?」
何か言いたそうな目を向けるも、結局何も言わない彼と未だモゴモゴと何かを言いながら考え込んでいる彼女さんを一瞥した後口を挟まれる前にと思っていたことを全て遠慮なく吐き出した。
「私はさぁ、付き合ってる相手がいるのわかってて手を出してくる女もどうかと思うわけよ。
いやー、可愛い見た目の子は男を手玉に取るの上手いって本当なんだねぇ。泣き真似も上手くてスゴイヤー。
でもさ、ちょいちょい猫剥がれて優越感に浸ったすっごい醜い顔が見えちゃってるのはいただけないなぁ。
そーゆーさ?悲劇のヒロインぶりたいなら最後まで誰にもバレないように猫は被り続けてた方がいいと思うよ。
まぁ、相手の悔しがる顔が見たかったからこそ態とそうしてたのかもしれないけどね。
私だったらこんな明らかあざとくて女に嫌われるタイプの猫かぶりまくった見た目だけ可愛い子願い下げだわぁ。
でもまぁ、趣味の悪い者同士とーってもお似合いだと思うし?いいんじゃない?
将来的に浮気すること前提の男と、自分的にいい男がいればその相手に女が居ようが絶対に手を出す尻軽女。
あはっ!まじですっごいお似合いだね!!
どっちが先に浮気するかドキドキだねぇ!
ま、こんなこと言っちゃう私も大概性格悪い自覚はあるけど」
「んなっ、」
「まぁ、そんなお似合いのお二人さんは私の知らないところで勝手に末永くお幸せになって下さいな。
あ、結婚式には呼ばなくていいからねっ!
呼ばれても絶対に行かないけどぉ。
じゃあそろそろ邪魔者はお暇しようかなぁ。
良い友人だと思ってたけど…私の勘違いだったみたい。
もう連絡してこないでね、さよならー」
「ま、」
奴が何かを言う前に、私は近くにいたお客さん並びにウエイトレスさんに頭を下げる。
「周りの皆さん、せっかくの聖夜にお騒がせして申し訳ありません。お店の方にも大変ご迷惑お掛けしました」
私こそけじめは確りと付けなくてはいけない。
こんなにもお店を騒がし迷惑をかけてしまったのだから。
あーあー、結局何も食べれなかったし…
このお店にはもう来れないよねぇ。はぁ…本当最低な日だ。
店を後にすべく自分の分の代金を確認しお金をテーブルの上に置くとそそくさと出口へ向かう。
その途中、こちらの様子を伺っていた人達は気まずそうに目を逸らす者、迷惑そうな厳しい目を向けてくる者、そもそも視線を向けない者、未だ好奇心旺盛に目を向けてくる者…当たり前の反応だ。
沢山の視線を一身に浴びて堂々と出口へと進む。
俯いてはいけない。
私は被害者であって、疚しいことなんて何も無いのだから。
が、何故か一部の方々はよくやった!と声をかけてきた。
正直とてつもなく恥ずかしい…。
本当にごめんなさい。やめてください。お願いします。
先程とは違う意味で出口へ向かう足を早める。
「大丈夫よ~。貴方には悪いけどちょっと楽しかったわ」
「お嬢さんいい性格してんねぇ!なんかスカッとしたよ」
「あ、あはは…」
乾いた笑いを残し、軽く会釈だけして通り過ぎる。
出口までが嫌に遠く感じるのはなぜだ…。
やっぱり来なければよかったなぁなんて、考えていると先程のウエイトレスさんとは違う人間と思わしき声の人に呼び止められてしまった。
「お客様、少しよろしいですか?」
全然よろしくない。こちとらさっさと家に帰りたいのだ。
せっかくのクリスマスなのに…なんて仕打ちだ。
だがこの店には多大なる迷惑をかけてしまったのだからと自分に言い聞かせ足を止めて振り返った。
そこには淡い金髪に蒼い目の男の人が立っていた。
とても綺麗でモデルの様なその人に一瞬目を奪われたが、慌てて頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
やばい…超イケメン。
クリスマスの夜に金髪のイケメンお兄さんとか…天使かな??
「あ。その、本当にすいませんでしたっ!それに結局何も食べず料理を無駄にしてしまったことも本当にごめんなさい。
あ、私の分のお金はちゃんとテーブルに置いてあるので…」
「いえ、他のお客様もそこまで気にしている様子はありませんし大丈夫ですよ…あの、余計なことかもしれませんが、お金は彼らに払わせていいと思いますよ」
「いえ、借りを作るみたいで嫌なんでいいです」
「そうですか…これサービスです。他の方には内緒ですよ?」
「え?そんな頂けないです!」
「いえいえ。是非貰ってください。個人的にはとても楽しませてもらいましたから…これは貴方へクリスマスプレゼントです。こう言ってはなんですが…厄介な方と縁が切れて良かったと思いますよ」
「えぇ?でも…」
「ふふ、今度は是非お一人でいらして下さい。
とびきり美味しいものをご用意してお待ちしておりますよ」
そう言って、彼は私を店の外まで送り出してくれた。
結局押し切られる形で受け取ってしまった手土産を片手に私は来た時と同じく1人帰路についた。
「はぁ…」
街灯で彩られた明るい街中を1人寂しく練り歩く。
はぁー…と吐き出した息は白く、冬の寒さに肩が震えた。
横を通り過ぎる人々に視線を向ければ皆一様に楽しそうに手を繋ぎ笑いあっている。
サンタ姿のお兄さん、お姉さんが街中には沢山いた。
中にはトナカイやクリスマスツリーみたいな人もいる。
皆よくそんな格好できるなぁ…でも凄い楽しそう。いいなぁ。
それに比べて自分はクリスマス色なんて一切身につけていない。それどころかこちとらクリぼっちですわ!
…どうしよう。凄く虚しい気分になった。
「てかさぁ、クリスマスに呼び出すなよな…ばーか」
周りの楽しそうな姿から無理矢理目を逸らし、足を早める。
いつの間にかチラチラと雪まで降ってきた。
風邪をひく前にさっさと帰ろう…そう決めて一心不乱に足を動かすも先程の出来事が頭の中に蘇りチラつく。
席を立つとき、最後に見た彼の顔は何故か焦りと悲しみに染っていた。なんでお前がそんな顔すんだよ!と言いたかったが最早顔も見たくなくて逃げるように店を後にした。
…いや、実際逃げだしたのだ。
だって…本当は、少しだけ期待していたのだから。
彼の事は本当にただの友人としてしか見ていなかったけれど…よく食事にも遊びにもいった仲だ。
まさかクリスマス当日の夜に呼び出されるなんて思わなかけれど、あんなにも必死に頼み込まれたのだ。
もしかしたら、告白でもされるのではないかと思うのは自然じゃないか…。
「本当…馬鹿だなぁ、私。何期待してたんだろ」
友人としては好きだったけれど、恋人として見れるかと言われたら微妙な相手だ。
実際告白されたとして、付き合ったかどうかは分からない。
私にとって彼はその程度の相手だ。
なのに…
何故こうも虚しい気持ちになるのか。
何故、悲しい気持ちになるのか。
何故…私は今泣きそうになっているのだろう?
「ばか…」
その言葉は誰に向けて言ったのか。
彼か、それとも自分自身か。
それすら、もう分からなくなってしまった。
愚かなのは果たして一体どちらなのだろう?
◇◆◇
寒さに、虚しさに震えながら漸く家に辿り着いた時、丁度お隣さんと扉が開きそこの住人とばったりと鉢合わせでしまった。
「あ…お姐さん」
お隣さんは一言で表せば正しく妖艶な美女、といった感じだ。長くつややかな鴉の濡場音色の髪に切れ長の瞳、真っ赤なルージュを引いたその唇に浮かぶ笑顔は悪魔的な色気があり女の私でも思わずドキッとする程だ。
彼女はとても気さくな人でよく互いの部屋を行き来したりする仲だったりする。
年が上ということもあり私は普段から彼女のことを“お姐さん”と呼び本当の姉のように慕っていた。
だが、今は正直誰にも会いたくなかった。
それは勿論彼女にも。
それに優しい彼女の事だ。
今の私の状態では途轍も無く心配させてしまうだろうから…
案の定、その予想は当たってしまうのだが。
「あら、こんばんわ…ってどうしたの?!今にも泣きそうな顔してるわ。手もこんなに冷たくして…何かあったの?大丈夫?」
「何も無いですから、大丈夫ですよ!」
元気よく何時ものように笑って伝えたのにお姐さんに余計心配そうな顔をされてしまった。
本当に、大丈夫なんですよ?
ちょっと馬鹿に馬鹿なことされて仕返しに馬鹿にしてやったら自分もまた馬鹿な奴だったってだけですから。
「そうは見えないけど…今時間ある?話聞いてあげるから、ほら部屋の中入って」
「え?でも、今どこか出掛けるんじゃ…」
「いいからいいから。こんな状態の子放っておける訳ないじゃない」
「お姐さん…」
お姐さんのその優しく包容力のある笑みに気付いた時には思わず頷いてしまった。
くっ、美女の慈愛に満ちた笑みとか…私に断れるわけないじゃないっ!
「遠慮しなくていいわよ。ささ、早く早く」
「あ、でもっ!」
「でもじゃないのっ!ほらほら」
「ちょ、ま」
「はーい、いらっしゃーい。私の部屋に来るの久しぶりじゃない?ちょっと散らかってるけどそこは勘弁してね」
それでも今から出かける用事のあるお姐さんに悪いと自分の部屋に戻ろうとするも背中を押されいつの間にか部屋の中に押し込まれてしまっていた。
お姐さんの強引なとこ私は結構好きですけど、
今はちょっと困ります…。
「コタツあるからそこ座って温まってて。今、暖かい飲み物持ってくるからね」
「…はい、ありがとうございます」
炬燵に座ると、そこはまだほんのり暖かく誘われるように潜り込めばすっかり冷え切った体がジワジワと温もりに包まれた。
これは…果たして自分の部屋に戻れるだろうか?と炬燵の悪魔的魅力に囚われそうになっていると、そっと頬に手を添えられ上を向かされた。
そこには炬燵とは違う魅力満点…とは少し違い何故か色気全開なお姐さんの美しい顔があった。
な、何故そんなお顔をしてらっしゃるのでしょうか…??
「ふふ、こんな事言うのはあれだけど…弱ってるあなたもとっても可愛いわね」
「ふぇ?!」
舌なめずりしそうなその言葉と表情に、なんとも間抜けな声が零れた。
きっと今の私の顔も声同様にいや、それ以上に間抜けな顔を晒している事だろう。
「あら。そんな顔しないで頂戴、食べたくなっちゃうでしょう?…あら、これ」
お、おおお姐さん!冗談キツいっす!!
なんて1人ワタワタと狼狽する私を後目にお姐さんは私が持っていた紙袋に目を向けた。
このチャンス!逃すものか!!
「あ!そ、そうです!これお店の方にも頂いたんですよ。
良かったら一緒にどうですか?」
「あら、いいの?ここのお店とっても美味しいから私好きなのよ。でもあそこのお店持ち帰りなんてできたかしら…?」
「あ、なんか金髪のイケメンなお兄さんがサービスって言ってくれたんですよ。他のお客さんには内緒ねって」
「あらぁ、そうなの?それは良かったわね!それにしても金髪のお兄さん、ねぇ…あの野郎、俺の獲物に手をつける気か」
後半ボソリとお姐さんの声とは思えないドスの効いた酷く低い声が聞こえた気がした。
「え゛」
「ん?どうかしたかしら?」
「いえ…気の所為、かな」
聞き間違い?
そ、そうだよね。お姐さんがあんな怖い声出す訳ないし!
「そう?じゃあこれ頂くわね。一体中は何かしらねぇ…」
「さぁ、お菓子だと嬉しいですね」
「ふふ、そうね。じゃあいい子で待っててね」
「はい」
そう言ってお姐さんは台所へ姿を消した。
◇
あれから暖かいココアを貰い事の顛末をツラツラと…話す気はなかったのにいつの間にか全てお姐さんに吐き出してしまっていた。と言うよりも吐き出されたと言った感じか。
それを聞いてお姐さんは私以上に憤って、悲しんで、心配してくれて…とても親身になって私のことを慰めてくれた。
お姐さんの悪魔的ボディに抱きしめられ私は既にショート寸前だったけど…とても得をした気分だった。
お店から頂いたお菓子もとても美味しくて、ほとぼりが冷めた頃にでも1人で行ってみてもいいかな。なんて考えて。
そろそろお姐さんの時間がヤバいということもあり、用事があったのに無理して時間を開けてくれたお姐さんに沢山お礼を言って、最後にもう一度ギューッと抱きしめられてから自分の部屋に戻った。
「…ただいまぁ」
シン…と静まり返った暗く静かな部屋はスッカリ冷え込んでいて、先程までお姐さんの暖かい部屋で過ごしていたからか余計寒く感じた。
パチリと電気を付けてまず目に入ってきたのは真っ白でふわふわのロップイヤーが可愛らしい私の天使。
「あ、来てたんだぁ!やった!慰めてぇ!」
手を広げて抱きつこうとした瞬間、天使こと兎は慌ててベットの下へと逃げ出してしまった。
代わりにそこから姿を現したのは黒く小さなお耳が可愛らしい真っ黒な子犬。悪魔的可愛さのその子はクンクンと私に近づいてきた。
「君も来てたの?はぁぁ相変わらず可愛いなぁ」
兎の代わりに子犬を抱きしめ、寂しさを紛らわす。
お姐さんに存分に甘やかされ慰めて貰ったけれど、未だ荒んでいた心が癒されていく。
「あれ、君もいたの?今日は勢揃いだね!嬉しいっ!」
パサパサっと翼の音がして肩にちょこんと乗ってきたそれは小さな雀だった。雀の背中にはその体格に見合った小さな、しかし禍々しい雰囲気を放つ黒い鎌が飾られている。
まるで死神のようなその鎌を背負う雀はスリスリと頬にすり寄ってくる。
「今日は皆してどうしたの?クリスマスだから?ふふ、ちょっと嫌な事あったけど今日は皆が居てくるから嬉しいなぁ」
彼らはただの小動物ではない。
天使級に可愛らしい兎は正しく天使であり
悪魔級に愛らしい子犬は正しく悪魔であり
そして鎌を持つ小さな雀は正しく死神である。
彼らはいつからか私の部屋に訪れるようになった。
部屋の片隅にちょこんと置かれた扉のついていない空の鳥籠。本来何も入っていない筈のただの飾りでしかないそこから彼らはやってくる。
何故、彼らが天使と悪魔に死神かと言うと…
私にしかその姿は見えないからだ。
それに、犬が人を唆し雀が何かを刈り取り兎がそれを受け取っている場面を何度も見た事があるのだ。
その人達は所謂死期が近い状態なのか総じて死に至る。
彼らは可愛らしい見た目に反してとても恐ろしい存在なのだ!
だがしかし、何故か私には甘々である。
魂的なものを取るつもりならとっくに取ってしまっていてもおかしくはないのに、何故かこうして私が落ち込んでいる時にやってきては言葉通りその身を張って慰めてくれるのだ。
「…でね?本当あいつ馬鹿でさぁ。
まぁ、ちょっとでも期待して行った私も馬鹿なんだけどね…
でもあれは無いよねぇ。本当クズ、最低!」
今日の出来事をツラツラと彼らに吐き出している間も私の肩には雀がウンウンと頷き同意してくれている。
腕の中には兎がグテっと寝転びウトウトと微睡み、膝の上には子犬が唸り声を上げて憤っていた。
「…でも金髪のイケメンなお兄さんに美味しいお菓子は貰っちゃったし、隣のお姐さんにもいっぱい甘やかされて慰めてもらっちゃったからそれはそれで得した気分。それに、今日は皆がいてくれるしね。話聞いてくれてありがとうね」
彼らは一様にウン!と頷きそのモフモフな身体でめいいっぱい私を慰めてくれるのだった。
それから折角のクリスマスなのだから何時までもウジウジしてられないと気持ちを仕切り直し、彼らの好物を食べさせたり私自身ケーキを食べたり楽しい時間を味わった。
いつの間にか眠ってしまった私が起きた時には既に彼らは居なかったけれど、心の中はとてもスッキリしていた。
枕元には彼らからのプレゼントだろうか?
白い兎模様のハンカチ
黒い犬柄の手鏡
茶色い鳥の飾り時計。
それぞれ彼等の色を取り入れたそれはとても可愛らしい。
どれも持ち歩きができる物だ。
まるでずっと彼等が傍にいてくれる用で嬉しくなった。
これなら何時どこにいても寂しくなることは無いだろう。
「…ありがとう」
聖夜、私の元に訪れたのはサンタではなかった。
可愛らしい兎の天使様
愛らしい子犬の悪魔ちゃん
そして、雀の死神さんの3匹だ。
クリスマス。
友人だと思っていた馬鹿に呼び出されてとんだ恥をかかされたけれどそれでもいい思い出が出来た。
皆の元には何が行ったのかな。何を貰ったのかな。
来たのはサンタさん?天使?悪魔?それとも死神?
プレゼントは貰えた?欲しいものは貰えたのかな。
…癪だけどあの馬鹿の元にも何かいったのかな。
それがサンタでも馬鹿な女でもどうでもいいけれど…。
「…せいぜいお幸せに」
最後にそう呟きを零して、私は綺麗さっぱり奴らのことを記憶の中から抹消した。
いや、抹消された。
しかし、そのことに私が気付くことは無い。
だって、その男は既にこの世に存在していないから。
かつて男だったものに3対の影が降り注いでいる。
その傍らには原型を留めていないが女物の服を身に纏ったものもいる。
クリスマス、彼等の元に訪れたのは一体何だったのだろう?
サンタ?それとも…
ここまでお読み頂き有難うございました!
…どうしてこうなったのか甚だ疑問ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
皆様は良いクリスマスをお過ごしください(*´罒`*)
(作者はクリスマスは仕事です&ボッチです…
別に?さ、寂しくないから!!)