第352話【おのぼりさん】
「ねーねー、アスラン。あの人間の女は何をしてるの!?」
「あれは客引きだ。仕事中のレディーを指差すんじゃあねえよ……」
「じゃあ、あの女性用のドレスを着たマッチョな人間の男は何してるの!?」
「あれも客引きだ……。仕事中の……。まあいいや……」
俺は牛乳ビンの底のような眼鏡を掛けた凶子を連れて昼間のソドムタウンを歩いていた。
ソドムタウンは昼間っからピンク一色だ。
まだ午前中なのに町のあちらこちらに客引きの娼婦が立っている。
凶子はエルフらしい緑の服にミニスカートを履き、茶色い安物のマントを羽織っている。
そしてド近眼のために分厚い眼鏡を掛けている。
武装は腰に風林火山の木刀を下げていた。
凶子がソドムタウンに行きたい行きたいと五月蝿いので、しょうがなく連れてきたのである。
まったくもって面倒臭い……。
そして俺は観光気分の凶子を連れてソドムタウンを歩いていたのだ。
しかし、おのぼりさんな凶子は、周りの目を気にせずに、仕事中のレディーたちを指差してはあれやこれやと大声で訊いてくるのだ。
もう娼婦のお姉さんたちが怖い目で睨んでくるのだが、ネジの外れた凶子はまったく気にしない。
ただでさえエルフなんて珍しいのに、注目を集めすぎて困っている。
はしゃぐ凶子が露店からある品物を手に取り俺に訊く。
「ねーねー、アスラン。このふにゃふにゃの筒はなんだ!?」
「あー、それはオナホールだ……」
「おなほーる?」
「男性用だから、お前には一生必要の無いアイテムだぞ」
「じゃあ、おにーちゃんにお土産として買って行ってあげようかな!」
「うん、それがいいぞ。妹からのお土産として、あいつならとても喜ぶはずだ……」
凶子は本当にオナホールを露店から買う。
てか、あのふにゃふにゃはどうやって作ったんだろう?
それにしてもエロに命を掛ける職人って、どの世界にも居るんだな。
エロ職人恐るべしだわ……。
「よし、凶子。そろそろ昼飯だ。家に帰るぞ」
「ええ、もう帰るの!!」
「魔王城の町が出来たら何時でも来れるんだから、そんなにがっつくなよ」
「だってだって!!」
俺がわがままを言う凶子を宥めていると、後ろから柄の悪い声を掛けられる。
「テメー、アスランじぁあねえか」
んん?
知らん声だ。
俺が振り返ると六人パーティーと思われる連中が立っていた。
冒険者だ。
たぶんアマデウス派の冒険者ギルドメンバーだろう。
二人の重戦士、軽戦士が一人、若い男の魔法使い、体格の良い神官、そして、女の盗賊だ。
俺は真っ先に女の盗賊を舐め回すように見た。
頭からローブのフードを被っているが、その下はセクシーなレザーアーマーだ。
口はマスクで隠しているが、鋭い瞳がフードの影で光っていた。
一目で分かる──。
このパーティーで、戦士よりも魔法使いよりも、こいつが、この女盗賊が一番出来る。
強いか強くないかと言うよりも、この女が一番格上なのは分かった。
潜めているがオーラが違う。
重戦士の一人が俺に言った。
「なんだ、アスラン。今度はどこでエルフなんてたらしこんで来たんだ?」
軽戦士が続く。
「本当にお前は目立つな。服を着てても、着てなくってもよ。くっくっくっ」
俺は惚けながら言った。
「えっ、あんたら、誰?」
俺の前の冒険者たちは「えっ?」と声を揃える。
俺は更に言った。
「あまりに地味な連中だから、誰だか分からんぞ。もしかして、名前が売れてない新人冒険者か?」
「て、てめぇー!!」
重戦士の一人が腰からモーニングスターを抜いた。
短い鉄棒の先に鎖で繋がれた鉄球が連結された鈍器系の武器だ。
重戦士は鎖を振り回し棘付き鉄球を回転させ始める。
モーニングスターとは、鉄球をクルクル回してから、その遠心力を生かして殴る武器なのだ。
即ち、こいつは俺を攻撃する気があるってことだろう。
いや、ただの脅しかな。
そして、俺たちが揉めていると、凶子が更に火に油を注ぐようなことを口走る。
「ねぇ~ねぇ~、アスラン。そんなダサイ子供なんて相手にしてないで、早く家に帰りましょう。帰ってご飯にしましょうよ。だからそんな臭い子供と遊ぶのやめてね」
モーニングスターを回して威嚇していた重戦士の額にムクムクと血管が浮き上がる。
「ダサイ!? 臭い!? 子供だと!!」
凶子が更に煽る。
「だって100年も生きてないんでしょう。なら、あたいから見たら子供同然よ。おしっこ臭いのよ、ダサイ子供だから」
うん、エルフお約束の煽りかただね。
てか、こんな詰まらない煽りをマジで取るなよ。
すると重戦士が怒鳴った。
「エルフ! 頭をヘコますぞ!!」
黙ったまま凶子は腰の木刀を引き抜いた。
そして、風林火山の木刀を振るった。
パァーーーンと破裂音が鳴る。
「えっ……?」
ほんの一振りだった。
回していたモーニングスターの鉄球が砕け散り、重戦士のズボンが落ちた。
鉄球とベルトのバックルが同時に破壊されたのだ。
「い、いやん!?」
下半身を露出した重戦士が慌ててズボンをたくしあげる。
「あれ?」
俺が気付いた時にはパーティーが五人に減っていた。
女盗賊が居ない。
更に次の瞬間である。
重戦士の後ろに居た四名が白目を向いて膝から崩れた。
「一人逃げられちゃった。てへぺろ♡」
あー、やっぱりこいつの木刀は、相当なレジェンダリーウェポンなんだ~。
たった一振りで、普通は何打も打ち込めないだろ。
一人残った重戦士が気絶した仲間を見回しながらあたふたしていた。
「な、何が……!?」
呆然とする重戦士はベルトが壊れているのを忘れてまたズボンを落とす。
そのままキョロキョロとするばかりだった。
「よし、帰るぞ、凶子」
「うん、分かった!」
「楽しかったか?」
「うん、めっちゃ楽しかったぞ!」
はしゃぐ凶子はスキップでログハウスまで帰った。
そのまま大人しくエルフの村に帰ってくれた。
【つづく】
そして、とある宿屋の一室で──。
「アマデウス様、只今帰りました」
「ああ、天秤か……」
アマデウスは窓際のテーブルでワインを飲みながら外の景色を眺めていた。
女盗賊の天秤は、アマデウスの横で片膝をついて頭を垂らしている。
「それで、例のアイテムは見つけたか?」
「いえ……」
「空振りか」
「申し訳ありません……」
「最後のマジックアイテム、ハーデスのワンド……。いずこに在るのやら……」
「それが、噂を聞きました」
「ほほう、天秤。それは?」
「ハーデスのワンドを前魔王が所有していたと……」
「確かか?」
「噂です……」
「曖昧だな。だが、何も手掛かりが無いよりましだ」
「これも噂なのですが……」
「なんだ、天秤?」
「あのアスランが、現在旧魔王城の権利を買い取り町を作ろうとしているとか」
「町? あのような辺鄙な土地にか?」
「これから詳しく調べてまいります……」
「頼んだぞ、天秤。お前は本当に私に尽くしてくれる。助かってるよ」
「ありがたきお言葉です……」
「じゃあ、頼んだぞ」
「御意!」
天秤は宿屋の部屋を静かに出て行った。
アマデウスが独り言を呟く。
「全裸のアスランが、何故に魔王城の権利を買う? 相変わらず面白いことを企む変態だな」
すると廊下から天秤の声が聴こえてきた。
「よっしゃーー!!」
どうやら誉められて、とても喜んでいるようだ。
「本当に可愛いヤツよのぉ……」
【つづく】