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第590話【エルフの凶子】

ウエイトレス姿の凶子が木刀を肩に背負いながら瓦礫の穴を潜って室内に入った。な~


自分で殴り飛ばしたグレーターデーモンの一体を追ってだ。


崩れた煉瓦を踏みしめてガラリと音が鳴る。


室内は埃っぽい。


窓から日の光が入ってくるが薄暗かった。


火が灯されていないランプが天井からぶら下がり、キィキィと音を立てて揺れている。


台所とリビングが一緒になった感じの部屋だった。


暮らしの中では広い部屋のほうだが、戦うには狭いスペースである。


そして、部屋の中央に置かれたテーブルの向こうにグレーターデーモンが堂々と立っていた。


2メートルちょっと有る身長は、軽くジャンプしたら天井に付きそうである。


そのグレーターデーモンが赤く輝く瞳で凶子を睨み付けながら述べた。


「エルフの乙女にしては、力強い一撃であったな。人間でも、あのパワーは出ないぞ。いったい何故だ?」


凶子が肩に背負っていた木刀を前に突き出した。


眉毛の薄い表情をクールに澄まして述べる。


「聖剣、風林火山よ」


「風林火山とな?」


「かつて切り倒された世界樹の枝から作られた木刀だと聞いているわ」


「この世界で世界樹が切り倒されたのは五千年前だと記憶しているが、そのころからの剣か」


「我が家の女系に伝わる聖剣なの。エルフの女しか持てない剣だから、私が使っているのよ」


「その剣が、貴様のステータスを底上げしているのだな」


「ええっ」


答えた凶子が長くて細い足を上げて、前方のテーブルに足を掛けた。


そして、テーブルを前に蹴飛ばす。


蹴飛ばされたテーブルが滑ってグレーターデーモンの下半身に迫る。


「それっ!」


グレーターデーモンは滑り迫るテーブルの先端を上から叩いた。


すると叩かれた衝撃でテーブルの前方が軋み後方が浮き上がった。


立ち上がったテーブルが扉のようにグレーターデーモンの姿を隠す。


だが、そのテーブルの腹に向かって凶子が木刀で突きを入れた。


「せいっ!」


木刀の先は音も無くテーブルの裏を貫通してグレーターデーモンの腹部を突く。


「ぐふっ!」


刹那、グレーターデーモンの腹部に鉄球でも撃ち込まれたかのような激しい衝撃が轟いた。


グレーターデーモンは身体をくの字に曲げて後方に吹き飛ぶ。


壁を二枚ほと突き破り、大通りとは反対側に飛び出し転がった。


「ぬぬっ……、なんたる衝撃だ……。非力なエルフの一撃ではないぞ……」


突かれた腹を押さえながらグレーターデーモンが立ち上がると、自分が飛び出して来た穴から凶子が歩み出て来る。


長い金髪、妖精耳。


シャープな輪郭に、切れ長の瞳。


ウエイトレス姿以外は、どこにでも居そうなエルフの娘だ。


それが上位悪魔のグレーターデーモンを吹き飛ばしたのだ。


しかも、二回もだ。


疑う余地はない。


「このエルフ娘、出来る!」


凶子の全身から緑色の魔力が揺らぎ出た。


それは大自然の神秘と色が重なって見えた。


「理解してもらえたかな。私の実力が?」


凶子がブルンっと木刀を横に振るうと突風が巻き起こる。


周囲に風が吹き荒れた。


「マジックアイテムに頼った力量なんぞ、紛い物だ!!」


グレーターデーモンが両手を前に突き出し呪文を唱える。


前方に二つの赤い魔法陣が渦巻くように並ぶ。


その魔法陣から炎が漏れ出ていた。


「食らえ、ダブルナパームボール!!」


発射される二つの火球はファイアーボールの上位魔法だ。


しかも、それが同時に二発。


だが、凶子は逆水平に木刀を振るうと、一文字に火球を同斬する。


すると二つの火球が凶子の眼前で二連に爆発した。


爆炎が凶子を包む。


そして、グレーターデーモンが自ら爆炎に飛び込んだ。


「どうせ、耐火にも優れているのだろう!」


爆炎に飛び込んだグレーターデーモンが人影に向かって中段回し蹴りを放った。


力強い脚力に蹴られた人影が爆炎の中から蹴り飛ばされる。


「木刀で防いだか!」


爆炎から飛び出た凶子が10メートルほど先に着地した。


ウエイトレスの制服は焦げているが綺麗な金髪は煤けてもいなかった。


凶子が木刀を両手で前に構えて凛々しく爆炎を睨んでいると、そこからグレーターデーモンも飛び出して来た。


「火炎が効かぬなら冷気でどうだ!」


片手に氷の槍を作ったグレーターデーモンが投擲フォームでブリリアントジャペリンの魔法を繰り出した。


凶子に氷の槍が飛び迫る。


「それっ!!」


凶子が頭上まで振り上げた木刀を真っ直ぐ下に振り下ろす。


その切っ先がブリリアントジャベリンの先端を打ち殴った。


パリーーンっと澄んだ音が鳴り響くと魔法の槍が氷の散りと化して砕け散る。


「ならば、ライトニングキャノン!」


今度は上位雷撃魔法だ。


その飛来する雷撃魔法を凶子は斜め下から掬い上げるように逆袈裟斬りに打つ。


弾かれた雷撃魔法は、昇り龍のように天に向かって飛んで行った。


「た~ま屋~♡」


「己れ、嘲るか!!」


グレーターデーモンが腰を落として両拳を強く握り絞めた。


すると灰色だった両拳が鋼のような黒い色に変わる。


鋼鉄化だ。


「魔法が効かぬなら、殴り殺してやろうぞ!!」


ダッシュ、からのストレートパンチ。


その鉄拳を凶子は木刀を盾に受け止めた。


衝撃に力んだ身体が押し戻される。


踏ん張った足が砂埃を立てながら後方に2メートルほと滑った。


「魔法に強いが、物理攻撃には絶対では無いようだな!」


「世の中、万能なんて無いのよ!」


「ならば、弱点を攻めるのみだ!!」


グレーターデーモンが拳の乱打で攻めて来た。


左右の拳を激しく律動させて攻めて来る。


アイアンフックの連打だった。


その乱打を凶子は木刀で受け流したり、体術で躱して見せる。


だが、その防御に余裕は見て取れなかった。


必死に乱打を耐えている。


その必死さからグレーターデーモンにも悟れた。


打撃を入れれば勝てる、と──。


故にグレーターデーモンは底無しの体力に物を言わせて拳の乱打を続けた。


右左右左右左と回転を速める。


拳の乱打は攻撃回数を重ねる程に速度を増していった。


凶子の躱す回数が減り、木刀で受ける回数が増え始めている。


押されている。


凶子が押されて、グレーターデーモンが押している。


その戦況は躊躇に感じられた。


グレーターデーモンには、このまま押しきれると思えた。


自分が有利だと感じられた。


刹那、瞬間の時の中でグレーターデーモンの瞳が強く輝く。


隙──。


防御に励む凶子の顎先に隙を察知する。


ピンポイントで光って見えた。


エルフ娘のシャープな顎先に隙が見えたのだ。


そこに拳を打ち込めばKO出来る。


そして、今なら打ち込める絶好のタイミングだと悟れていた。


瞬時、グレーターデーモンの身体が自動で動いていた。


好機に向かって全力のストレートパンチを打ち込む。


狙いは隙である顎先だ。


完璧なスピードで、完璧なパンチを打ち込んだ。


タイミングも完璧だ。


鉄腕がエルフの顎先にヒットする瞬間、勝利の言葉が脳裏にデカデカと浮かんだ。


口からも言葉が漏れる。


「勝った!!」


確実な勝利。


───の、筈だった。


拳が外れた。


凶子が背筋を反らして拳を躱す。


狙いを外した拳が凶子の眼前を過ぎると同時に木刀がグレーターデーモンの顔面を叩いていた。


「ぬあっ!!??」


視界に火花が散った。


鼻血が散る。


躱された?


反撃された?


カウンター?


勝利は?


幾つもの疑問がグレーターデーモンの頭を過った。


更に──。


「えいっ!」


凶子が木刀でグレーターデーモンの脛を強打した。


「かっ!?」


激痛が走る。


脛から激痛の電気が神経を走り昇り脳天から抜けて行く。


「ぐがぁぁあああ!!!」


悪魔の口から苦痛が吐き出された。


グレーターデーモンは片足で立ったまま脛を引き寄せ両手で押さえる。


木刀で打たれた脛は肉が割けて白い骨が見えていた。


「とうっ!」


続いてグレーターデーモンの喉仏を狙った木刀での突き。


喉に木刀の先がズブリと突き刺さった。


「ぐはっ!?」


今度は疲れた喉を押さえながらグレーターデーモンが背筋を伸ばしながら後ろによろめいた。


口から血と涎を吐き散らす。


そこえ──。


「キーーンっ!」


木刀による救い上げの一振りを股間に打ち込む。


金的だ。


「ぐはっ!!」


グレーターデーモンは両目を剥きながら大きく口を開くと前のめりに俯く。


今度は両手で股間を押さえていた。


「アスランが言ってたの、男は股間が弱いって」


「い、いらんことを教わるな……」


話ながら凶子がグレーターデーモンの背後に回り込んだ。


「あと、ここも弱いって」


ズブリっ!!


「ひぃやん!!」


グレーターデーモンが可愛らしい声で悲鳴を上げた。


今度は凶子がグレーターデーモンの肛門を木刀で突き刺したからだ。


「あ、ああ、ああああんん!!」


仰け反りながら天を仰ぐグレーターデーモンがピンク色な声で呻いていた。


そのお尻には聖剣風林火山が5センチほと突き刺さっている。


「どう?」


訊きながら凶子が木刀を持った手首をグリリと捻る。


「あああああんん~~ん♡」


更に呻くグレーターデーモン。


でも、その声色は何だか幸せそうだった。


「よっと……」


凶子が木刀をグレーターデーモンの肛門から引き抜くと、悪魔はうつ伏せに倒れこんだ。


グレーターデーモンはお尻を高く上げながら痙攣している。


それ以上は動く気配も戦意も感じられなかった。


グレーターデーモンの表情は力無く緩んでいたが、何故か幸せそうにも伺えた。


凶子が首を傾げながら言う。


「これって、私の勝ちなのかな?」



グレーターデーモンvsエルフの凶子。


勝者、凶子。


グレーターデーモン、幸福なままに戦意喪失。



【つづく】

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