第566話【予言書の予言】
アマデウスがティーカップで紅茶を啜っていた。
白くて丸いテーブルに、お揃いのアンティークな白い椅子に腰掛けながら、草原の端に有る丘の上で呑気に紅茶を啜っているのだ。
丘から前方を見てみれば、白い雲の海が広がっている。
それが地上の果てのように見えた。
有る意味で、絶景である。
ここは天空要塞ヴァルハラの端であった。
アマデウスはお茶菓子として用意されたカステラをフォークで突き刺すと口に運んだ。
一口齧る。
「すかすかで美味しくないな……」
この世界のお菓子なんて、この程度の物だ。
旨いお菓子なんて少ない。
それでもアマデウスは口の中に残ったすかすかのカステラを暖かい紅茶で喉の奥へと流し込んだ。
すると草原のほうから一人の魔術師が歩いて来る。
深緑のローブにフードを被り顔を隠した魔法使いだ。
片手には長いスタッフをつき、反対の腕には分厚い書物を抱えている。
魔法使いはアマデウスが一人でお茶を楽しんでいたテーブルの側に立つと話し掛けてきた。
「アマデウスさん、こんなところでお茶ですか。風流ですな」
魔法使いの声色は中年男性だった。
口調は穏やかで柔らかい。
おそらくアマデウスよりも年上だろう。
アマデウスは紅茶を一口啜ってから問うた。
「ノストラダムスさん、何か有りましたか?」
ノストラダムスと呼ばれた魔術師は小脇に抱えていた書物を広げるとアマデウスに報告する。
「魔王城の牢獄からアキレウスさんを救出して参りました。私の予言が正しければ、あなたは明日にでも魔王城を襲撃するでしょう」
「ほほぅ……」
アマデウスはティーカップをテーブルに置いた。
「明日、私が行動に移すのか? なんともいきなりな予言だな」
「私の予言書に、そう出たのです。だからアキレウスさんを戦力として連れ出したしだいで」
「では、クラウドの奴は、どうなった?」
「私の予言書だと、彼は裏切ってアスランサイドに付くと思われます。なので牢獄に放置して来ましたよ」
「そうか……。それにしても急な話だな。何故に私は、そんなに急いで魔王城宝物庫を襲撃を決意したのだ? 謎だぞ?」
「そこまでは、私の予言書にも記載されていませんでした」
「また、お前の予言が外れたのでは?」
ノストラダムスは予言書を閉じるとアマデウスを冷たく睨み付けながら低い声で言う。
「私が異世界転生した際に貰ったチート能力は予言です。この予言書が示す内容は、間違いなく起きる事柄の一旦。なので外れることはありません」
「でも、君は前世で前科が有るからな。ハルマゲドンの件で……」
「口説いですぞ!!」
怒りに任せてノストラダムスが大声を上げた。
すると咄嗟にアマデウスが立ち上がる。
そして、ノストラダムスを睨みながら言った。
「貴様が、何故にここに居る!?」
咄嗟にノストラダムスも振り返った。
自分の背後を見る。
「よ~~う、アマデウス。久しぶりだな~」
ノストラダムスが振り返ってから見たものは、二人の人物だ。
アスランと神官長マリアだった。
「アスラン、何故にお前がヴァルハラに!?」
アスランは隣に立つマリアを指差しながら述べた。
「マリア様に連れて来て貰ったんだ」
マリアが言う。
「私がアルカナ二十二札に入ったのは、人と人を繋ぎ合わせたい、出会わせたいからよ。だからアスランにアマデウスさんと会いたいと頼まれたから連れてきたの。駄目だったかしら?」
「「駄目って、言いますか……」」
アマデウスとノストラダムスが呆れていた。
だが、マリアの言っていることは偽りがなかった。
彼女がアルカナ二十二札衆に加わったのは、人と人を出会わせることが目的だ。
乗りとしては、お見合い相手を紹介しまくる世話焼きなおばちゃんの乗りと一緒である。
だから彼女はアスランにギレンを紹介したりもしたのだ。
そして、今回はアスランにアマデウスと会いたいと言われたので、素直にヴァルハラに連れてきたのである。
悪意も何も無い。
彼女的には、何一つ矛盾はしていない。
アスランが舐めた口調で述べる。
「なあ~、アマデウスよ~。聞いたぞ~。お前はハーデスの錫杖とか言うマジックアイテムを探しているんだろ~」
「ああ、そうだ……」
「俺さ~、そんなアイテム持ってないからさ~。だから命とか勝手に狙わないでくれよ~」
アマデウスがアスランを睨んだ。
「ハーデスの錫杖を持っていないだと?」
「うん、持ってない」
「貴様は既に魔王城の宝物庫を漁っているはずだ。その中にハーデスの錫杖が合ったはずだぞ!」
「いや、まだ魔王城の宝物庫は開けてないんだ。正確に述べれば、開けられていないんだわさ~」
「開けられていないだと?」
「うん、そうなの」
「そんな馬鹿な……。天秤の報告だと、既にアスランがハーデスの錫杖を手に入れていると言っていたぞ」
「あの野郎、適当な報告しやがって……。誤報だよ、誤報」
「ならば、ハーデスの錫杖は、件の宝物庫はどこに有るのだ!!」
「魔王城の地下だよ。でも、宝物庫の入り口はマミーレイス婦人って言う凄いリッチが守ってるぜ。ちょっと俺じゃあ勝てないわ~」
するとノストラダムスがマミーレイス婦人の名前を聞いて顔色を青ざめさせながら述べた。
「馬鹿な……。マミーレイス婦人と言えば、前魔王城よりも手強いと言われた魔道士だぞ……」
アマデウスが続く。
「私も文献で読んだことがあるぞ。代々の魔王を支えて財政を管理している魔人だとか……。もう、その存在が魔王以上。毎回魔王が誕生する度に姿を現して、魔王が敗北すると姿を隠す……。それの繰り返しで闇の歴史の常連だとか……」
ノストラダムスが予言書を捲ってページを隅々まで確認する。
「マミーレイス婦人が姿を現したのなら、新魔王が誕生した証だ。だが、私の予言書には、新魔王が誕生したなんぞ、記載されていないぞ!!」
予言に無い出来事のようだ。
故に想定外なのだろう。
俺は呑気に述べる。
「へぇ~、新魔王が誕生したんだ~。それは大変だな~」
ノストラダムスが俯きながら呟いた。
「デビル嬢が言ってたことは、本当だったのか……」
アマデウス、ノストラダムス、マリアの視線がアスランに集まった。
「「「こいつが、新魔王……」」」
「へぇ?」
三人の視線にアスランが首を傾げていた。
一人だけ状況が飲み込めていない。
【つづく】