第333話【巨人は神族】
俺が眠たい目を擦りながら宿屋の一階に降りて行くと、ドワーフの女将さんが一人で酒場のフロアを掃除していた。
テーブルの上には昨日のロダンっていうドワーフが飲んだくれて眠っている。
テーブルをベット代わりにしてイビキをかいてやがるのだ。
酒臭いし、酷く五月蝿い。
本当に迷惑なドワーフだな。
「邪魔くさいな」
俺は飲んだくれを無視して店の女将さんに声を掛けた。
「おはよう、女将さん……」
「あらあら、あんた早いわね」
「そうかい?」
「ドワーフの男なら、昼過ぎまで寝ているのが普通なのにさ」
「ドワーフって、怠惰だな……」
俺はロダンを押してテーブルから落とすと代わりにテーブルに腰かけた。
ロダンはテーブルから落とされても起きやしない。
「それは男だけよ。女のドワーフは早朝から働くのが日課だからね」
「へぇ~、そりゃあ働き者だな」
「ドワーフ族ってのは、女で持ってるんだよ」
あー、なるほど……。
その辺は、人間と一緒なんだな~。
「それより朝食を頼むよ。腹が減ったわ~」
「はいはい、お肉ならたっぷり有るからね~」
「また肉か……」
俺は朝食に出された肉の塊を齧りながら壁の依頼書を眺めていた。
ドワーフ語は読めないが、なんとなくのニュアンスで感じとる。
たぶんこれが数字だな。
ドワーフ語の数字も分からないが、たぶん高額の報酬だろう。
何せ相手はサイクロプスだ。
巨人族の中でもミノタウロスの一個上の種族のはずだ。
しかし、それはRPGの世界観での話である。
サイクロプスとて巨人族の端くれだ。
そもそも神話などでは、巨人族ってのは神に位置する種族である。
そう、巨人とは神なのだ。
よく巨大な神の体から大地が出来たとか言われたりするだろう。
あれも巨大な神だ。
そう、巨人なのだ。
そして、サイクロプスも巨人で神だと言える証拠は、名前の語源からも来る。
サイクロプスとは英語圏の発音であるのだ。
本当はキュクロプスとかキュクロープスとかと発音される。
そのキュクロプスってヤツは正真正銘の神の子だ。
ギリシャ神話では、大地の母神ガイアと天空神ウラノスの間に生まれた長男なのだ。
ただし出来損ないの子である。
何せ一角で一つ目だもんね。
神なのにモンスターの外観なのだ。
ちなみに次男のヘカトンケイルも出来損ないで、沢山の頭と沢山の腕を持つ怪物的な巨人である。
そして、ガイアとウラノスの三男がクロノスで、クロノスとレアの子供がゼウスである。
そう、キュクロプスとは全能神ゼウスの叔父なのだ。
だからこの辺に彷徨いているサイクロプスってヤツは、神の血を引いたモンスターってことになる。
だから巨人族ってヤツは、神族だから強いと言えるのだ。
なのに何故、俺が巨人サイクロプスに挑むか────。
それは、ただサイクロプスが強いからではない。
別に目標が有るからだ。
それは糞女神のアテナに挑むための予備戦みたいなものである。
神に勝つ───。
その目標に対しての実験の一つだ。
サイクロプスに勝てれば神族に勝ったに近いはず。
そこまでとしなくても、階段を一段一段上がって行って強くなるように、俺は神の強さに一歩一歩近づくのだ。
そしていずれは神に勝つ。
糞女神に勝ってやるのだ。
「くっくっくっ…………」
「何この子ったら……。一人で壁を見詰めながら不気味に笑っちゃってさ」
やべぇ……。
恥ずかしいところを見られてしまった……。
「なあ、女将さん。村長さんの家ってどこだい?」
「なに、あんた村長さんに用事かい?」
「ああ、このサイクロプス退治の依頼を受けようかと思ってね」
俺は壁の貼り紙を指差しながら言った。
しかし、女将さんは呆れたように言い返す。
「へぇ~、あんたも物好きだね。止めておきなって、サイクロプスに殺されちゃうよ」
「女将さんは、サイクロプスを見たことがあるの?」
「なんどもあるよ、別にこの村じゃあ珍しくもないからね」
「どんな感じのモンスターなんだ?」
「見た目かい?」
「そう、大きさとか」
「大きさは、大体人間をそのまま4メートルほどにした感じかね」
大体で4メートルか……。
俺の二倍以上の身長……。
ミノタウロスより遥かに大きいぞ。
「武装は?」
「いつもちゃんとした躱鎧を着込んでいるよ。武器も大金槌を持っているしね」
うわ~……。
武器も鎧もちゃんとしているってことは、知能が高いってことだよ。
まさに神族の末裔って感じじゃんか。
ただのアホな大男を相手にするのと違うわな。
これは手強いぞ。
戦うの、止めよっかな……。
俺が悩んでいると女将さんに言われる。
「あんた、村長さんの家に行くなら、そこの飲んだくれを連れ帰ってくれないか?」
女将さんは床に転がるロダンを指差していた。
まだロダンは五月蝿いイビキをかいて寝てやがる。
「なんで村長さんの家に行くのに、こいつを連れて行かにゃあならんのだ?」
女将さんが溜め息のあとに答えた。
「その飲んだくれは、村長さんの一人息子なんだよ」
「あらま……」
俺は女将さんから村長さんの家の場所を教えてもらう代わりに、ロダンの配達を引き受けた。
何故に配達かと言えば、飲んだくれのロダンは、蹴っても叩いてもダガーでお尻を突っついても起きやしないのだ。
「仕方ねえな、アキレスで運ぶか……」
俺は眠れるドワーフを抱えあげると店を出た。
「おっ、重てえな……。何を食ったらこんなに重たいモッチリ親父に成長しやがるんだ!?」
俺は何とかアキレスの背中にロダンを乗せる。
そして俺は馬に乗らず手綱を引いて歩いた。
女将さんから聞いた村長さんの家を目指す。
「ぐぅごぉぉおおおお、ぐぅごぉぉおおおお……」
イビキが五月蝿いな……。
どこかの肥溜めに頭から突っ込んで捨てて行こうかな、こんな飲んだくれのドブドワーフなんか……。
【つづく】