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ゴールデンスラッパー  作者: 伊勢イカ
プロローグ
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プロローグ

 一台の車が高速道路を走る。

 白い車体のそれは、運転席に男、助手席に女を乗せ、後部座席に子供を二人乗せている。よく見る家族の構図だった。

 子供二人のうち助手席の後ろに座っていた男の子が笑顔で身を乗り出し、運転している父親の腕を掴んだ。


「ねえねえ、いまどこに向かってるの!」


 子供特有のキンとした声でそう叫んだ。子供というのはいつだって全力で、裏表がなく、見ていて微笑ましいと父親は思ったが、綺麗な金色の髪をしたその子をチラリと見るなり、眉をひそめるような表情を意図的に作った。


(あわ)、お父さんは今運転中なんだ。腕を掴むと危ないだろう」


 そう言われた沫はびっくりした顔をして直ぐに飛びのいた。するとまた戻ってくるなり、先程と変わらない笑顔で今度は助手席の母親の腕を掴み、父親に向き直った。


「どこにいくの!」


 父親は苦笑いをして、「秘密」とだけ答えた。頬を膨らませた沫は、腕を掴んでいる母親を見る。綺麗な金髪が目に入る。父親の、黒過ぎて青光りするような髪色と対になる、光を跳ね返す金。子供たち二人は彼女の血を色濃く受け継いでいた。

 沫はその金髪の奥の眼をのぞき込んだ。微笑み返してくるばかりで何も言わない。

 また声を上げて聞き質そうとした時に、不意に右腕を引っ張られた。仕方なくシートに沈み込み、不貞腐れた顔を浮かべる。


(あぶく)。気にならないの?」

「別に」


 運転席の後ろ側に座っていた子供だった。泡は感情が顔に出やすい沫と対照的な鉄面皮を浮かべている。


 泡は沫の双子の兄で、同じく透くような金髪をしている。まだ八歳とは思えないほどしっかりしており、達観している。見た目の全く同じ二人が学校などで間違われないのもそのせいだろう。

 達観的で、本などを読むことが好きなおとなしい兄の(あぶく)と、

 活発的で、外でサッカーをすることが好きな人気者である弟の(あわ)

 二人は、瓜二つな容姿と特異な髪色も相まって、学校内でそれなりの有名人だった。


「着けば分かるよ」


 泡は沫の腕を掴んだ手をそのままに、窓の外を眺めた。それを見て沫がまた頬を膨らませた。


「泡、僕は気になるよ・・・おかーさん!教えて!」

「沫、お母さんを困らせるな。それに危ない」


 泡がまた前の座席に飛びつこうととした沫を引っ張る。そして沫の右腕を体に挟み込むように掻き抱いた。それに怒ったように沫がもがいた。


「放してよ!子供みたいに扱わないで!」

「ヤダ。危ないから」


 それで二人は喧嘩を始めた。沫は泡をバシバシ叩き、泡は沫をさらに引っ張ろうとする。

 いつも通りのその光景に、両親はニコニコと笑っていた。

 父親は、子供はやはり尊いものだ、だとか言って親バカを発揮させている。これもまたいつも通りの光景だ。―――しかし。


 しかし、「唐突」というものは、突然起こるものだ。それは読んで字のごとく、当たり前のことであるし、唐突と突然を入れ替えてもなんら支障はきたさないものであるが、どちらも何の前触れもなく起こることである。

 普通の学校生活を送っていれば、見知らぬ異性に告白されたり。

 まともな会社に勤めていたら、この会社は潰れるなどと宣言されたり。

 ただドライブするだけで、事故に巻き込まれたりする。

 事前情報が何もないからこそ出来る事だってあるが、何も知らなければ、やはり何もできやしない。

 こんな話も()()にしたものであるが、こんなもの書いても書かなくても結局は何も変わらなかったのだ。

 こんなよくある家族も、そんなよくある自然現象に巻き込まれただけだ。

 強いて言うなれば、運が良くなかったと言えるだろう。


 車は高速を下りた。


「もう少しで到着するぞ。だからもうちょっと待ってな」


 家から車を走らせて既に三時間程経過していた。双子ももう寝てしまっている。泡が沫の腕を未だに掴んでいるせいで、沫が泡の肩に寄りかかっている。

 寝ても離さないあたり、大人には無い頑固さが泡にもあるなと勝手に妄想していた母親が、反射鏡で子供たちを見ていた父親より先にそれに気が付いた。


「・・・?」


 今車が走っているのはこちら側からしか進めない一方通行の道である。高速を下りた辺りからそのような道が多くなり、この道路もそうだ。

 しかし正面にはこちらに向かってくる大型のバンが見える。間違って入ってしまったのだろうか。緊急停止する様子も見えないが・・・。


「なッ!」


 それは唐突だった。

 そのバンが唸り声をあげて急加速する。それに気付いた父親が声を上げるが、遅い。大して長くもない道は、全速力で車間の距離を潰すバンに一瞬で消費された。

 咄嗟に二人は車を止めようとするが、止まらない。

 もう一度試す。

 止まらない。

 必死に頭を回し、策を模索する。ダメだ。この状況を打破できる手段は見つからない。


 生きていられる時間がもう長くない事を悟る。自分たちの人生が、よもやこんなにあっさりとした終わりになろうとは、想像だにしなかったろう。


 走馬灯を見ることもなく、目の前までバンが近付いている。辞世の句など詠む余地もない。

 二人は、ふと泡と沫の方を見た。

 双子は仲良くくっついたままだ。まだ寝ている。

 シートベルトを着けていない沫がとても心配だった。それは、泡が心配でないという意味ではないが。

 二人は双子の姿を目に焼き付けて、瞼を閉じた。


 衝撃と共に意識が暗転する。


 *


 この事件で四名が死亡した。


 双子の両親に、バンの運転手の男。それとバンの助手席に乗っていた少女だ。

 後部座席に乗っていた二人は、泡は左腕の骨折と軽い打撲、気絶。沫は意識不明の重体。

 しかし、泡の骨が折れても離さなかった手がなければ、沫は死亡していた可能性が高かったらしい。

 沫は何とか一命を取り留め、一年後に意識が回復した。






 既にあれから七年が経つ。双子は高校に入学した。

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