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組織なるものがあるらしい

「お待たせ、大丈夫だったかなっ!」

「レーヴェさん。沫は今寝ています。静かにしてください」


 沫がいる建物の管理室。レーヴェがアーデル達に「じゃ、」と言って消えてから一秒と経たずにレーヴェはここに現れた。

 沫は泡がどこからか持ってきた毛布を掛けられて眠っている。見たところ、息は安定しているし、頭から流れていた血も止まっており、命に別状はなさそうだ。沫が怪我をしてから二時間と少し、普通の人間ならば死んでいたであろう傷で今こうして穏やかに眠っているのは、運が良かったからだけではないだろう。


「心配いらなさそうで良かった。ちょっと寄り道しちゃってたから・・・」

「そうですか」

「うん・・・ところで、君たちはこれからどうするつもりなのか、聞いてもいいかい?」

「・・・沫がある程度動けるようになれば、海外に逃げます。伝手があるので、問題はないと思いますが」

「伝手があるのか・・・うーんそうか、ちょっと厳しいかな」

「なにがですか?」

「ちょっと勧誘しようと思ってさ、私達のところにね」

「私達、とはなんでしょうか。さっきも言ってましたが」


 そこで、レーヴェは大仰に手を広げた。顔もどこか自慢げなものに変化している。


「私は、とある組織に所属していてね。そこに君達を迎え入れたいと思っているんだ」

「組織・・・ですか」

「そう、組織。実はもう許可は下りてるんだ。どうだい?」

「遠慮しておきます。第一あなたを信用したわけじゃないですし、そちらにメリットがあるようにも感じられません。強いて言うなら、僕らを保護するフリをして警察に突き出したら少しはメリットがあるようには思いますが」


 泡の歯に衣着せない物言いにレーヴェは頬を引き攣らせた。このまま食い下がっても余計に警戒されるだけだろう、と一旦諦めることにする。


「そう・・・分かったよ。行き先は港かな?そこまでなら護衛するから、考えが変わったら言ってくれ」

「いえ、護衛は結構です。僕の伝手は、出来るだけ秘匿したいので」

「ふぅ・・・つれないねえ。じゃあここまでだ。どこかでまた出会えたらいいね」


 その言葉に泡は彼女がもう行くのかと思ったが、レーヴェはその場に座り込んだ。どうやら、沫が目覚めるまではここに居るつもりらしい。それを横目で見ながらタオルで沫の汗を拭った。沫が目覚めるにはもう少し時間が掛かりそうだ。その間だけ、情報収集を試みてもいいだろう。



「レーヴェさん。さっきの敵、どうなりました?」

「二人いた敵は、両方片付けたよ。もう奴らに襲われる心配はない」

「・・・そうですか。そいつらは、どう始末したんですか?」

「怖いこと聞くなあ・・・そんなに知りたい?グロテスクな回答になるよ」


 泡はレーヴェの顔を見た。・・・誤魔化されているような気がしてならない。直ぐに答えないのは適当な理由を作る時間稼ぎだろうかと、そう考えてしまう。先程あった屋上の戦闘の際も、なかなか敵が来ずにイライラしていた覚えがある。

 一連の騒動でかなり気が動転しているのかもしれない。今はそんな風に焦っている場合ではないのだ。


「すいません。やっぱりいいです」

「・・・いや、それだと安心できないもんね。ちゃんと言うとも」


 レーヴェは少しだけ姿勢を正した。


「さっき見た緑髪の少女。あの子は車に撥ねさせた。事故死に見せかけておいたから問題はないよ。沫君が予測した銃弾の敵の方は二メートル近い大男だったけど、そっちはビルから突き落とした。自殺に見えるハズだよ」

「・・・ありがとうございます」

「うん?いや、これぐらいは問題ないとも。日常茶飯事だし・・・あぁ、別に私の所属している組織が物騒ってわけじゃないよ?殺人は必要に応じてしかしないさ」

「ええ、だとしても入りませんが」

「別に今のは催促じゃないよ」


 そこで会話が途切れる。

 情報収集するつもりだったのに黙ってしまった。だが、これ以上話す気にはならなかった。この人とはここまでなのだし、充分だろう。と、思っていたのだが・・・


「なんですかそれ」

「見ての通り、ルービックキューブだよ」


 いつの間にかレーヴェの手には色だけのシンプルなルービックキューブが握られ、乱雑にガシャガシャと回されていた。既に二面ほど完成しているように見える。


「いつ出しました?というか、ずっと思っていましたが、どこから出しているんですか?」


 最初に見た姿のまま、レーヴェはカバンを持っておらず、着ている服もダボついていない。かさばるであろうルービックキューブは言うに及ばず、包帯も、チョコレートバーも持てそうにないように見える。


「もちろん秘密だとも。でも、推測で言ってごらん。当たったらそう言うよ」


 彼女は少し笑ってそう言った。遊ばれているようで癪だが、当ててみようか。


「そうですね・・・じゃあ、空間と空間を繋げられる力がある、とか」

「いや、それは違う。・・・けど、凄いね。さっきまで相手してたといえ、そんな非現実的な事、よくあっさりと信じれるもんだ。沫君もそうだったね。そういう超常が当たり前として扱って、敵の力を見抜いた」


 レーヴェの声音が二人を褒めるような物に変わった。思わず泡は鼻の頭を掻いた。


「僕はともかく、沫は賢いですよ。目を覚ましてからの成長が著しいです」

「目を覚まして?えっと、いつの事か、聞いてもいい?」

「・・・昔、沫は一年ほど昏睡していたことがあるんですよ」

「あぁ・・・なるほどね」


 レーヴェの反応に泡が何か言おうとした時、名前を呼ばれたせいか、沫が起き上がった。たいして苦しくもなさそうに欠伸を手で抑えている。


「・・・はよ。泡、もう行くんだよな?」

「うん、話が早くて助かるよ。立てる?」


 沫は小さく伸びをして立ち上がった。軽くジャンプしてみたりして、体調を確認する。

 レーヴェはそのやり取りを見て感心していた。見ていた感じ、以心伝心!とは言えないくらいの仲だと思っていたのだが、この光景を見た限りそうではないようだった。だてにそっくりな見た目をしていない。


「右腕以外は大丈夫そうだ。すぐ行こう」


 頷いて、泡も立ち上がった。彼も軽い準備運動で体をほぐす。そうして数十秒、泡はレーヴェに向き直った。


「レーヴェさん。助けていただき、ありがとうございました。組織に関してのことは縁がありませんでしたが、またどこかでお会いしましょう」


 泡はそう言うなりさっさと管理室を出て行ってしまった。それに追随した沫に組織について聞かれているのを見ながら、レーヴェは携帯電話を取り出した。

 流れるような所作でとある番号にかけ、ワンコール。相手は直ぐに出た。


「・・・そう。勧誘、無理だった。彼らに申し訳ないけど強行策だ。手頃な奴を見つけ出してくれ。トラックとかで突っ込むような短絡的な奴だと尚いい。・・・ああそう、ならアーデルにも伝えてくれ。『これで許してやる』って」


 そう言い切って通話終了ボタンを押そうとした手を直前で止めた。もう一度携帯電話を耳に当てる。


「言い忘れてた。このビル、もう人を入れていいよ。・・・うんそう。申し訳ないけど、後遺症は無かったかな・・・ああ、それは良かった。段々加減が上手くなっているようで何より。・・・君達の成長が楽しみだね」


 レーヴェはそう言って頬を緩ませた。




 *




「どう!?沫!」

「ダメだ、まだ追ってきやがる!」


 新たなバイクをあのオフィスビルの近くのパーキングから拝借して、双子は再び港への逃走を再開した。流石に沫に運転させられないということで泡が人生初ドライブを敢行していたわけだが、殆ど予想通り、また違う輩に狙われていた。

 その輩はやけに大きなトラックに乗り、二人のバイクを踏みつぶそうとしてくる。積載量が優に十トンを超えているであろう大型トラックで、そのくせ小回りが利く。これもまた昨日から見慣れた人生のバグの中の一つだ。それにしてもトラックが一瞬浮いて反対車線から突っ込んできたときは兄弟揃って目を剥いた。逃げるための苦肉の策で他の車がぶつかるように誘導しても軽く吹き飛ばされていた。

 そのせいで泡の知り合いがいる港近くの隠れ家にまで近づいたのに、わざわざ離れてから撒く必要が出てきたのだ。あのトラックの輩が、ヘルメットで顔を隠している自分達を特定できた理由が分からないと、捲くに撒けやしない。


「ヤベえぞ・・・ヘリまで来やがった!」

「ヘリ・・・あのトラックの仲間かな」

「違う!テレビ局の奴らだ!ここで騒ぎを起こし過ぎたっ。俺たちだとはバレてねえだろうが・・・この分じゃそのツテもまともに機能するか怪しいな!」

「本当だよっ!一旦やつを撒くことだけに集中・・・危なっ!」


 少し集中が切れたところを狙ってトラックが突っ込んできた。何回かされている急速なスピードアップだ。今回はカーブを狙われたため、本当に危なかった。


「痛ぇ!おい泡、今右腕ぶつけたんだけど!」

「怪我してない方を怪我しなくて良かったじゃないかっ!」

「・・・クソ、このままじゃ仲良く異世界転生しちまう。今。今、何か考えるから、ちょっと耐えてくれ・・・!」

「三十秒でお願い!」


 そう言うと、沫は泡にしがみつき、動きを止めた。自らバランス移動してくれない重石が出来上がったわけだ。この状態でまた突っ込んで来られたら絶対に死ぬ。

 そして、いやな事実が発覚した。


「ああこれ、これは酷いな・・・」


 もはや諦観すら篭った声だった。

 少し方向誘導されている感じがあったから、精々数人仲間がいるんだろうと思っていたが。


 眼前に広がるのはトラック。四両が同時に通れるようなサイズの道路にギチギチ十両。両端のビルの玄関口のガラスを大量におしゃかにしながら、互いが互いを押しつぶしながらの無理矢理な行進だ。当然一方通行の道路ではないので一般の車を大量に押し込みながらだ。それなのに、まったく速度が落ちる気配がない。むしろどんどん加速しているようにも見える。

 そしてカーブを曲がった途端にこれだから、百八十度反転して逃げる暇もない。第一真後ろにはさっきまでのトラックがいるのだ。逃げられない。


 ここまでするか?


「沫、今は目ぇ開けて!あのメチャメチャに押し込まれてる車の上に飛び乗るよ!結構な速度だけど!」


 泡がそう言って沫のお腹をどついても、沫は微動だにしない。その顔は言外に「泡ならなんとか出来るだろ」と言っているようであったが、無理である。


「沫!沫ぁ!君っ、君集中しすぎでしょう!?」


 泡はもうバイクをウィリーさせて押されている一般車に乗っかるなどということしか思いつかなかった。だがそれも、バイクをそんなに傾けた時点で沫が落ちる上に、バイク初心者の泡ではそもそも持ち上げられないだろう。手詰まりだ。


 ここでこの二人は死に、この物語は終了・・・するハズもなく。


 ようやく沫が目を開けた。


「泡・・・これは、多分大丈夫だ。むしろ俺らが心配すべきは、その後かな・・・」

「なっ、なにして・・・!」


 沫はそう言うと泡に覆いかぶさるようにしてハンドルを持ち、ブレーキをかける。慌てた泡がそれを阻止しようとするが、バイクが止まるまでしっかりと握りこんだ。バイクは急停止する。


「・・・あ」


 泡が沫に文句を言うよりも、それに気が付くことの方が早かった。さっき自分も考えたこと、真後ろにはトラックがいる。ブレーキなんて掛けたら、瞬く間に追い付かれる。

 振り返ると、視界いっぱいに広がるトラックが―――


「気付かれてたか!やっぱり凄いね」


 何が起きたかまるで分からなかった。さっきまで聞いていたあの声が聞こえたかと思えば、さっきまで見ていたあの金髪が目の前に現れていた。レーヴェの瞬間移動。

 しかしそれは、さっき見たのだ。充分に驚くべき案件ではあるけれど、今はそれではなかった。問題は、


 目の前の少女が片手でトラックを止めていることだろう。


 それはそんなに凄いことなのか?いいや、瞬間移動のほうが絶対に凄いことだ。少なくとも見た目には、物理的な問題である気もする。言いたいところはそこではない。

 双子から見て異様に感じられたのは、片手でトラックを止めたということでなく、止め方だった。


 ピタリ、と。かなりの速度で突っ込んできたトラックを、出来の悪いアニメーションでも見るかのように、一歩も引かず、一切の衝撃を与えず、あっさりと、止めて見せた。


 双子には今まで見た映像の中で一番気持ちの悪いものだった。

 こうなることを殆ど予期していたのであろう沫も、口元を抑えていた。それぐらい、不可解な現象だった。


「無事そうで何より!と、いう前に。後をつけていたのは謝らせてもらうよ。ちょっと嫌な予感がしたもんで、・・・ごめんね?」


 それだけではない。

 後ろから来ていたトラックだけでなく。前から来ていた十台のトラックも動きを止めている。しかしこちらは慣性で僅かに動いてはいるが。

 だがどちらもこの少女が止めたことは疑いようがなかった。


「でもちゃんと理由があるんだ。また襲われるであろう君達を少しばかり手助けしようと思ってさ。海外に行くにしても、君達との繋がりが多少欲しくて」

「・・・ああ。おかげで助かった」

「ええ助かりました!だけど沫。もう行こう、場が混乱してる今の内にさ!」

「待て泡・・・考えたんだが、こいつの言う組織ってとこに行かないか?入る入らないは置いといて、それぐらいじゃなきゃこの状況からは逃げ出せない」

「沫!?いったい何言ってるの!?それは―――」


 ドン!と、上空から空気を震わす爆発音。咄嗟に双子が顔を上げると、大惨事になっていた地上を撮っていたヘリが、黒い煙を上げながら落ちてくる。


「もちろんいいよ・・・私達は二人を歓迎するとも」


 地面に墜ちた衝撃で大気を震わす爆音の中でも、その声はいやに大きく聞こえた。

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