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第298話【黒幕と犬たち】

外の戦闘が一段と激しくなっていた。


なのにアマデウスさんは動かない。


窓から外を眺め見れば、アスラン君がケルベロスと戦っている。


黄金の剣を両手に持って、一人であんなに馬鹿デカイ魔物と戦っている。


なのに僕は、宿屋の窓から外を眺めているだけだ。


隣の窓から椅子に腰かけているアマデウスさんが、エールを飲みながら外を眺めていた。


アマデウスさんは、戦いには参加しようとはしていない。


呑気に酒を飲みながら眺めているだけだ。


そして、部屋の中央には、テイマーのハンパネルラさんが正座させられていた。


苦虫を噛んだような顔をしている。


ケルベロスに頭を噛まれたせいで、大量に出血していたが、応急処置すらされていない。


アマデウスさんの指示で放ったらかしだ。


ハンパネルラさんを捕まえてきたのは僕とシーフの天秤さんである。


捕まえてきたと言っても、怪我人を引きずってきただけに近い。


そして正座するハンパネルラさんの背後には、ダガーを手にした天秤さんが、睨みを効かせながら立っていた。


「強いな──」


唐突にアマデウスさんが呟いた。


僕は窓の外に視線を戻す。


まだアスラン君とケルベロスが戦っているのが見えた。


僕は一人でケルベロスに勝てるだろうか?


それよりも、一人でケルベロスと戦えるだろうか?


なんだか差が開いた気分だった。


彼のほうが明らかに成長している。


アマデウスさんが呟いた。


「あれほど強くなりたいものだな」


「アスラン君のようにですか?」


「違う、ギルガメッシュだ」


「ああ、そっちですか……」


どうやら僕と見ているところが違ったようだ。


確かにアスラン君よりギルガメッシュさんのほうが鬼神の強さでケルベロスを叩きのめして行ってるな……。


あそこまで来ると、インチキ臭い強さだ。


それにしても何故にギルガメッシュさんは裸なんだろう?


僕にはその辺が理解できなかった。


恥ずかしくないのかな?


まあ、それどころじゃあないんだろう。


「ところでハンパネルラ?」


「は、はい……」


アマデウスさんの突然の声掛けに、ハンパネルラさんは掠れた声を返す。


「俺はお前になんと依頼したか、覚えているか?」


アマデウスさんは外を眺めながら涼しそうに言った。


それに答えるハンパネルラさんの声は重々しい。


「ケ、ケルベロスを連れてこいと……」


「はぁ~~……」


俯いたアマデウスさんが深い溜め息を吐いた。


「違う違う、そんなことは一言も言ってない……」


「いや、でも……」


「でもも、糞もない……」


アマデウスさんがハンパネルラさんに依頼したさいに、僕も側に居たから覚えている。


アマデウスさんは、確かにそんなことは言ってなかった。


もっと簡単な依頼をしたんだ。


炎の山の地理に詳しいだけの冒険者だったハンパネルラさんに、ケルベロスの頭蓋骨を三つ持ってこいとだ。


死体でも骨だけでもいいから、三つの頭を要求したのだ。


誰も生きたケルベロスごと持ってこいとは頼んでいない。


「私が馬鹿だったのかな?」


その言葉に天秤さんが一歩前に踏み出して言う。


「いえ、アマデウス様は天才です!」


「いや、キミは黙っててくれないか、天秤……」


「は、はい……」


天秤さんは俯いて一歩下がった。


まあ、天秤さんはアマデウスさんのことが大好きだからな。


先日アマデウスさんに言われてソドムタウンに借りてる天秤さんの家に行ったら、手作りのアマデウスさん人形が沢山飾られていたものな。


それを見た僕に豹変した天秤さんが、ダガーを喉元に突きつけながら脅して来たんだよ。


他言無用だってさ。


まあ、紳士としては女性の秘密を話す気は最初っから無いけれど。


「ハンパネルラ、キミは記憶力が悪いようだな」


アマデウスさんが席を立った。


エールの入ったジョッキをテーブルに置くと、代わりにルーンスタッフを手に取った。


そして、ハンパネルラさんの前に移動する。


「ハンパネルラ、キミが馬鹿なせいで、私は大迷惑だ。わかるだろ?」


アマデウスさんが鷹のような鋭い眼光で、正座するハンパネルラさんを睨み付けた。


怖いな……。


殺しちゃうのかな?


いくらなんでも、そこまでしませんよね……。


「す、すみません、アマデウスさん……」


もう何度目の謝罪だろうか?


ハンパネルラさんは、謝るしか出来ていない。


アマデウスさんは、許すのかな?


許すわけないか……。


「まあ、誰にだってミスはある。だが、私はミスが嫌いだ。何故か分かるかい?」


「わ、分かりません……」


「それは、私がミスをしないからだ。だからミスをする人間の気持ちが分からない。だから嫌いなんだ」


冷めた声色で脅すように言ってるけど、ミスをしない人間なんていないよね。


そもそもこんな半端なテイマーに依頼したのがアマデウスさんのミスなんだもの。


でも、それを言ったら殺されそうだから言わないけれどさ。


「だが、キミのミスを許すよ」


えっ、許しちゃうの?


ハンパネルラさんだけじゃあなく、天秤さんまで驚いた顔をしているよ。


「ほ、本当でふか……」


でふか?


緊張のあまりに噛んでるな。


「ああ、本当だとも。ただし報酬は払わないぞ」


「そ、そんな……。せめて旅の経費だけでも……」


結構がめついな……。


「駄目だ。一文も払わないからな」


こっちもがめついな……。


「それと記憶を消させてもらう。依頼人が私だと知られたくないんでね」


「記憶を消すって!」


えっ、本当にそんなことが出来るのかな!?


魔法かな!?


記憶を消す魔法ですか!?


アマデウスさんが驚いている僕に言った。


「クラウド、ハンパネルラの後頭部を思いっきり殴ってくれないか」


ショック療法かよ!?


ショックで記憶を飛ばす原始的な方法ですか!?


魔法じゃあないのね!?


「ほ、本当に殴って記憶を消す気ですか……?」


「はあ~? 何を言ってるんだ、キミは?」


「い、いや、でも……」


「気絶させてから記憶を消す魔法を掛けるんだ。この魔法には多くの魔力を費やすから、スリープクラウドで眠らせる余裕がなくてね」


「な、なんだ。分かりました」


僕は鞘に収まったままの剣を腰から外した。


それを振りかぶる。


「ちょっと待ってくれ、クラウド」


天秤さんが僕を止めた。


なんだろう?


「気絶させるなら、こっちのほうが良くないか?」


すると何処からか天秤さんが100トンっと書かれた鉄の巨大ハンマーを取り出した。


「どこから、そんな物を出したんですか……」


「女性には男性に無い秘密のポケットが有ってね」


いやいや、それは入らないだろ……。


それとちょっとその巨大ハンマーは、気絶させるには大き過ぎないか……。


頭ごと潰しちゃうよ……。


ほら、アマデウスさんもちょっと引いてるしさ……。


「天秤、それはちょっとやり過ぎじゃあないか……?」


よくぞ言ってくれました、アマデウスさん。


僕じゃあ天秤さんには言えませんから。


言ったら逆に巨大ハンマーで殴られそうだもの。


「そうですか……。しかたありませんね……」


アマデウスさんに言われて天秤さんも納得してくれましたわ……。


すると巨大ハンマーが小さく縮んで手の平に収まった。


それを天秤さんは程々の胸元に挟んで仕舞う。


なに、小さくした!?


マジックアイテムかな!?


そう言えば、グランド・ピアノを見つけた際にもグランド・ピアノが縮んでたよな。


てっきりアマデウスさんの魔法じゃあないかと思ってたけど、この人が縮めて運んでたのか……。


凄い能力だな……。


「ほら、さっさとおやり、クラウド」


「はい」


「痛くしないでね……」


僕は観念しているハンパネルラさんの後頭部に鞘に収まった剣を振り下ろした。


ドシンっと重い衝撃と共にハンパネルラさんが白目を剥く。


よし、一撃で決まったぞ。


「ぐぐぅ……。痛い………」


ああ!?


極ってなかったわ!!


俺は更に強い一撃を振り下ろす。


今度こそ気絶させたかな?


してるよね?


よし、気絶しているな。


するとアマデウスさんが倒れているハンパネルラさんの頭にルーンスタッフを翳した。


何やら魔法を唱える。


するとルーンスタッフが紫色に怪しく輝いた。


その光は直ぐに収まる。


「これで良しだ……」


魔法を使って疲れたのかアマデウスさんは椅子に腰を下ろした。


疲労感が顔に出ている。


「天秤、クラウド。そいつを何処か適当なところに捨ててこい」


「「はい」」


「そのあとに、ケルベロスの頭部を三つ持って来るんだ」


「「分かりました」」


僕と天秤さんの声が揃っていた。


何故だろう?


この人とは、こんな時だけ気が合うんだよな……。


同じアマデウスさんの犬として……。



【つづく】

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