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一人、と

「今の・・・何ですか」

「今のって?」

「そんなの、決まって―――!」

「落ち着きたまえよ。まずはこっちだ」


 ビル群に連なる、十三階建てのビル。そこのエントランスに双子とあの女性はいた。今は早朝の五時を回ったところだが、人はおらずシンとしている。その静かな空間に(あぶく)と女性の声が響いている訳である。


「軽く止血をしておこうか。」


 その女性はそう言うと脇に置いてあった包帯を手に取り、意識を失って横たわっている(あわ)の頭に巻き始めた。泡はいつの間にか包帯が置いてあったことに驚く。この人はカバンを持っているわけでもないし、懐から取り出した様子もなかった。まあ、それは今はいい。


「あの、あなたは・・・いったい誰なんですか?」

「これ、なかなか巻けないな・・・あ。うん?ちょっと待ってほしい」

「・・・代わります」

「ああ、助かるよ!」


 泡は包帯を手に取り、沫の頭に巻いていく。素早く、しかし正確に。その手際に驚いたような感嘆の声が横から聞こえた気がするが、無視する。

 あの女性は少し見ていたが、おもむろに立ち上がると少し離れたところに行き、どこかに連絡を取り始めた。何を喋っているかは分からない。気になるが、こちらが優先だ。応急処置は程なくして終わった。

 沫のカバンに沫の頭を乗せ、あの人に近づく。あちらもちょうど終わったようだった。


「沫はまだ危険な状態です。手早くいきましょう」

「そうだね。じゃあまずは自己紹介しようか」


 女性は、綺麗な金髪に堀の深い可愛い顔をしている。海外の人だろうか。歳は大体二十歳にいかない位に見える。女性というよりも、少女と言った方がいいかもしれない。


 少女は手を前に出してくる。


「私は、そうだな。・・・田中ですどーも。これ今考えた偽名ね」


 田中の手を掴もうとした手を下げた。・・・確か、殺された総理も田中ではなかったか。

 泡は続ける。


「じゃあ田中さん。あなたは何者でしょうか」

「何者って、そうだな。正体は明かせないけど、目的はさっき言った通り。助けに来た」

「じゃあ、さっきのはなんですか」

「また同じ質問だ。最初にも聞かれたし、三度目だよ。返答は同じく、明かせない、だ」

「三・・・?誤魔化さないでください!」


 先程、田中が足を滑らせて尻餅をついた時だった。咄嗟に手を差し出そうとしたら、視界が切り替わったのだ。ビルに挟まれた道路の真ん中から、このエントランスホールへ。あまりにも一瞬だった。どうやって泡と沫を連れてきたのろうか。


「瞬間移動でもしたっていうんですか!」

「えぇ?君は何に怒ってるの?」


 まあ、と言って田中は無理矢理に手を握ってくる。


「よろしく!先ずはあいつを退けないと、ここからの生還は厳しい。私達は運命共同体だからね」

「なんの話ですか?あいつって」

「銃弾爆破のあれさ。私がいるって、安全に知らせられたら・・・」

「ちょ、ちょっと待ってください!今、なんの話をしているんです!?」


 それは、と、田中がなにか言おうとした時、背後から唸り声が聞こえた。泡がすぐさま振り返ると、沫が起き上がっている姿が視界に映った。

 泡は沫に駆け寄る。


「沫!まだ寝てなきゃダメだよ!」


 泡は沫を再び横たえさせた。


「今、・・・どうなってる?」

「田中さんって人が助けてくれた。偽名らしいけど。でもまだ何も解決していないよ」


 そうだ、まだ何も解決していない。こんなところで油を売っている場合ではないのだ。


「沫。喋らなくていいから、答えてほしい。このまま行っても、上手く逃げ切れるかは分からなくなった。僕らを狙っている存在もあるらしい。君の怪我も重症だし、下手すれば僕らは死ぬ。どうしたい?」

「逃げるに決まってんだろ」

「その怪我で?」

「俺はあいつを、いや()()()()か。あいつらが何者(なにもん)なのか知りたい。捕まったら無理になるだろ」

「・・・分かった。残りはこっちがやるから、寝てていいよ」


 忘れていた。決めたのだった。何があっても沫を守ると。その中には、彼の幸せも含まれている。俺が何とかしないと。

 泡は沫の右腕を少し整えると、後ろに振り返った。


「田中さん」

「待った。それ、その田中っていうの、辞めにしない?自分で言い出したことだけどさ、なにかこう、ゾワってする」


 出鼻をくじかれた感じだ。この人はやっぱり、変わっている。


「・・・いいですが、なんと呼びますか」

「私はレーヴェ。こっちは本名だから、安心してくれていい。と、いうわけで、改めてよろしく!」

「はあ、どうも」

「他にも安心していいところがあるよ。それはだね、君達の問題の一つが解決することだ。まず、一つね。それには君たちにも手伝ってもらわないといけないんだが、いいかな」


 今更だが、あまりにも破天荒な人だ、と泡は思った。なにひとつ信用できないが、それでも今は仕方ない。力を借りなければ、沫を守れないのだろう?ならそうする。選択の余地はない。


「やりますよ、田中さん」

「レーヴェだよ」




 *




「さあ、作戦は知っての通り。あと問題なのは作戦名だね」

「必要ないです」

「決めた!作戦名は『作戦なし作戦』!ありもしない作戦を腹に内封する、矛盾を孕んだ素敵な作戦名さ」

「適当言わないで下さい。僕はそろそろあなたと話すのがしんどくなってきました」


 今、泡はビルの屋上にいる。先程沫を治療をしたビルの屋上だ。眼下に壊れたあのバイクが見えるので、レーヴェが双子を連れてきたのは本当にすぐ近くだったらしい。

 時刻はそろそろ六時を回る頃だろうか。ここに立ってからもう三十分は経過しているが、頭がだんだん熱く、痛くなってきた。

 だが、集中を切らすわけにはいかない。僅かばかりに吹きすさぶ風を感じて気を紛らわす。


 沫は今エントランス横にある管理者室で寝かされている。どうにもこの建物自体に人が入ってこないので、鍵を壊して押し入った。だが、こうしている間にも沫は苦しんでいるのだ。と、ついつい考えてしまう。気を紛らわすのもそろそろ限界になってきた。

 奴らはまだ反応しないのだろうか。


 片耳に掛けたイヤホンから聞こえる声にもイライラする。襟に仕込んだマイクを握りこんだ。


「・・・まだですか」

「まだだね」

「いったい、いつになったら!」

「君は思いのほか感情が動きやすいのかな。それは意外性があって面白い事実だけど、できれば後でケーキでもパクつきながら知りたかったね」


 レーヴェもさっきからこの調子で、まともに取り合ってくれない。思わずこのイヤホンとマイクを地面に叩きつけて壊したくなるが、これが借り物な以上、することはできない。

 このセットは屋上に行く前に、離れるから、と言って渡されたものだ。その時も、気付けばこれらは手に握らされていた。エンターテインメント性が除かれたマジックでも見ている気分で、とても不快になった。俺はこんなに感情的だったろうか?


「大丈夫。やつら来るよ」


 その声を聴いて、しぶしぶ神経を再度集中させる。ここしばらく、以上なまでに調子の良いこの耳ならば、問題があればすぐに分かる。


 風の音が聞こえる。次いで、道路を塞いでいるパトカーのサイレンと、野次馬のざわめき。人々の話し声、木々の鳴る音。それからレーヴェの放つ雑音だ。

 それから、それから・・・。


 足音。

 これは、地上からではなく―――。


「ッぶない!」


 間一髪。頭を下げることで回避した。・・・何を?


 素早く距離を取って振り向くも、そこには何も無い。何も無い、が。そこに何かがいることが分かる。今のと同じ足音と、乱れた呼吸。想定外だが、分かる。取り乱しもしない。


「透明人間です!」


 そう叫んだ途端、その透明人間が息を呑んだのが分かった。せわしなく足を動かし行っていた移動も、一瞬止まった。そうして動きを止めたら、レーヴェの番だ。


「ッしゃあ!捕まえたァ!」


 まるで出来の悪いホラーゲームの幽霊の様に虚空から出てきたレーヴェが、これまた虚空を掴んだ。そのまま少し引っ張ると、その透明人間を地面に引き倒した。レーヴェはそいつに馬乗りになる。


「さあ、君は本当にただ透明なだけなのかな!?確かめさせてくれッ!!」


 傍から見ていただけでは一人で踊り狂っているようにしか見えないが、どうやらレーヴェはその透明人間が被っている帽子かフードかを外そうとしているらしい。取っても取らなくても変わらず見えないだろうに。何故そんなことをするのだろう。


 その二人を意識から外し、再び目を閉じる。

 敵は捕らえた。しかし、まだ作戦は終わっていない。その場に仁王立ちし、再びの集中モードに入った。音を聞く。聞き、聞く。


 泡の予想が正しければ、これは・・・


「よしっ取った!」


 レーヴェの歓喜の声が聞こえた。思わずそちらを見る。


 すると、目が合った。

 明るい緑色の髪をした、小柄な女の子。レーヴェに、着ていたパーカーのフードを無理矢理取り払われたらしい。レーヴェに組み伏せられて、涙目で震えている。あの透明人間の正体は、ただの少女らしい。

 というか、透明人間というのはフードが無いと透明になれないのだろうか。だとすれば新発見、いや、そもそも透明人間が新発見だろう。


 そして、その少女の瞳が見えると同時に、彼女の手から零れ落ちた、光を周囲にばら撒いている宝石が目に飛び込んでくる。大きさから本物ではないだろうが、やけに目が行く。光り過ぎだ。


「おっと、逃げるよ」

「あっ」


 その声が聞こえると既に場所が変わっていた。まただ。泡の腕がレーヴェに掴まれた状態で、二人はまた別のビルの部屋の一つに立っていた。


 泡は力を抜いて座り込む。ずっと集中し続けて頭が疲れてしまった。耳にはめたイヤホンも引っこ抜き、ようやく一息を吐いた。


 今のはなんだったんだろうか。まだ作戦は続行可能なのか?

 何より・・・


「・・・理解出来ませんでした」

「あのままだと死んでた。それだけ」

「それはなぜでしょうか」

「さっきのあれだよ、銃弾で消し飛ばすやつ」

「何故来ると分かったんです?」

「・・・後だ。今は行動する。でも、今ので沫君が言ってた事がほぼ証明されたわけだ。まったく、君達双子には驚かされてばかりだ。嫌になるよ」

「僕のセリフです。今日は驚いてばかりで」

「そうだね・・・さあ、もう一頑張りだ!立ちたまえ。すぐ行くよ」



 今のが一回戦。本番はまだだ。あいつらを退けるには、まだ足りない。

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