おうちにかえるまでが、えんそくです
無茶降りから生まれた勇者と神樹くんのお話ですが、
たいへんありがたいことに、気にいってくださった方がいらっしゃったので
思いついたその後の話です。
あーんで世界を救ってきました https://ncode.syosetu.com/n2247gg/ の続編になります。
もしよろしければ、↑こちらを先に読んで頂けましたら幸いです。
「神樹は、ここからは、動けないんだよな?」
あそびにきてた、ゆうしゃがきいた。
『うん、根をはってるから、うごけない。
でも、葉っぱとか、茎をきって、そとにはもっていけるよ。
おくすりの実と、いっしょ。
もっていきたい?』
東の神樹の種をのみこんだときに、わかったんだけど。
ぼくは、根をはったばしょから、うごけないけど、
きりはなされた、葉や種は、
いろんなことをおぼえて、うけわたしできる。
ゆうしゃがもっていきたいなら、もっていっても、いいとおもう。
「いや、持って行きたいっていうのとは、ちょっと違うんだけどな…」
ゆうしゃがなやんでる。
このかおは、しってる。
「なんて言ったら、わかるんだろうな…?」のかお。
いっぱいかんがえてから、
ぼくにもわかるように、おしえてくれるんだ。
「この禁足地の森を出て、少し行ったところに、湖があるんだ。
今の季節は、岸辺に咲いた花が水に映って、
いい風がふいて、とても綺麗でな。
お前に、あの景色を見せたいな、って思って…」
俺はそう口にしてから、あ、と気がつく。
神樹を相手に、花見に行こうって誘うのは、やっぱり変か?
俺がいま話している「南の神樹」。
禁足地の森に根をおろす、神と樹木の混じった存在。
その本体は、白一色の幹と葉と蔓を持つ、美しい大木だ。
大木の傍には、白と緑の色彩をもつ、少年のような姿がある。
神樹が、人と意思疎通をするための、いわば擬態だ。
新緑の瞳、若葉色の髪(よく見ると針葉樹の葉に似ている)、
和毛の生えた茎のような白い肌。
彼の腰から延びる白い蔓は、本体である大木の幹へとつながっていて、
「人の形に似せた花」である彼の本質は、あくまで植物なのだ。
その彼を、花見に誘うということは。
人間に置き換えて考えれば、
「一面の人混みが、とても綺麗でな…」みたいな変な発言だろうかと、
一気に自信がなくなってしまった。
おそるおそる、彼の方をみると、
新緑の瞳をキラキラさせて、こっち見てた。
セーフ?なんとかセーフでしたか?
よかった…。
『ぼくを、そこへ、もっていきたいってことだよね?』
勢い込んで、神樹が聞いてくる。
「そうだな」
『じゃあ、この蔓を、きらないとだめだね!
きりはなしたら、はなれたほうのぼくは、じきに枯れちゃうんだけど、
森のちかくなら、枯れるまでには、つけるとおもうよ!』
え、今なんて言った?
聞き返そうと思ったときには、
彼は、その細い腰へつながる、白い蔓を自切していた。
ぽとり。
白い蔓が地面に落ち、鮮やかな緑の断面が見えたとき
一瞬、息が止まったと思う。
「おまえ…」
『いたくないよ?
あ、でも、あるくのは、にがてかも』
いつも通り俺を見上げて、新緑の目を細めつつも、
蔓の支えをなくして、足下をふらつかせた彼を
慌てて抱きとめる。
『へんなかんじ。
きりはなしちゃうと、この2本しか、蔓がつかえないんだね?』
呑気に、両手をぐーぱーしてる姿に、
俺はもう、何から突っ込んで、何から反省したらいいのか
わからなさすぎるんですが!!!
【時間が限られているなら、間に合わせなさい。それだけです】
勇者時代に、スパルタ上級神官から叩き込まれた言葉が、脳裏をよぎりますよちくしょう!!!
「蔓っていうか、腕と、手な。
ほら、おんぶしてやるから、
俺の背中にもたれて、前に腕をまわして、つかまれ。」
俺は腹をくくって、彼をしっかりと背負い直した。
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「遠足みたいだな」
『えんそく?』
「遠くへ足をはこぶ、って意味だ。
普段行かないようなところへ、歩いていくことだよ」
『ふうん?』
あしをはこぶ、っていっても、
ぼくは、ゆうしゃにおんぶしてもらってるんだけど、
いいのかな。
たのしいから、いいのかな。
ゆうしゃのせなかに、ぎゅっとしがみつく。
植物のぼくとはぜんぜんちがう、
ねつをもった、どうぶつのからだ。
とてもあつくって、びっくりする。
こんなにくっつくのは、
「あーん」してもらったときぶりだから、わすれてた。
ゆうしゃは、じぶんのあしで、あるいてはしって、
どこへでも行けるいきもの。
うらやましいな。
ぼくたちは、ずうっとおなじばしょで、
だれかがきてくれるのを、まつしかできないから。
だからきょうは、ゆうしゃに、もっていってもらうのが、
とてもうれしい。
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『わあ…』
ゆうしゃがいってた、みずうみのほとりで、草のうえにおろしてもらった。
すごい、すごい!
みわたすかぎりの水と、まぶしいひかり。
つよい、くうきのながれ。
かぜっていうんだよね。
ざあって、かぜがふくと、
たくさん咲いてる花たちが、いっせいになびいてる。
枝や、蔓や、茎をぜーんぶ、かぜになでられるって、
こんなにきもちいいんだ。
ぼくの生えてる森は、ゆうしゃにいわせると、
「とじたまゆ」みたいなんだって。
あそこでは、ほとんどなにも、うごかない。
ここは、あかるくて、きらきらして、かぜがふいて、
ぜんぶがうごいてる!
「水に手をつけてみるか?」
『うん!』
水におちないように、ゆうしゃが、
うしろからつかまえてくれてるから、
蔓…じゃないや、手を、水につけてみる。
根っこじゃないから、たぶん水はすえないけど…。
あ。
『くちからなら、のめるかな?』
「水をか?」
『うん』
「たしか携帯用のコップがカバンに…。
生水だからって、お前は腹はこわさないよな?」
そういって、ゆうしゃが、はなれようとするから、
ぎゅってしがみついて
『あーん』って、くちをあけてみた。
「いや待て、ちょっと待て。それは違う。
なんか学習を間違ってる!」
ゆうしゃのかおが、まっかになったから、
なんだか、とてもたのしいきもちになって、
『あははは!』って、こえがでちゃった。
「なんなんだよもう!
人をからかうとか、覚えたのか?!
いらんこと覚えなくてよろしい!」
『からかう、ってなあに?』
「あーもう~!!!」
ゆうしゃが、あたまをかかえちゃった。
なんか、しっぱいしちゃったのかな?
『げんきだして』って、ゆうしゃのあたまをなでたら、
「もういいや…」って、
あたまをくしゃくしゃってされて、ひざにだっこされた。
きょうのゆうしゃは、いつもより、くっついてくれるかんじがする。
うれしい。
そのまま、ずうっと、ながいあいだ、
ふたりで、かぜにふかれて、みずうみをみてた。
かぜに、ふかれてるからかな、
きたときほど、ゆうしゃのからだは、あつくない。
ぼくは、ゆうしゃを、せもたれみたいにして、すわってて。
すっかりくっついちゃってるけど、
まもられてるかんじがして、すごくあんしんする。
幹とつながってなくても、ちっともさみしくない。
おひさまが、だんだんやまにちかづいていって、
すこしずつ、くらくなって、
あたりがいちめん、まっかないろになって、とてもきれい。
「こういうのを、夕焼けって言うんだ」
『ゆうやけ?』
「夕日の赤で、火で燃けたみたいに、真っ赤になるからな」
『やけちゃうのはこわいけど、これはきれいだね…』
耳のちかくで、「ふっ」って、
ゆうしゃが、わらったこえがした。
「このままずっと、一緒にいれたらいいのにな」
ゆうしゃが、ちいさなちいさなこえで、
いったのが、きこえたから、
『ありがとう』って、
やっぱり、ちいさなこえで、いってみた。
『…でも、そろそろかなあ。
おはなしできるうちに、森へもどってもいい?』
「そうだな、そろそろ帰ろうか」
ちょっとだけ、ゆうしゃがつらそうなかおをしたけど、
すぐに、にこってして、ぼくをおんぶしてくれた。
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禁足地の森へ帰り着くと、
いつものように、白いふわふわの蔓たちと、
もうひとりの「彼」が、出迎えてくれた。
迎えてくれた彼は、俺の背にいる彼と同じ姿。
違うのは、
本体である神樹の幹と、白い蔓で、しっかりと繋がっていることだけ。
『ゆうしゃ、きょうは、ほんとうにありがとう。
ぼくを、ぼくに、わたしてくれる?』
促されて、背負っていた彼を、ふわふわ蔓たちにそっと託す。
手をはなすのが、なぜかとても辛く感じた。
『ただいま、ぼく』
『おかえり、ぼく』
同じ声が挨拶を交わす。
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いまのぼくは、幹からはなれてるから、
ふわふわ蔓たちが、「ほかのひとの手」みたいで、
とてもふしぎなかんじ。
あたらしいぼくが、目のまえにいるのも、とてもふしぎ。
ひとのすがたのぼくって、こんななんだね。
あたらしいぼくは、
すこし、かわいてきたぼくの手を
しっかりとつかまえてくれた。
『ゆうしゃに、とっても、いいものをもらったの。
ぼくと、いっしょに枯れてしまったら、もったいないから。
幹のぼくに、ずっとおぼえていてもらうために、かえってきたんだ』
『そうなんだね』
きりはなされてしまったぼくが、
幹のぼくに、もういちど、くっつくことはできない。
ただ、枯れるまえに、「おぼえていること」を
幹のぼくにわたすことはできる。
ゆうしゃは、なんだか、とてもつらそうなかおで、ぼくをみてる。
どうして?
きょうのぼくは、とてもとても、うれしくて、たのしかったのにな。
ぼくは、あたらしいぼくに、くちづける。
こんなにすてきなのを、もらったの。
おぼえていてね。
あたらしいぼくが、こくってする。
だいじょうぶ。ぜったいにわすれないから。
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いつの間にか、ふわふわの蔓たちが、俺の視界を遮っていた。
からみあった蔓たちがつくる白い壁で、
ふたりの神樹のすがたは、こちらからはもう見えない。
声だけが聞こえる。
『ゆうしゃが、かなしいかおを、してるから。
まえのぼくが、こうしてって』
「…そうか」
丹精込めて咲かせた花を、意図せず、自分の手で摘み取ってしまった気持ち。
花を摘むことは、罪でも悪でもないと思うのに。
花を咲かせる木の本体が、枯れてしまったわけでもないのに。
どうしてこんなに胸が痛いのか。
ふわふわの蔓が1本のびてきて、
いつものように、
俺の髪をくしゃくしゃと撫でた。
『きょうは、とっても、たのしかったよ』
・「むしった花は、もう木にくっつかない」
・「ヒトガタに感情移入しますか、しませんか」という話。
もし、東の神樹の種がヒトガタだったら、どんな話になったのだろう…
と、一瞬考えましたが、
そもそもそれじゃあ、「あーん」できませんし、旅の間の維持管理が難しすぎるので、却下。
Twitterのタイムラインで、「勇者×神樹」か「神樹×勇者」か的なつぶやきを拝見したのですが
絵面としてはあさっての方向の「神樹×神樹」でした。すみません。