第433話【二日目スタート】
俺は朝早くから魔王城キャンプを離れる予定を立てて、閉鎖ダンジョンに潜る準備をしていた。
「ダガー、良し。バックラー、良し」
まだ薄暗い時間帯に朝食を済ませて、今現在は装備を整えている。
すると俺のテントにミミックちゃんを抱えたハムナプトラが入って来た。
「アスラン殿。もう探索に出るのですか?」
「ああ、お前のことはゴリからスカル姉さんに伝えて貰えるようにお願いしてあるから安心していいぞ」
俺は腰に黄金剣の鞘を刺しながら言う。
「ところでお前の引っ越しは終わったのか?」
「はい、私にはフォーハンドスケルトンが何体も居ますからね。引っ越しぐらい容易いですよ」
それは頼もしい話である。
町の開拓が進みそうな労働力だぜ。
「それに私は数日程度ならば徹夜を行っても大丈夫な体質ですから」
「いいな、疲れ知らずなヤツはよ」
流石は異世界転生者だな。
だいぶ肉体的にもチート化されているのだろう。
何せチートスキルが不老だもんね。
「それよりアスラン殿。何故にそんなに急ぐのですか?」
「いや、ちょっとな……」
俺が何故にこんなに早くから冒険を再開させようとしているかは、単純な理由であった。
スカル姉さんたちに出合えば、かならずハゲを笑われるだろう。
それが我慢ならない。
昨晩は運良くスカル姉さんたちに出合わなかったから、笑われずに済んだのだ。
ならば、このまま出合わずにやり過ごしたい。
逃げ切りたいのだ。
そう、時間稼ぎだ。
俺の頭は今現在幾度か浴びたファイアーブレスのお陰でハゲが目立っている。
ジャイアントサンライズのファイアーブレス。
幼女テイアーのファイアーブレス。
フォーハンドスケルトンのファイアーブレス。
俺には耐火スキルが備わっているから火傷のダメージは問題なかった。
ほとんどの火傷はヒールで治ったのだ。
だが、髪の毛だけは別だった。
よってハゲた。
燃やされたのだ。
少しチョロっと生えているが、ほとんどハゲている。
これをスカル姉さんたちに見られたら絶対に笑われる。
指をさされて笑われる。
嗤われる!!
腹を抱えられて嗤われる!!
末代まで嗤われるはずだ。
日本語でなら「笑う」ではなく「嗤う」だ。
だからまずは逃げるのだ。
閉鎖ダンジョンでしばらく過ごせば幾らか髪だって生えるはずであろう。
ほとんどツルッパゲの頭より、少しは毛が生えた坊主頭のほうがましだろうさ。
そして俺はローブのフードを深々と頭に被った。
ハゲを隠すように……。
「よし、じゃあハムナプトラ。俺は閉鎖ダンジョンに戻って転送絨毯を仕舞うからな。俺が冒険を再開したのならば、もうお前の部屋には戻れないぞ、いいな」
「はい、構いません。もう私は地上で生きて行くと心に決めたのです。もう一度人間としての人生を歩み直そうと考えております……。このミミックちゃんと」
『てへ♡』
「はあ、何を言ってるんだ、お前?」
「私はミミックちゃんと結婚することに決めました!」
ミミックとの結婚だろ?
モンスターとの結婚だよね?
それは人間としての道を外していると思うぞ……。
てか、年齢的に大丈夫か?
ミミックちゃんは幼女っぽいロリキャラの声色だしさ。
まあ、いいか。
どうせラブラブならば、外野が何を言っても本人たちの耳には届かんだろう。
恋は盲目だもんな。
「まあ、兎に角だ。俺は行くぜ」
クレーター山脈を見れば朝日が登り掛けている。
俺は逃げるように転送絨毯から閉鎖ダンジョンに入った。
ハムナプトラの部屋だったスペースは、ガランとした殺風景な様子に変わっていた。
古びた家具の一つも残っていない。
もう生活感がゼロである。
「まさに引っ越し完了だな」
一息付いた俺は、宣言通り転送絨毯を丸めて畳むと異次元宝物庫に仕舞う。
これで魔王城キャンプとの道は断たれたことになる。
「さてと──」
俺は虫除けランタンにキャッチファイアーで火を付けた。
それから羊皮紙のマップを開いて見る。
これはハムナプトラから貰った……。
いや、ハムナプトラから借りた閉鎖ダンジョン内部を知らしめる魔法のマップだ。
【魔法の閉鎖ダンジョンマップ+1。マップを中心に半径50メートル以内を自動マッピングして図面とし表示する】
「さて、このマップを見るからに、先に進む道はこっちだな。こっちに階段があるはずだ……」
俺は魔法のマップに画かれた通りに道を進んだ。
まだ通ったことの無い通路を進んだが、魔法のマップに画かれた通りの間取りであった。
ただ、間取りは間違い無いが、そこに居るモンスターやトラップまでは表示されていないようだ。
俺はスライムを蹴散らし、トラップを掻い潜りながら目的の階段まで進んだ。
そして目的の階段が有る。
俺は階段を上から除き見ていた。
「ここからが下のエリアだな」
階段から下のエリアは魔法のマップに表示されていない。
階段を下らなければ表示されないのだろうか?
まあ、考えていてもしゃあないから俺はトラップに気を払いながら下に進んだ。
そして、階段を下っていると空気が変わって行くのに気が付いた。
温度が上がってる?
上の階と違って空気が乾燥しているな。
上の階はスライム牧場だったからジメジメした感が多かったが、階段を下って行くとドンドンと乾燥して行く。
そして階段の最後は部屋に繋がっていた。
「広いな」
遠くが見えないほどに広い。
見えるのは一定間隔で天井を支えている丸い柱だけだった。
白い岩を加工した洋風の柱だ。
その柱が高い天井まで伸びている。
俺は一本の柱に近付いた。
直系5メートルぐらいの大柱だな。
今度は天井を見上げた。
高さは30メートルぐらいかな。
それにしても、周囲の壁が見えない。
暗闇をランタン一つで照らしているがための限界である。
先が100メートルなのか、200メートルなのかも分からない。
俺は手元のマップを見る。
「駄目か……」
魔法のマップは半径50メートル範囲しか表示されない。
なのに今表示されているのは階段側の壁と何本かの柱だけだ。
要するに、前方50メートル先までは何も無いってことになる。
「まあ、進むか……」
俺はトボトボと歩き出す。
そして三分も歩かないで騒ぎが勃発した。
イベント開始である。
まだ何も見えていない暗闇の先から人の叫び声が聞こえて来た。
「きゃーーーー!!」
女性の声だ。
若い乙女の叫び声だ。
「この麗しい乙女の叫び声は俺に助けを求めているのか!?」
俺は女性の叫びに引かれて走り出していた。
そして闇の中からこちらに走って来る人影を見つける。
「ぬぬ、あれか!?」
だが、俺は瞬時に柱の陰に隠れてしまう。
俺が見た人影は、ピンク色のフルプレートを纏ったごっつい人物だった。
そのピンクプレートの人物が内股の乙女走りで可愛らしく駆けているのだ。
手には光るロングソードを持っている。
そのピンクプレートの乙女を黒いフルプレートの男たち三名が追いかけていた。
その黒騎士たちの持つ武器もライトの魔法で光っている。
俺は脱力感に溢れながら柱の陰に隠れていた。
そして、力無く呟く。
「なんじゃあ、あれ……。助けるの辞めようかな……」
【つづく】