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第455話【死海】

俺は通路の天井を眺めながら呆然としていた。


天井までの高さは2メートル半ぐらいかな。


横幅10メートルぐらいの階段から下りて、同じ程度の幅がある通路に出た。


そこで待っていたのは水辺だ。


しかもただの水辺じゃあない。


通路の天井に水が溜まってやがる。


「磯の香り……」


しょっぱそうな臭いが漂っていた。


夏の海で嗅いだことがある磯の香りである。


天井の水辺は小さく波打っていた。


でも、水質は綺麗だ。


水は透き通っている。


水中を小魚が泳いで居るのが見えるぐらいだ。


「海だ……。これが死海なのか……」


死海──。


俺は言葉の響きからして死海とは、もっとおどろおどろした殺伐な海を想像していた。


もうヘドロで真っ暗な腐った海かと思っていた。


だが、見てみれば予想外である。


水質は綺麗だし、小魚だって泳いでやがる。


ただ想像と違ったのは、その海が天井に有ることだった。


「重力変動かな?」


俺は天井に手を伸ばしてみた。


水面には手が届かない。


スキルで強化された俺のジャンプ力なら頭ぐらいは届くだろう。


でも、全身をダイブさせるには高すぎる。


しかし、重力の変化も感じられない。


飛び込んだら水中にインできるかどうかも分からないな。


もう少し目を凝らして観察してみれば、水中の小魚は、俺に腹を見せて泳いでやがる。


要するに、水中も重力が地上と同じ方向に働いているのだ。


おそらく重力が可笑しいわけではない。


水が──、海水が可笑しいのだ。


「この海水は、軽いんだな……」


これはまだ推測なのだが、おそらく海水が空気よりも軽いのだろう。


「空気よりも軽い水かよ……。この世界は不思議で溢れているぜ」


俺は天井を眺めながら通路を進んだ。


50メートルぐらい真っ直ぐな道が、なんの変化も無く続いていた。


まだまだ通路は続いている。


天井の死海に変化は無い。


透き通った水中に、俺が持つランタンの光りが溶けている。


「綺麗だな──」


時折見えていた魚が、もっと小さな魚を追いかけて泳いでいく。


「補食かな?」


どんなに綺麗な水中でも、弱肉強食は地上と変わらないってわけか。


そんなことを俺が考えながら上を見上げていると、深い海底(天井の奥)から黒い影が勢い良く上って来た。


それは大魚だ。


口を開けて小魚を追いかけている魚を、更に大きな口で大魚が飲み込んだ。


そのまま勢い余って頭部を海面から付き出した。


「うわっ!!」


ギロリとした丸い瞳が額に一つだけの巨大な怪魚だった。


その瞳と一瞬だけ目が合う。


マグロより遥かにデカイ。


そのサイズは一口で俺の頭を丸飲み出来そうな大きさだ。


しかもギザギザなノコギリのような歯をギラ付かせている。


「こわっ!!」


俺が身を引いている間に巨大魚は水中に戻り海底に消えて行く。


「なんだい、今の……」


俺が呆然としていると、頬についた海水が上に流れて行った。


俺はその水を手で拭う。


「やはり海水が上に流れてやがる。空気よりも軽いんだな……。に、してもだ……」


なんだ、あの巨大魚は……。


かなりのサイズだったぞ。


目ん玉も額に一つだけだしさ。


まさに怪魚だな……。


もしかして、あんなのがウジャウジャと居やがるのかな、この死海には……。


塩分が濃すぎて生命が住めないって意味の死海じゃあなくて、超弱肉強食的な世界の死海って意味なのかな。


たぶん、後者だろう……。


「よし、決めた……。絶体に死海には入らないぞ……」


この決意が安全策だろう。


あんな怖い怪魚が泳いでいて、その頂点にはクラーケンが君臨している海なのだ。


水中では小魚よりも移動力が制限される人間じゃあ生きていけないよ。


「んん?」


そんな感じで俺が決意を固めていると、波打っていた海面に流れが見え始めた。


それは真っ直ぐ俺の進行方向に進んでいる。


「通路の奥に向かって流れているな。まあ、道は真っ直ぐしかないから、俺は進むだけなんだけどね~」


そんなこんなで俺が真っ直ぐ道を進んでいると、通路の先に闇が見えてきた。


「部屋か?」


いや、違うな。


俺が闇のほうに足を進めると、巨大な空間に行き当たる。


俺の進んできた道が、巨大な空間の前に出たのだ。


そこは部屋と呼ぶよりも遥かに巨大な空間と表現したほうが正しく思えた。


左右上下に奥まで何も無い。


床も無い。


俺が通ってきた通路が絶壁に開いている。


天井の水は、通路から流れ出ると、更に天井部に向かって逆さ滝のように登って流れていた。


「行き止まりか……。んん?」


ここで行き止まりかと思ったが、横の壁を見ると上に進めるタラップが伸びていた。


「上にか……。まあ、登るしかないだろうな」


俺はタラップに手を伸ばして上に進んで行く。


俺のすぐ横を、逆さ滝が勢いよく流れ上っている。


「このタラップ、塩でベタベタだな……」


鋼なのだろうか。


タラップは金属製だが塩水に去らされても錆びていない。


塩で錆びない鉄ってなんだろう。


アルミとかチタンなのかな?


んん~……。


金属はよく分からん……。


まあ、兎に角俺は登った。


先が闇に包まれたタラップをひたすら登った。


もう一時間ぐらいは登っただろうか──。


お腹が空いてきたし、手足が疲れてきた。


どこまで上ればいいんだろう……。


てか、もう戻るわけにも行かないし、どこかに転送絨毯を敷ける平地すら無い。


ただただタラップが永遠に続くばかりだ。


「飽きた、疲れた、腹へった……」


ついつい愚痴ってしまう。


もういい加減に次の展開に進まないかな……。


これじゃあ滝が上がる壁際を、ひたすらタラップで登ってるだけじゃあねえかよ……。


ここから更に三十分ぐらいタラップを登っていたら、やっと次の展開が見えてきた。


「海面だ……」


やっと天井が見えて来たが、それは海面だけである。


天井部に広がる死海だけが見えてくる。


それ以外には滝しか無い。


逆さ滝から上がった海水が海面に打たれて轟音を鳴らしていた。


タラップも天井の海中内に続いている。


「おいおいおい。まさか、ここから死海に入れって言うんじゃあないだろうな……。冗談じゃあねえぞ……」


だが、タラップは天井の水中に続いているし、その他には進めそうな道は何も無い。


「ちょっと試して見るか……」


俺は頭だけを海中に居れてみた。


「ボコボコボコ……」


勿論ながら呼吸は出来ない。


だが、目は開けられるな。


本物の海より塩分は低いのかも知れない。


海中を見回してみれば、色々な魚の影が見えた。


七色に鱗が輝く巨大魚、体が蛇のように長い魚、しゃくれた提灯鮟鱇、10メートルサイズのクラゲ、頭が二つあるサメ、遥か遠くに牛のような二本角を有したクジラサイズの魚も見える。


俺は海中から頭を抜いた。


「まさに死海だな……。この海を泳いで生きていける自信が無いぞ……」


どうするかな~……。


極論が頭に浮かんだ。


今回のクエストは失敗ってことにして帰ろうかな~。


たまにミッション失敗とかも有るよね。


テイアーが子供のままでも、そもそも俺に問題は無いしさ。


困るのはゴモラタウンの城に住む連中だけだろうしさ。


多額の成功報酬も、もう神々のスコップがあれば、貰えなくったって問題無いしさ。


今後の俺の冒険は、金で買えないマジックアイテムを求めて旅する程度でいいよね~。


よし、決めた、そうしよう。


今回の冒険は失敗だ。


ゴモラタウンの城に帰って「失敗しました、てへぺろ♡」って謝って来よっと。


うんうん、それでいいや~。


そんな駄目発想を纏めあげた俺がタラップを引き返そうと下り始めると、天井の海面が大きく膨れ上がった。


何かが浮上してくる。


いや、浮下かな?


まあ、どっちでもいいか。


兎に角何か大きな物が海面から出てきた。


「なんだっ!?」


それは思ったよりも、ゆっくりと海面に姿を表す。


船だ──。


船の底だ。


浮上してきたのは船の底だった。


その船底にハッチが幾つか有り、そのハッチの一つがパカリと開いた。


「よう、人間。こんなところで何している?」


ハッチから頭を出した物が話し掛けて来た。


髑髏だ。


言ったのは、バンダナを頭に被った骸骨ヘッドだった。


しゃべるスケルトンなのだろうか?


俺は答える。


「いやね、海にバカンスに来たんだけど、高波に拐われて遭難したんだよ……」


骸骨ヘッドが言った。


「へえ~、遭難だ」


「…………」



【つづく】

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[良い点] 小粋なスケルトンパイレーツ [一言] 広告が!ソウナンですか? ((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
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