荒屋沫の生存戦略
「うぅ、痛ぁ・・・。すいません失敗しました」
「見てた。怪我は」
「ありませんけど・・・腰から地面に叩きつけられました」
「そう。見てたよ」
「・・・じゃあなんで聞いたんですか」
緑髪の少女は腰に手を当てながらフラフラと立ち上がった。キョロキョロと辺りを見渡すが、誰も居なくなっている。彼女はその場に少し足を引っ掛けてから歩き出した。
「アーデル様」
「なに。見てるよ」
「そのフレーズ気にいったんですか?まあいいですけど、これからどうします?」
「・・・それは?」
「逃がしちゃいましたよ。さっきみたく運よく見つかるとは思いませんし。それに、あの女の人、レーヴェ様ですよね?尚更捕まえれるとは思いま―――」
「ゼル。早く戻って。作戦変更」
「気が付いてなかったんですか・・・。分かりました。直ぐに戻ります」
ゼルはそう言うと、屋上に取り付けられたフェンスに軽々と飛び乗った。彼女はまじまじと地上を観察すると、着ていたパーカーに付いているフードを深く被る。すると、ゼルの体が端から消えていった。これだけで、透明少女の完成だ。
少しの間、風によって起こされたパーカーの衣擦れを鳴らしていたが、それもじきに聞こえなくなった。
そこに残ったのは、地面が僅かに崩れた屋上だけだった。
*
「作戦を決めよう」
泡が透明人間の存在を知る数十分前、泡とレーヴェが握手をした直後だった。レーヴェはそう言い放つなり、その場に座り込んだ。釣られて泡も座る。沫も体を起こし、泡が再び寝ころばせようとする。
「沫は寝てなよ!」
「いや、それよりそっちのお前だ。田中だったか?」
「レーヴェだよ」
「レーヴェ。お前はなんの目的でこんなことしてる?今や俺らは一躍有名な犯罪者だ。おまけに訳の分からん人生ゲームのバグを発見したところだぞ」
「バグ。いやそうかも。まぁ、それがなんにせよ、私は一応君らの関係者なんだ」
レーヴェがそう言った途端、沫がレーヴェに掴みかかった。沫を動かすまいとしていた泡にそれは阻止されたが、沫は凄い剣幕でレーヴェを睨み付けた。
「お前!お前何か知ってんのか、なんでこんなことになったか!?」
「落ち着いて沫!動いちゃダメだよ!」
「沫君、落ち着いて。関係者というのは言葉が悪かったかも。」
レーヴェは冷静にそう言った。それに釣られたのか、沫も暴れるのを止めた。代わりに訝しんだ表情を浮かべる。
「今君達が犯人に仕立て上げられた原因を、私たちも探っているところだよ。私達は君達の側だ」
「私『たち』?」
「そう、私達でだ。それに既に一度命を救っているし、もう少しばかり信用が欲しいな」
「こんな状況でできるかよ」
沫がそう吐き捨てた。だが、レーヴェから見て泡は少し信用してくれたように感じる。実際に命を救われた差だろうか。
「信用出来ないのは分かるが、今危機的状況にあるのは同じ。なんとか協力できないかな?」
レーヴェの言葉に、二人は少しだけ違う動作で頷いた。
「じゃあ改めて、作戦を立てるよ」
「分かりました」
レーヴェは満足げに頷くと、なにかを差し出してきた。これは―――
「チョコレートバー?」
「おなか空いてるでしょ?私の今日の朝ごはんさ。ノーマル、プロテイン入り、レーズン多め。どれでも好きなの選んでいいよ」
「お前やばい奴だな」
ズバッと言い切りノーマルをかすめ取っていった沫を悲しそうな目で見ながら、(自分で差し出したチョコレートバーを見ていたわけではないと泡は信じたかった)泡にもそれを差し出してきた。
「作戦を立てると言った直後にする行動がそれとは思いませんでした」
レーズン多めを持って行った泡に悲しい目を向けて、(今度は絶対にチョコレートバーを見ていた)レーヴェは自分のプロテイン入りを開けた。
「はあ、ひほんはははひ、ふっへはん・・・」
レーヴェは一口で半分を齧り、なにかを言っている。沫なんかはあからさまな侮蔑の表情を浮かべていた。泡も、これぐらいはと思って口を開く。
「育ちが知れますね」
レーヴェは押し黙った。
それから一分ほど経ち、双子も食事を終えたころ、ようやくレーヴェは顔を上げた。それを見て、沫が言った。
「今考えるから待て」
「えっと、何が?」
沫はそう言うと、目をつぶり何かを考え始めた。突飛な行動だが、泡には想像がついた。泡はその間に質問してみることにする。
「あの、敵っていうのは、僕らを殺そうとしているんですよね?」
「いや、沫君・・・まあいいか。殺そうとしてなかったら、あの銃弾は撃ってこないよ」
「そうですよね・・・なら、僕らを総理大臣殺しに仕立て上げたのとは別口ですかね」
「え、どうして?」
「最初から殺すのが目的なら、そんな事件起こさないでしょう?必要があるように感じません」
「いや、同じ出自でも、状況や目的が変わったりするかもしれないだろう?組織立って動いているなら、一枚岩じゃない場合が大半だ。それに、犯人にした上で殺すことが目的かも」
「そんなこと言い出したらたら何もわかりませんよ」
そこで彼女は何かを言おうとしたが、結局口を噤んでしまった。そして、それと時を同じく沫が目を開けた。
「分かった。多分な・・・」
沫は随分疲れたようで、自分のリュックサックに頭を置いた。レーヴェは沫の方に少し身を乗り出した。
「何が分かったのか、聞いてもいいかな・・・?」
「あの攻撃の方法。いや、方法も原理も分からんが、それに必要であろう条件は分かった」
「えっ!」
レーヴェが大げさに驚いて見せた。沫としては、胡散臭さが増した気がする。
「それ、何?」
じりじりと、レーヴェが沫に近づいて行く。泡が腕を掴まなければ、きっと顔が触れ合うくらい近くまで行っていたはずだ。
「敵は光源の、その光の反射物にしか攻撃できない。それが条件だ」
「理由を聞いても・・・?」
「今までの攻撃にそれぞれ必要だったからだ」
レーヴェは目線で続きを促した。
「最初は焚き火の火。あのビルは窓ガラスが全部割れてたから光も反射してたろう」
「どれが最初か分からないけど、続けてくれ」
「次のは多分タバコの火。渋野があそこに捨てていた。反射は・・・多分、血だろう」
「・・・うん」
「次の猫の時、住民は懐中電灯を持っていたし、猫の付けてた鈴が反射したんだ」
「・・・」
「最後にさっきの攻撃。泡のカバンにはストラップがジャラジャラ付いていた。光源は太陽だ」
沫は言い切ったとばかりに満足げに腕を組んでいる。寝転んでいるせいでミイラポーズみたいだ。
だがそれはともかく、と泡は眉を寄せた。
「それはいくら何でも、こじつけじゃない?」
「・・・そうか?」
「そうだよ。だって―――」
「泡君、待った。・・・何故、光そのものではなく光の反射なんだ?」
レーヴェが沫の目を覗き込んだ。真意を逃すまいと、真剣な顔をしている。
「光のある所にどこでもその攻撃が出来るんなら、俺らはとっくに死んでる」
「・・・じゃあ、そもそもそんな制約は無いかもしれない」
「それならもっと死んでるだろ」
「タバコの残り火からの反射でいけるなら・・・いや、それでも助からないか」
レーヴェは目を伏せて何か悩んでいるようだ。そして、今度は逆に考えこんでいた泡が沫に近寄った。
「制約のベクトルが違うとかはない?どこでも狙えるけど、狙った箇所から少しズレるとか、場所とか、時間とか・・・」
「ない、と、思う」
「根拠は?」
「無い。これは、勘だが・・・」
「そう・・・」
「銃弾は?」
「え?」
レーヴェが再び戻ってきた。顔は伏せたままなので、どんな表情をしているかは分からない。
「あの銃弾はどう説明する・・・?」
「あ、それは考えてなかった。なら、新しい条件、制約だ。銃弾がある以上、銃が関係するのは確実。襲撃者は、光の反射の周囲にしか銃撃できない」
「沫、それなら普通に撃った方が早いと思うけど・・・」
「いや、待った」
パン!と、音が響いた。その音の発生源はレーヴェの手のひら。つまりクラップだ。
「待った。今は情報が足りない。そういうことにしよう。これ以上、時間は取れない」
レーヴェの言葉に二人は渋々頷いた。こちらから聞いておいて、止めるタイミングを間違ったかもしれない。双方納得のいっていない顔をしているが、仕方ない。万一、全部の能力がバレてしまうと・・・万が一だ。万が一、アーデルが死ぬかもしれない。別に死んでも死んでいなくてもどちらでもいいが、昔のよしみだ。これくらいはしてもいいだろう。
「(あなたは、とんでもないものを生んでくれたのかもね)」
いつか見た気がするあの人を思い浮かべながら、レーヴェは歯軋りをした。同時に、浮かんでくる笑顔も隠せなかった。二人に見せないように顔は下げておくが、バレているかもしれない。そんな思いが離れない。
だがまずは作戦だ。このままだと誰かが死んでしまう。こちらに気付いていなさそうなあいつに、挨拶しに行かないと。
*
見つけた。
やはりレーヴェにはなにか考えがあるらしく、かくれんぼをすると絶対に見つからない彼女は、探し出して五分もしない内に見つかった。先程ゼルと戦った(一方的だが)ビルより少し離れた建物の屋上で胡坐をかいて座っている。
レーヴェは双眼鏡を目に当て、他のビルを覗き見ているようだ。時々「おお・・・!」なんていう声が聞こえる気がするのは何故だろう。ゼルには、何か見てはいけないものを覗き込んでいるようにしか感じられなかった。
「アーデル様。見つけました」
「そう。何してる?」
「多分誰かの家を覗き見してます」
「そう。・・・え?」
右耳から困惑した声が聞こえた。彼がこんな声を出すのを、ゼルはレーヴェ関連でしか聞いたことが無かった。非常に羨ましい限りだが、それを聞くためにあんなことをするくらいなら、このままでもいいと思った。
咳払いが聞こえる。
「来て。こっち」
ゼルは「はい」と返事をしてアクセルを踏みこむ。オシャレな黄色の外車は、エンジン音すらほとんど漏らさずに路地を抜けた。通りに出ても透明化は解除せず、こちらが見えずに向かってくる車は幼少より培ってきたドライブテクニックで躱していく。
こうでもしなければ、目ざとくこちらを見つけたレーヴェがいつの間にか車に侵入し、ゼルの肩に手を置き、「どこに行くんだい?」なんて気取った風に声を掛けてくるに違いない。逆に言えば、そうでない限り見つかっていないということだ。
しばらく車を走らせると、チェーン店のカフェの駐車場に車を停めた。朝早くから開いているありがたい店舗だ。ちなみに透明化は直前の道路で誰の視線も感じなかった時に解除した。人間業ではないが、もう慣れたものである。
「アーデル様」
カフェに入ると、正面にカウンターがあり、そこから左右それぞれに座席が並んでいる。その左端に、その人物はいた。
双子やレーヴェと同じ綺麗な金髪に、藍色の浴衣を着ている。その手には文庫本が握りこまれ、そのせいか滅多にかけない眼鏡を装着している。それから、いつもより眼が鋭く引き絞られて、なんだか凛々しい。
その普段と違う姿に一瞬ゼルは目を奪われかけたが、手に持った本が上下逆さまになっているのを見て頭を抑えた。
「眠いだけですか・・・」
いつもはのんびりとした目が凛々しくなっていたのは、それが原因らしい。声だけではやはり判別が難しい。先程のレーヴェの覗き見関連で目が覚めたようだが、また眠気が戻ってきたといったところか。
「・・・ゼル?」
「起きてください。レーヴェ様も確認しましたし、荒屋泡と荒屋沫は惜しいですが、さっさと逃げましょう」
「・・・うん」
アーデルは手でまぶたをこすると、小さく伸びをした。そして立ち上がろうとし、途中でまた座りなおした。再び席に戻るなり、アーデルは二人掛けの机の上に載っているコーヒーカップを両手で挟みこむ。
ゼルがそれを覗き込むと、まだほとんどコーヒーが残っている様子が見えた。
「飲めないの、忘れてた」
アーデルは俯いて、見るからにしょんぼりとした顔をした。彼がやると、そんな顔でも絵になるな、という思考をゼルは追い払い、カウンターを指さした。
「・・・私がこれを飲むので、甘いやつを買ってきてください」
「うん・・・!」
アーデルはすぐさま頷くと、浴衣の懐から取り出した財布を持って小走りに向かっていった。
ゼルは彼と対面になるように席に着くと、コーヒーカップを自分の前に持ってきた。カップを覗き込み、その黒い液体をしばし眺める。自分達の物心が付く以前から一緒にいても、やっぱり意識してしまうものはあるのだ。ゼルは少しだけ赤面しながらコーヒーカップに口をつけた。味は、少し渋くなっただけのコーヒーだった。
ふとアーデルが机に置きっぱなしにしている文庫本を手に取った。『浴衣の着こなし方~これで君もモテ王~』とある。なんだこれは。この本をビリビリに破り取りたい衝動に襲われたが、人目を気にして耐えた。一人だったらおそらく破いていた。
彼は以前から浴衣を一度来てみたいと言っていたし、実際に買ってきて現在着ているが、まさかこれ程とは。本まで買うなんて。
目立ってしまうのに、とも思った。
だが、目立ってあの人たちに迷惑がかかることと、彼の欲求を満たすことでは、優先順位に大きな差があることを思い出し、それ以上考えることはしなかった。
自分たちが楽しければいいのだ。
しばらくすると、手に甘いバナナフラッペを持ったアーデルが戻ってきたことで、そんな思考は吹っ飛んだ。自分は、この人の笑顔が見られたら、それが一番嬉しいのだと思い知った。
それから二十分程でコーヒーを飲み切った。時間が経つごとに渋みは増していたが、アーデルがのんびりとフラッペを飲んでいたためにそれに合わせた。単純に苦いだけならば、それもうまみとして処理できるのだが。
ゼルは立ち上がった。これからどうしようか。アーデルは昨日、博物館に行きたいと言っていたか。
なんて考えてると、「どこに行くんだい?」というどこか嬉しそうな声が聞こえて座りなおした。
「完全に忘れていました・・・」
平和な時間を破壊する、ゼル的には「気取り少女」のレーヴェが隣の席に座っていた。
「なにさぁ、楽しくお話するだけで帰ろうなんて」
「い、いつからそこにいました?」
「君が嬉しそうにアーデルの飲みかけのコーヒーを飲み始めたころだね」
『嬉しそうに』を強調して言うレーヴェの言葉に顔が赤くなる。・・・見られていた。
咄嗟に顔を伏せて上目遣いでアーデルを窺う。彼は目を少し大きくしてレーヴェを見ているだけだ。つい意思に反して「こっちを見てください」なんて言いそうになり、口を手で抑えた。それも、アーデルは見向きもしていない。なんだかモヤモヤする。
レーヴェはそんなゼルをニヤニヤと笑っているばかりである。頭に来たゼルは足を出してレーヴェの足を踏もうとするが、まばたきの合間に逆に足を踏まれた状態にされた。
「それで?君達二人は一体なんの恨みがあってこんなことをしたのかな」
「そ、それは言えませ―――」
「依頼」
「ちょっと、アーデル様!」
「ほう依頼。どこからかな?」
「それは、」
「アーデル様ダメですよ!信用を無くしてしまいます!」
アーデルがゼルに振り返ってじっと見つめてくる。どうしてダメなのか、という声が聞こえてきそうだ。ゼルはたじろいだが、流石にダメだと持ち直す。仕事が無くなる上に依頼者やその他大勢から命を狙われてしまう。そこらの雑魚に命を狙われたところで、まるで心配無いとは分かっているが、精神的にはしんどくなるのだ。そんなのはごめんだった。
「ああ、こっちに来てからはそれで食ってるんだ。じゃあ問題ないかな」
「・・・なんの問題か聞いても?」
「―――もうちょっかいを出されないようにしなくてもいいかなって」
「ヒャッ」
「・・・やめてほしい」
「君たちがこれにもう関わって来なければ済む話さ。簡単だろう?」
レーヴェは顔に笑顔を貼り付けた。二人は揃って顔を青くする。返答など考える暇もなかった。
彼女は立ち上がる。
「じゃあ、待たせてるからこれで」
「待って」
「アーデルか、珍しいな。どうしたのかな?」
「どういう事?」
主語の欠落した言葉。それでもレーヴェに伝えるのには十分だったようで、自慢げに頷いた。
「もう終わったことだし、君達もこれ以上手を出さないと言ってくれたから、特別に教えてやろう。手短にな」
*
「一応、作戦通りさ。沫君が導き出した答えから作った作戦。ああそう、もう見抜かれてたよ。ほとんど当てずっぽうだったけど、正解は正解だ。―――それで、その作戦は、敵をおびき出せないかというもの。沫君はある程度の暗さがないと撃てないということも見抜いてたから、太陽の下に行って相手がどう出てくるかというのを見るつもりだった。私は待機して、瞬間移動で敵に対処しろと命令されたから、別の場所で待ってたんだ。本当は出て行って自分の存在を君たちに見せたかったけど、無理だったよ。それで、その作戦の第一段階は成功、ゼルちゃんが姿を見せた。それで捕まえられていれば作戦はそれで終了だったんだけど―――あ、フードを取ったのは、能力を少し確かめたかったんだよ。強引で悪かったね。―――次は、第二段階。こっちの攻撃ターンだ。うん、沫君は攻撃までしないと無事では済まないと思ってたみたい。結果は知っての通り。君達は私に捕捉されたというわけさ。そしてその方法だが、ただの陽動作戦さ。私が少し目立つ位置で待機して、泡君が敵を見つけ出す。まあ、ゼルちゃんが透明化を車にまで適用できる以上、無理だって言ったんだけどね。どういうわけか泡君はちゃんとゼルちゃんを見つけたよ。・・・私でもきっと出来なかったことだ」
レーヴェは手に持ったアイスコーヒーを飲み干す。話は思っていたより長くなったが、わざわざ買ってきた訳ではない。アーデルとゼルが楽しく会話するのを鑑賞する時に買ったものだ。
「・・・なるほど?」
「つまり、荒屋兄弟すごいって話ですか」
「全然違うけど、それでいいや。さっき言った通り、待たせてるんだよ。私が奴らを始末するって言ってからもうかなり経ってるから、もしかしたら死んでると思われて・・・あ、ヤベ」
レーヴェは顔を青ざめさせた。いつも飄々としているレーヴェには珍しい表情だ。
「・・・沫君重症なんだった。速攻で終わらせるとか言って来たのに」
「じゃ、」と言ってレーヴェは目の前から掻き消えた。ゼルの足の圧迫感も無くなる。
「・・・アーデル様。結局何だったんでしょう」
「さあ、レーヴェだし・・・」
二人にとってはよく分からないまま依頼を失敗させられたのだが、気にする余裕はなかった。
「というかアーデル様は、どうして彼等の味方をするのかって聞いたつもりだったんですよね?」
「・・・うん」
主語の欠落した言葉。それなりに長い月日は、それを伝えられなくするのには充分だったらしい。聞いてもいないことをベラベラと喋らせてしまった。その上、沫に怪我を負わせたのはアーデルなので、レーヴェの最後の焦った様子から、要らぬ怒りを向けられているかもしれない。
「今日、この後どうしますか」
「・・・他のを、倒しておこう」
他のとは、自分達以外にも荒屋兄弟を狙う者達である。この依頼も複数から寄こされた中で一番報酬が良いのを受けたので、他にもたくさん依頼を受けた人たちはいるだろう。新参者でも複数の同じ依頼が来るくらいなのだから、軽く見積もっても二桁はいるはずだ。
何も知らない人間を二人殺すだけの簡単な任務だったのに、プロを数十人相手取ることになるとは。
「アーデル様。終わったら博物館、行きましょうね」
「・・・うん」