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非日常へ

 荒屋(あばらや)(あわ)は不良である。


 と言ってみたが、実際は違う。いや、何も違わないのだが。何れにせよ誰もが想像するような不良をしているのは間違いない。

 授業には出席しない、夜な夜な街に繰り出しては喧嘩をする、盗んだバイクで走り出すような、そんな不良である。

 彼は御多分に漏れずそんな不良のうちの一人だった。


 口うるさい兄の居る家を抜け出しいつもの溜まり場へ。最近やっと「いつもの」という枕詞が付けられるようになった場所へ向かう。その際に制服の内ポケットにシガレットを放り込むのを忘れない。免許もとっていないが、真っ黒なバイクを途中で()()()、ヘルメットも付けずに道路を走らせる。

 出来うる限りの悪さを意識しながら一連の行動を行った。


 今向かっている『溜まり場』は、三か月程前に仲間の一人が見つけてきた場所だった。ここなら何してもバレねえだろ、とか言って。自分含め合計七人いる仲間の一人だ。当然全員不良である。


 そのうちの一人が、沫を彼らの仲間にした、悪く言えば、不良に貶めた張本人だ。

 ―――そういえば、と。沫はバイクを走らせながら彼との出会いを思い出していた。




 *




 半年前、高校に入学して一週間程経った頃。

 既に授業も始まり友人関係も固まってきた辺りである。沫は未だ一人も友達が出来ていなかった。中学の時も同様だったが、沫は見た目が普通ではない為に人に怖がられやすく、誰も話しかけてこないのだ。ある程度は純粋な中学生でそれなのだ、高校生になれば、金髪の人間に話しかけられる変人な人間はいない。その上、彼が入った高校はそれなりの学力がある。アホな人間は皆無だった。


 はっきり言った話、「はがない」の小鷹だった。


 そんな訳で、今のところ学校で口を開いていなかった。自己紹介まで無いのはどうかと思う。


 夕暮れ時、日が沈みそうなくらいの時間。トボトボと電車に乗って家に帰り、家に向かって歩いている時だった。駅から歩いて十五分の所に家があるのだ。近道をすると、兄に怒られる。「わざわざ危ない道を通るな!」とどやされるのだ。そんなに危ない道ではない。少し暗いだけであるのに、そこを通るなら、と駅までは自転車で登校することを提案されるのだ。その選択肢は無かった。

 しかしその日は何故だか急いでいた。大した理由ではなかったのだと思うが、少しの抑止力でしかない兄の言葉を上回るのには十分であったらしい。沫は近道に入り込んだ。

 ジメジメとしていて決して気持ちよくは無い道をいくつか抜けると、薄暗かった道が不意に明るくなった。


 そこにいたのが彼だったのだ。


 どこかの高校の制服を着崩し、黒の増えてきた金髪をしている彼は、何故だか驚いた顔をしている。

 あまり関わりたくないタイプの人間であることを理解し、そのまま素通りしようとした。しかし、一歩、近づかれた。それだけで上手く動けなくなる。何故だろう、距離感の問題か?どんな動き方だ、武術でもしているんだろうかと言いたくなる。そのまま、流れるように肩を掴んでくる。喧嘩を売ってきているんだろうかと身構える、が。


「お前・・・えと、相談聞こうか?」

「ハア?」


 ・・・必要なかったようで。


 その後、焦ったように何かをまくし立ててくるそいつの様子に毒気と恐怖心を抜かれ、自己紹介され、なんだかよくわからないまま名乗らされ、なんだかんだあって仲良くなった。

 全然友人が出来なかったのは何だったんだと言いたくなるくらい一瞬だった。「なんだかんだ」の部分も、大した内容も無かったし、早いものだった。

 速くもあった。


 あいつの言った、相談聞こうか?の意味は分からないままだし、雑なようだが、これがあいつとの出会いだった。




 *




 十分もしない内に街外れの廃墟に辿り着いた。かつてはサラリーマンが通勤していたのであろう五階建てのオフィスビル。置いてある看板は落書きのされ過ぎで読めない。今では窓ガラスなど一枚も残っておらず、周囲にガラス片をまき散らしているだけの害悪な建物。その上不良の溜まり場だというのだから、誰も近づく者はいなかった。

 窓ガラスに関しては、大半は沫がバットで叩き割ったものだが。


 チラチラと揺れ動く屋上の光を視認しながら建物に入る。ある程度除けられてある窓の残骸を時々踏み割りながら階段を登り切った。


「よー、来たか沫」

「来たぞ」


 屋上に続く壊されたドアを開けると直ぐに声を掛けられた。プリン髪になりつつある目の痛くなるような金髪に、着崩した制服をしているその男は、酒をもう十分に飲んでいるようで既に赤ら顔だった。彼は酒臭い息をまき散らしながら沫に近付いてくる。


「よー。調子はどうだい?兄弟」

「今日は一段と飲んでるな。鬱陶しいぞ」

「そんなこと言うなよ。お前が最後だったのに」


 沫はその男の向こうを覗き込んだ。沫と目の前の男をのぞいた五人はもう全員揃っているようだった。どこから持ってきたのか、焚き火のなりそこないのような残り火を囲んで叫び回っている。彼らが沫の周りにいつもいるメンバーだった。

 まだ知り合って半年も経っていないが、もう見慣れた六人だ。そして沫含めた七人のうちでのリーダー格がプリン頭のこいつだった。


 彼の名前は渋野。高校に入ってから初めてできた友人だった。沫を不良にした張本人。そのことで彼に思うところはないが、責任は取ってほしいと思う。


「思うところ、あったわ」

「あん?まあいいや、・・・どうせ、遅れてきたのもお前の兄だろ。」


 あんま無理すんなよ。と小声で言うなり渋野は沫の腕を掴みフェンスにまで引っ張ってきた。錆びてちぎれ落ちそうなそれに凭れ掛かるなり、彼は自分のタバコに火をつけた。

 こいつはそういうところがある。タバコを吸い酒を飲むとは思えないような善良な性格をしているのだ。いや、善良とは言えないだろうが、友人思いなことは間違いない。

 不良というファッションが好きなんだろう。


 前髪を掻いた。なんとなく、痒い気がする。気のせいではないかもしれない。

 昨日の夜に、金髪にメッシュを入れたのだ。前髪の左側、一房だけを青色に。渋野以外の五人は全員やっていたことで、仲間の一人に勧められた以上、断る気はしなかった。


「痒いか。やっぱやめた方が良かったろ」


 渋野はそう言ってくるが、これで、より仲間に慣れた気がするのだ。問題はなかった。

 先程兄と激しい口論になったが、それでもだ。


 沫もタバコを取り出した。まだビニールの包装が付いたそれを見つめる。今ならいいかもしれない。

 パッケージを開け、一本取り出し、口にくわえる。あ、ライターが無い。やってしまった。実際に吸ったことが無くても、想像くらいはできたろうに。


「ライターあるか」

「あん?吸うのか?」

「吸う」

「あー。・・・貸してやらねー」

「なんで」


 渋野はそれには答えず、フェンスに凭れるように座った。

 せっかく覚悟が出来たのに、ここで断られるとは。その後も何度か聞いたが、結局貸してくれなかった。

 沫はタバコをしまい込み、街を眺めることにした。大丈夫だろうか、不良らしくないのでは、なんて思いながらも、やめる気にはならなかった。中心辺りの街は、少なくとも見た目は綺麗に見えた。


 最近目が良い。


 そのまま数分が経ったころ、地面に吸い殻を捨てたところだった渋野が話を振ってきた。それはいつもはしないような、沫にとっては理解しがたいものだったが。


「あんま考え過ぎんなよ。俺は理解してるから」

「今日どうした、変だぞ」

「お前が友人付き合いが下手くそって話」

「・・・はあ、」

「どうせだから言ってやるよ。お前、四月からキャラが変わりすぎ。見た目も中身も変わらんが、いや、見た目はちょっと変わったけど、俺らと付き合ってるせいで過剰に不良を意識してる。そんなんじゃなくて、もっと―――」

「待て、何の話だ」

「何の話かは言ったろ、お前の友人代表として言ってる。もうそろそろ止めとけ。俺らと関わるな」

「―――それは、」


「・・・おう、今行く!」


 タイミング悪く仲間のうちの一人に呼ばれた渋野はすぐさま焚き火の方に走って行った。沫に少しの不安と恐怖を与えて。どんな意図があってそれを話したのか聞けなかった。

 あいつは僕のことをどう思っているのだろうか?いや、それの答えをさっき言っていたのだったか。


 しばらく呆然としていたが、考えるのは後にすることにした。

 取り敢えず、彼らと合流しよう。



 ―――と、一歩踏み出した時のことだった。



 唐突に。そうだ、いつもそうなのだ。何時も、唐突過ぎる。今悩んでいた事なんて吹き飛ぶような事が―――7、いいや、今回のこれは物理的にも吹っ飛ぶような事だった。


 体が浮く。


 あまりの衝撃に、踏み出した一歩分どころか、フェンスに叩きつけられてなお余りある爆風。肺の中の息が飛び出した。錆びれたフェンスが壊れなかったのが不思議なくらいだった。

 前の事故でもこんな感じだったのだろうかなんて思考をしながら、すぐさま起き上がり、周囲を確認する。


 ―――息を呑んだ。


 交通事故なんて目じゃない。先程仲間たちが居たあたり、そこがまとめて()()()()()()()()()()()

 綺麗に円を描くように、半径三メートル程が切り取られて。ごっそり無くなっている。


 パンチで紙に穴を空けるように、その空間には不良と、焚き火と、屋上の地面と、渋野が。

 存在していなかった。




 *




 荒屋(あばらや)(あぶく)は学生だ。それでいて社会人でもある。

 単純に、働いていても入れる学校に入学しただけではあるのだが、その背景には七年前の事故が存在している。

 あの事故で沫は一年程昏睡していた。泡も折れた腕のリハビリがあったのだが、それが始まる前にも既に聞かされていたのもあるし、終わらせても沫が目を覚ましていなかったのもある。


 両親が死んだと聞かされて、最初に思い浮かんだのが沫の事だったのだ。あの子が目を覚ましても、寝たきりでも、絶対に自分で面倒を見るのだと決意した。

 親が残した遺産と僅かばかりの保険金で(事故を起こした人物の身元が不明で、慰謝料は無かった)、泡が中学校を卒業するまでの計画を一晩で組み立て、実行した。

 いつ沫が戻ってきても大丈夫なように。心配をさせないように、定期的にどこかへ振り込まれている父親の通帳とにらめっこしながら、努力する覚悟を決め、努力した。


 努力した。


 今まで天才だなんだと持て囃されて僅かに重なった慢心を取り去り、生まれて初めての本気を出した。長続きしないものを必死に継続させた。

 結果、彼は九歳にしてお金の入手方法を確立させた。それは合法的なものではなかったが、気にしている余裕は無かった。

 それが「過ぎて」いることと、結局まだ自分は子供なのだと気づかされたのは、最近になってからだった。


 しかし、必要無かったであろうことでも当時泡が重圧に押しつぶされそうになっていたのは事実。

 トレードマークであった鉄面皮がぐしゃぐしゃになるくらいのものだったのだ。目を覚ました沫に、泡が依存していたのも頷いてしかるべしである。

 泡は過保護になった。

 もし二人が親子関係なら、モンスターペアレントの誹りは免れなかったであろうぐらいだ。


「沫に何かあったら」が口癖になり、四六時中ついて回るようになった泡を、沫は苦手に思い始めていた。生まれてこの方はぐれたこともなかった二人は、相手の思考が分からないようになったことはなかった。泡は常に他の事にも頭を回しているようで、いつもどこか焦点が合わない。沫の昏睡による一年は、二人を裂かざるを得なかったのだ。


 次第に二人は離れていく。


 沫にとっては、泡はまるで「沫を大切にしている自分を大切にしている」ように見えたし、泡には沫は「事故で両親が死んで自暴自棄になっている」ようにしか見えなかったのだ。


 沫を学校に行かせるため、泡は中学を卒業次第就職した。非合法なことをしていることを知られる前に切り替えようという思考である。そっちは規模を縮小した。


 沫にだけ普通の学校に通わせ、泡だけ働いていることに関して、沫がどう思っているかを、泡は知らない。



 兄弟で自慢だった金髪を一部青くしたことの意味も、こんな夜中に家を出る理由も、泡は同様、知る由もなかった。


「『泡も赤色とか髪に入れたら?』なんて、君は母さんが言ってたこと忘れたの・・・?」


 現在、深夜の二時である。物音がして起きてみれば、コソコソと外出の準備をしている弟の、その髪の毛を見て、怒鳴りあいの喧嘩をしたところだった。


「父さん、母さん、ごめんなさい。もう沫は不良になってしまった」


 なんて、ブツブツ呟きながら、先程倒してしまったゴミ箱と、飛び散った中身を片付けていく。全て終わっても、眠る気にはなれなかった。

 適当に問題集を繰りながら、取り留めのない思考を回すことにした。が、何も考える力が湧いてこない。


 仕方ないのでテレビを点けて、何も考えないことにする。

 そのまま一時間、二時間。そろそろ、朝日が出てくる頃だろうか。リビングのカーテンを開け、街の景色を眺めてみる。まだ暗かったが、ポツポツと見える電気に目が痛くなる。とても綺麗には見えなかった。

 ふと、バイクの音が聞こえた気がした。最近耳の調子が良いのだ。気のせいではあるまい。


 そして、その強化された聴力が、ボリュームを二に下げていたテレビの音声を拾った。途切れ途切れではあるが、死亡だの、緊急速報だのと聞こえる。


 あくびをしながらテレビの前に戻った。そろそろ睡眠を取らなければ、明日の・・・いや今日の仕事に影響が出る。そうして、リモコンに手を掛けた時だった。


『―――明に、自宅で亡くなっているのが発見されたようです。繰り返します。総―――』


 なんだ、これは。




 *




 背中の痛みなんて気にならなかった。ただ目を見開いて、混乱に陥るのみである。

 バシャっと、沫の足元に何かが落ちる。水滴の多くついた物体だ。見てはいけないと、直感が言っている。視界を前に固定したまま、横にズレる。それでも数歩移動できただけだった。まともに足が動かない。恐怖か、何か。


「・・・あ、走れ」


 急に何故そんなことを言ったのかは分からない。自分で言ったのかも分からない。ただ漠然と、回避しなければと思っただけだ。逃げるのではなく、回避。

 何も理解できていなかったが、先程まで震えていた足はすんなり動いた。


 後ろに振り向いて、全力。フェンスを力ずくで破りぬいた。先程の爆風で脆くなっているのか。そのまま勢いは止まらず、飛び出した。足が、内臓が、浮いている感じ。なんだか気持ち悪かった。


 背後で何かを抉り抜く音と、続いて爆風。


 浮いている体が前に押し出される。なんとか、道路近くの電信柱に掴まる。その際右腕からイヤな音がしたが、動きは止めない。止められやしない。

 すぐさま地上に降り立ち、先程拝借したバイクに跨る。どこでもいいから、ここではない場所へ行かなくては。


「いて」


 不自然に曲がった腕で走らせられるかが問題だった。

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