第424話【石橋を叩いて渡れ】
閉鎖ダンジョン内で目覚めた俺は、埃っぽいベッドから出ると、朝食が並ぶ食卓についた。
ヒルダが用意してくれた朝食である。
しかし、テーブルの上には塩スープとコーヒーカップしか置かれていない。
「ヒルダ、朝飯はこれだけか?」
そんなわけが無かろう。
食料はたんまりと異次元宝物庫内に保存してあるはずだ。
メイドたちは食事を取らないから俺一人用の食料のはずである。
まだ、ワニの肉やケルベロスの肉も、たんまりと余ってるはずだ。
もう無くなったとは思えない。
テーブルの席から俺が不満気にヒルダを見ると、彼女は異次元宝物庫内から器を一つ取り出した。
『アスラン様、こちらが朝食のメインディッシュでございます』
ヒルダは澄まし顔で言った。
「なんだ、ちゃんと有るんじゃあないか」
ヒルダが俺の前に丼飯を置いた。
「こ、これは……」
『麻婆五目丼でございます』
「え~……」
この世界にも麻婆五目丼ってあるんだ~……。
てか、この独眼メイドは俺の夢を覗き見ていたのか?
「まあ、いい……。朝から食うにはちょっとヘビーだが、これからダンジョン攻略なんだから、精をつけないと……。頂きます」
俺は両手を合わせたあとに麻婆五目丼を胃袋にカッ込んだ。
そして、塩スープで流し込む。
「ふぅ、食べた食べた……。でも、ちょっと朝にしては重たすぎたかな」
俺が寛ぎながらコーヒーを啜ってる間にヒルダが食器を片付ける。
「よし、そろそろ行くぞっと」
俺は防具を装着して冒険に出る準備を始める。
そして、俺は後片付けをしているヒルダに訊いた。
「なあ、ヒルダ。俺は何時間ぐらい寝てたんだ?」
『10時間ぐらいでしょうか』
「えっ、そんなに!?」
『はい。可愛い寝顔で寝ておられましたよ』
「10時間かぁ~……」
そりゃあ寝すぎだわ。
変な夢を見るのも無理がない。
あれ、そうだよ。
俺は何か夢を見ていたはずだ。
どんな夢だったっけな?
んー、思い出せん……。
思い出せないってことは、その程度の夢だったのだろう。
まあ、いいや。
「よし、装備完了。行ってくるぜ!」
『行ってらっしゃいませ、アスラン様』
俺はお辞儀するヒルダに見送られて部屋を出た。
ヒルダも異次元宝物庫内に消える。
うし、まずは地下を目指すか。
ベルセルク坊やの話だと、テイアーの研究室は地下深くに移動したとか言ってたよな。
先程まで居た部屋は螺旋階段からそんなに進んでいない。
兎に角ダンジョン内を隅々まで捜索する前に、ある程度地下に進んだほうが良いだろう。
今回は隅々まで丁寧に探索している暇は無いのだ。
制限時間があるのだから。
そんな感じで俺は、地下へ地下へと進んで行った。
道中遭遇するのは下級アンデッドやスライムばかりだった。
なんだか今回は、前よりスライム率が高くなってるぞ。
流石にファイヤーシャードを連打してられないから、俺はタイマツでグリグリとスライムを焼いて進んだ。
たまにマジックアイテムを体内に忍ばせているスライムも居たが、ほとんどが安物のマジックアイテムだった。
まあ、それでもちゃんと貰って帰るけれどね。
そして、俺がタイマツを片手にダンジョン内を進んで行くと、石橋が掛かった部屋に出る。
縦30メートル、横15メートルぐらいの部屋だ。
その部屋は床が無く、部屋の中央に石橋が真っ直ぐ掛けられていた。
手摺も何もない幅1メートルほどの床だけの石橋だ。
更に石橋の向こうに扉がある。
床の闇をタイマツの明かりで照らすと、5メートルほど底にスライムが何体も蠢いていた。
そのスライムは色とりどりだ。
赤、青、黄色、紫、ピンク。
それらが混じり合わないように、床一面に溜まっている。
まるで虹色スライムのプールのようだった。
「キモイ……。生きた七色ゼリーの極悪風呂だな。これは落ちたら流石に溺れ死ぬぞ」
俺は警戒しながら石橋をタイマツで叩いてみた。
うん、丈夫そうだ。
「大丈夫かな。渡れるかな?」
石橋を渡ってたら、いきなり崩れるってことはないよな。
あり得るトラップだよね。
でも、トラップ感知で石橋に反応は無いしな。
まあ、安全だろう。
俺は勇気を出して石橋を渡り出した。
どうやら俺の心配し過ぎのようだった。
俺は難無く正面の扉まで辿り着く。
「あら、扉に鍵が掛かっているぞ」
あっ、しかも扉にはトラップがあるじゃんか。
扉を開けると留め具がハズレて何かが作動する仕組みだ。
んん~~、これは解除不可だな。
扉を開けたら必ず留め具がハズレるわ……。
どうするかな……。
とりあえず鍵を開けるか。
よし、チョロい。
鍵は開いたぞ。
しゃーねーなー、ここは勇気を持って扉を開けてしまえ。
っと、言いつつ俺は異次元宝物庫からロープを取り出して扉のノブに巻き付けた。
そのままロープを伸ばして石橋を戻る。
「よし、石橋から降りたぞ。ここからロープを引っ張って扉を開けよう。それ!!」
俺は力一杯ロープを引っ張った。
カチャリと扉が開く。
すると、ガシャンっと音を鳴らして俺の背後に鉄柵が降って来た。
「危ねぇ!!」
危うく俺の脳天に命中するところだったぞ!!
それにしても退路を絶たれたな。
鉄柵の太さは俺の腕の太さだ。
ちょっと破壊するのは大変だろう。
てか、無理……。
そんなことを考えていると、正面の扉がゆっくりと全開に開いた。
「えっ……?」
扉の中は闇だった。
だが、何かが居るぞ。
『ギィギィギィギギギィィイイ』
うわ~……。
なんか奇怪な音が聞こえてきますね~。
そして、何かがソロリソロリとした足取りで出て来る。
人影だ。
それは身長2メートルほどの巨漢でフルプレートを纏っていた。
『ギィギィギィギギギィィイイ』
「人間?」
いや、違うだろうさ。
だってフルプレートの肩から生えている腕の数が四本だよ。
人間にしては腕が多すぎますよね。
兎に角ネーム判定だな。
【フォーハンドスケルトンウォリアーです】
フォーハンドって、そのままじゃんか。
『ギィギィギィギギギィィイイ』
ウォーハンドスケルトンウォリアーが両腰から武器を取り出す。
ロングソード、ショートソード、メイス、ハンドアックスの四刀流だ。
あれ、でも剣は二本だから二刀流なのかな?
まあ、細かいことはいいか。
その四つの武器を巧みに振り回しながら石橋を渡ってフォーハンドスケルトンウォリアーがこちらに近付いて来る。
俺に対して敵意満々だよ、こいつ。
背後は鉄柵、前方はモンスター。
これは石橋上でタイマンを取れってことだね。
なんとも粋なトラップだこと──。
【つづく】