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第319話【レイラ姫様】

俺とレイラ姫様が落とし穴の部屋に閉じ込められて随分と時間が過ぎた。


もう最初にダンジョンを出ようと約束した時間は過ぎているだろう。


ルークさんは、一人でダンジョンを出ただろうか?


恋人を捨てて一人で出て行くとは思えないが、今はそれどころじゃあない。


困った感じだ。


どのぐらい困ったかと言えば、俺たち二人が閉じ込められた落とし穴の部屋は10メートル四方の部屋であった。


俺とレイラ姫様は餌付けの一件以来、随分と馴染んだと言いますか、打ち解けたと言いますか、兎に角だいぶ仲良くなりました。


もう「がるるるっ!!」って感じで威嚇もされません。


それどころか狭い空間で二人だと、なんだか変な空気になるのでメイドのヒルダに相談したら、ルークさんが助けに来てくれるまで寛いで待ってはどうかと言い出したのだ。


そして、ヒルダたちメイドが異次元宝物庫からソファーやテーブル、ベッドまで出して落とし穴の部屋を飾り付け始めたのである。


「こ、これはやり過ぎじゃあねえか……」


もう牢獄のような部屋はちゃんとした部屋と化していた。


「オーライ、オーライ!」


「このぐらいでしょうか?」


「OK!」


メイドたち数人が屋根を作っていやがるよ……。


これで頭上から流れて来る排水を浴びないですむぜ……。


「ヒルダ様、暖炉が完成しました!」


「じゃあ、早く薪を汲めなさい。この部屋は湿気が凄いですからね。暖めて湿気を飛ばしましょう」


「了解しました!」


うわ~、なに、こいつら……。


この牢獄のような場所をスイートルームに改造する気ですか……。


「がるるる~♡」


あー、レイラ姫様もふかふかなベッドで戯れていますよ。


もう、無邪気だな~。


完全にここが気に入ってくれたようだな。


良かった良かっただぜ。


…………………違う。


違うな。


これは間違いだ。


ヒルダやメイドたちの間違いを正さなければなるまい。


「あの~、ヒルダさん……」


「がるっ」


俺の声がヒルダに届くよりも先にレイラ姫様に後ろから袖を引かれた。


「なに、レイラ姫様?」


なんだろうと俺が振り返ると、そこには見たことがない美人さんが立っていた。


サラサラとした蜂蜜色の長い長髪。


シャープでスマートな輪廓。


大きく空のように青い瞳。


その瞳に髪と同じ黄金の睫毛がパチパチと動いている。


唇はナチュラルピンクでセクシーだ。


そして、白くて細い首筋。


全体的に大人っぽいが、彼女の見せる笑顔は巨万の財宝のように輝いていた。


「ま、眩しい!!」


「がるっ?」


あまりの眩しさに顔を背けた俺に彼女が不思議そうにすがり寄って来た。


な、なんなんだ!?


戸惑う俺がベッドのほうを見ると、黒山羊の頭が置かれていた。


脱皮すると、蝶のように可憐なんですね。


もうビックリですわ。


「がるがる?」


黄金の美女が俺のローブを掴んで揺らす。


ま、まさか、これがレイラ姫様なのか!!


これが蛮族のように「がるがる」としか言わない呪われたお姫様の正体なのか!?


ルークさんが幼馴染みを口実にダンジョン探索に付き合う理由が理解できたぜ。


か、可愛いし、超タイプ!!


これとならお付き合いできるぞ!!


これとならば結婚まで行けるぞ!!


がるがるっとしか言えなくても新婚生活が送れるのではないだろうか!?


そして、初夜はイチャイチャラブラブゥぅゥヴううヴヴヴううぐヴぐヴぐぐぐ!!!


ぐーーぎゃーーーー!!!!!


やーべーーー!!!


完全に呪いを忘れて煩悩世界をエンジョイしてたわぁぁああああ!!!


胸がぐるじぃいいい!!!


「がるがるがる!!??」


うわーー、そんなに心配そうに美顔を近付けて来るな!!


おっぱいが肘に当たってますわ!!


のーーわーーー!!!


やめてーーー!!!


「ヒールーダーー、たーすーけーてーー!!」


「アスラン様、只今参ります!!」


俺がヒルダに助けを求めると、数人のメイドたちによってレイラ姫様が引き離される。


ぜぇはー、ぜぇはー………。


た、助かったわ……。


危うく意外な美人に殺されるところだったぜ……。


長身のヒルダが俺の頭を両腕で抱えながら訊いてきた。


「アスラン様、大丈夫でしたか?」


「ああ、た、助かった……」


俺は力任せにヒルダの腕を振り払う。


それにしてもヒルダは貧乳だな。


まあ、干からびたミイラだもんな。


ヒルダが心配そうに言う。


「まだ胸が苦しければ、私めが口付けで人工呼吸をして差し上げますが?」


「いや、結構だ。だってお前は幻術で誤魔化しているけれど、ヨボヨボのミイラじゃんか……」


「それは人種差別ですね」


「もうアンデッドだから人でも無いだろう」


「ちっ……」


うわ、舌打ちしたよ、このメイドは……。


それよりも俺はレイラ姫様に訊いた。


「ところでレイラ姫様、どうかしましたか?」


「がるる~」


レイラ姫様は困った顔でお腹を押さえている。


あー、もー、困った顔も美しくて可愛いな~。


てか、お腹が透いたのかな?


「ヒルダ、レイラ姫様がお腹が空いたらしいから、飯でも出してくれないか」


ヒルダはいつも以上に冷たく言った。


「ドッグフードの予備は御座いませんが」


えっ?


なに?


なんなのこの反応は?


いつも以上に絶対零度的な反応じゃあないか?


俺がキョトンとしていると、プロ子が近寄って来て耳打ちした。


「ヒルダちゃん、塔から落ちたぐらいから変なんですよ~」


「へんって?」


「暇になると異次元宝物庫からこっそり外を覗き見ては、深い溜め息を吐くんです」


「それって、恋じゃないか?」


「でも、覗き見ているのはアスラン様の様子ですよ~」


「じゃあそれは恋じゃないわな」


「でも、皆に相談するんです」


「なんてさ?」


「最近、凄く気になる人が居るって」


「じゃあそれはやっぱり恋じゃあないかな」


「でも、皆がアスラン様の話題で盛り上がると、ヒルダ様だけイライラし始めるんですよ?」


「じゃあ、やっぱりそれは恋ちゃうんちゃうかな?」


「でも、私がヒルダちゃんにアスラン様をどう思うかって訊いたら、顔を赤面させて俯くんですよ」


「やっぱりそれは恋だわ~。間違いないわ~」


「でもね、私がヒルダちゃんにアスラン様のことが好きなのって訊くと、血の涙を流しながら「嫌い」って、歯を食い縛りながら呟くの~」


「そこまで否定するかな……」


そんな感じで俺とプロ子が漫才師のネタをパクっていると、部屋の頭上から大声が聞こえて来た。


「レイラーー!! レイラーー!!」


あ、ルークさんだ。


「がるる!!」


ルークさんの声を聞いてレイラ姫様が急いで黒山羊頭を取りに行く。


残念ながらレイラ姫様の美顔が再び黒山羊頭に隠された。


そんなマスクは被らなければいいのにさ。


そう思いながらも俺は、メイドたちの作った屋根を剥ぐると上を見上げた。


排水口の一つからルークさんが顔を出しているのが見える。


「ルークさん、ここだーー!!」


「アスラン君か!?」


「レイラ姫様もここにいるぞ!!」


「か、彼女は無事かい!?」


「ああ、手は出してないぞ!!」


「ちょっと待て、今なんと……?」



【つづく】

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