三話 戦乙女は空からやってくる
「分析を完了。貴方は下がってください。怪我をします。」
少女が感情のない顔を敦也に向ける。右手には、微かに高音域の音を響かせている黒い刀が握られている。少女は無機質な視線のまま、テロリストの方に視線を移す。
「新宿御苑に配備されていた別動隊は私が鎮圧しました。陽動に使っている東口付近も武装警察が包囲しています。後はここだけですが…大人しく捕まってもらえないでしょうか。」
温度のない視線のまま、温度のない降伏通告を告げる。男達はその言葉に確認をするように通信機を使うが、そこに流れるのは、同胞の声でなく砂嵐だった。それに対して男達は慌てふためく。
「てめぇ…!同志達をどうした!!」
少女に腕を斬られた男が、銃を構えながら少女に詰問をする。傷は浅いのか、左腕に血染みを広げているだけで問題なく動くようだ。少女は、男の質問に応えずに仮面の女の方を向いていた。仮面の女も、少女を見つめて動かなった。少女はその数瞬の後に男の質問に応える。
「心配なく。殺してはいません。ただ無力化して拘束しただけです。今頃警察も回収しているでしょう。」
少女の言葉に男たちは呆気にとられるも、すぐに理解をして銃口を向け直す。仮面の女も腰から拳銃と短剣を取り出している。敦也はその様子を見て少女に話しかける。
「おいおい…退いてくれそうにないぞ…。」
「ですね。遮蔽物に隠れてください。戦闘になります。」
少女がそう言うと、刀を構えた。敦也は少女の言葉に従って雑居ビルの物陰に身を潜める。男たちは指示を求めて、後ろにいる仮面の女の方に視線を向ける。仮面の女もその視線に対しため息をこぼしながら、
「目の前の女と餓鬼を殺せ。我々に歯向かえばどうなるかをその身に教えてやれ。」
と、冷酷に告げた。それに対して男達は目の色を変えて少女を狙って、機関銃を一斉掃射した。袋小路の小径に鉛玉が跳ねる。乱反射をする弾丸は、当然敦也の方向にも牙を向ける。敦也の近くにある電子パッドに当たって火花を散らす。
「ちょっと!?隠れてもダメそうなんだけど!?」
敦也は悲鳴を上げながらも少女に抗議の言葉をぶつける。少女は最低限の動きで避けながら、刀で避け切れない弾丸を斬っている。その工程を行いながらも律義に敦也の言葉に応える。
「そうですか、そちらなら跳弾の心配がないと踏んでいたのですが。この袋小路でそこ以外に安全と言える場所はありませんし、いっそ怪我を受け入れる、というのは。」
「出来るか!!当たったら死ぬだろ!!」
少女の言葉に怒鳴る敦也。しかして状況は良くならない。
「このクソ女!てめぇのせいで計画が!!」
「楽に殺してやるから大人しくしていろ!!」
男達も引き金を引きながら叫んでいる。少女はそれに応じずに、弾丸を避けながら斬る。弾丸を斬りながら、少女は男達、そして仮面の女を観察する。男達の表情や行動を読み取り、彼らの行動を学習する。仮面の女もそんな少女の姿を見て感づいたのか、男たちに指示を送ろうと、
「お前たち。すぐに撃つのをやめろ!体制を整えてから…」
「ラーニング完了。これより反撃を開始します。」
した矢先に、少女がそうつぶやいた。少女のつぶやきと同時に前方に構えていた男達の機関銃の砲身が切断される。それを男たちが信じられない目つきで切られた機関銃を見つめる。
「次は、後方三人です」
表情を一つも変えずに、テロリストに告げる。色も温度もない言葉だが、彼女の持つ刀が彼女の考えに呼応するように高音域の音を奏でる。少女の言葉と目の前で起きた現実に、男たちは青ざめて少女に発砲をする。しかし、彼らの行動と弾速を把握している少女には弾丸は届かない。斬るまでもなく避けられた。
「なんだよ!なんなんだよコイツは!?」
「至近弾だぞ!何故当たらない!?」
男たちは冷静さを失い、銃を乱射をする。少女は一切の感情を表さずに弾丸を避ける。そして一歩ずつ足を進める。その様子が、更に男達を恐怖に陥れた。少女はそんな男達を見ながら、
「そろそろ、静かになってもらいます。」
と、告げた。至近弾を避けて弾丸を斬る少女。瞬く間に切断される機関銃。現実的でない出来事が立て続けに発生し、安定感を欠いていた男達だが、少女の言葉で一気に瓦解する。
「クソが!もうやってられるか!!」
「こんなこと聞いてねぇよ!!」
男達が持っていた武器を捨ててその場から逃げ出す。小径から離れて、新宿駅の反対側に走る。それに少女も逃がすわけもなく、
「契約を忘れたのか。敵前逃亡は死罪だと。そう書いてあったはずだが?」
仮面の女も看過しなかった。硬いもので殴る鈍い音と、拳銃から発せられた乾いた発砲音。それぞれ二回ずつ小径に響き渡った。少女が刀の柄で殴って二人を気絶させ、仮面の女はその手にもっている拳銃で残り二人の男二人の頭を撃ちぬいた。仮面の女は、二人を始末した後に銃口を少女に向けて撃つ。少女もそれに反応をして、弾丸を避けながら仮面の女に迫る。弾幕を縫いながら駆ける少女は、仮面の女に刀を振り下ろす。仮面の女は短剣で刀を受け止める。そこで二人の動きが止まる。刀と短剣で鍔迫り合いをしながら、少女は女に聞いた。
「どうして、殺したのですか。仲間でしょう?」
「我々に逃亡は許されない。奴らも金で契約をした傭兵崩れだが、それを踏まえて契約に臨んだと上から聞いている。」
冷たい声音で女が答える。女の言葉に、敦也は物陰から飛び出して、
「そんな理由で簡単に殺していいのかよ!?」
と、女に叫ぶ。それに女は一瞥もせずに、
「あぁ、その程度の心積もりで我らと契約をしているなら死んでもらった方が良い。いい見せしめにもなるしな」
冷酷に、そう言った。それに敦也は怒り、女を睨みつけた。そんなこともお構いなしに女は気だるげに続ける。
「そう喚くなよ。すぐに相手してやる。」
女はそう言ってから視線を少女の方に戻す。女は片手に持っている拳銃で少女を撃つが、少女はそれを避ける。そして距離を置くように下がる。少女は何かわかったように女に話かける。
「貴女。このテロ組織の人間ではないようですね」
女は、少女の質問に対して、
「あぁ、奴らは私にとって三流以下の組織に過ぎん。そして今回の戦いも我らが望む程の戦いにならなかったようだ。」
「理解できません。その意図は何でしょうか。」
と、答えるも、少女はすかさず問い返す。女はそれにため息をつきながら、それに答えることは無かった。
「はぁ…こうなってしまっては、私がここにいる意味もない。退散させてもらう。」
女がそう言うと、足元から透明になっていく。彼女のもつ光学迷彩が発動して、そのベールが彼女を覆っていく。
「逃がしません。」
少女がそう言って突貫するが、その前に女は姿を消して、少女の攻撃も空振りとなった。少女は攻撃の勢いで転倒しそうになるが、空中で体勢を変えて無事に着地した。
沿線の少し開けた道。そこにあるのは黒いバン。そこにいるのは、少女、敦也、少女によって気絶させられた男二人、女によって殺された男二人。微かに硝煙の香りが漂う道と袋小路。敦也は、頭を撃ちぬかれた遺体の体勢を整えてから開いている目を閉ざした。少女は、気絶している男達を拘束して無力化させている。少女はテロリストに向けて手を合わせている敦也に、少女は質問する。
「どうして、その男達の死を悼むのです。先程まで命を狙っていた者達ですよ」
敦也は、目を閉じて手を合わせながら、
「どうしてって…そりゃあ確かに殺されそうになったけど。でも、死人に文句言ったってどうにもならんだろ。」
と、言いながら合わせた手を放して立ち上がる。そして少女の方を向いて、
「それに、奴らがどうあれ、死人に手を合わせて弔うのは変わらないと思うぜ。だって俺も死にたくないし。」
と、続けた。少女は、その言葉に首を傾げて、
「理解できません。」
と、無機質に答えた。それに敦也は苦笑いしながら、
「さっきから思ってたんだけどさ。もしかして君、アンドロイドとか?」
と、聞いた。少女は傾げた首を戻さずに、
「何故、そう思ったのでしょう。」
と、聞き返す。敦也は、その質問に少し考えてから答える。
「だって、機関銃の至近弾を避けて弾丸を斬るなんて、超人過ぎるし。それに、人間はコンマ一秒単位のスピードで人を気絶させることなんて人間だとほぼ不可能。それが中華拳法の達人とか、古武術の使い手の仙人とかならできるかもよ?でも君は、そのどちらでもない。それに…」
「それに、なんですか?」
「君の言葉と表情に、まったく感情が見えない。最初は感情の表現が難しいだけかと思ったけど、さっきので確信した。君にはそもそも表現できる感情が見当たらないんじゃない?少なくとも俺にはそう見えた。」
敦也の言葉に、少女は何も答えない。彼女は敦也を凝視している。まるで彼を観察するかのように。そして数秒の間を置いて、少女の口が開いた。
「なるほど。そうでしたか。なかなか良い目の付け所ですね。」
少女が、そう言った。その言葉にも温度は感じられない。まるで最初から感情や、温もりというものをプログラミングされていない。そんな印象を受けた。少女は表情を変えずに敦也に話す。
「ですが、ここでは応えられません。私にも機密事項があります。」
そう言う少女に、敦也は呆れながら、
「いや、それ答えじゃん。もう白状してるようなもんじゃん」
と、ぼやく。そんな敦也を眺めながら、
「ですが、無謀で勇敢な貴方に敬意を表して名前だけ教えましょう。」
と、少女は言って敦也に近づく。一歩ずつ、確実に彼に向かって進む。50センチ程まで近づいて、少女はおもむろに彼の顔に彼女の顔を近づけた。無表情だが、それでも可憐で可愛い顔が近づく。それに敦也は、顔を赤くしながらも、妙な魅力に囚われて動けなかった。少女はそのまま耳元に近づき、自身に与えられた名前を告げる。
「私の名前は、ユニ。」
少女は、そういうと顔を離した。敦也は呆然し、心臓が早鐘を打つのを感じる。勿論、人の感情が分からないユニと名乗る少女は、それに反応せずに話を進める。
「ここで言えるのはこれだけです。しかしご安心ください。答え合わせの時はやってきます。」
「答え合わせ?」
ユニの言葉に敦也が聞き返す。ユニはそれに対して、
「はい。それも案外近い未来で出来るかと。では、私はこれで。」
と、言った。ユニはそのまま、敦也の横を通り過ぎる。敦也は暫く呆然としていたが、数秒後には我に返り、後ろを振り向く。そこにはユニの姿は見当たらず、先ほどまで戦場だったこの場所も、気づけば敦也一人が取り残されていた。
「ユニ…答え合わせ…。一体、何だったんだあの子は。」
敦也はそう呟いて、いつの間にか静かになった駅の方に足を進めようしたその時、
「ちょっと、そこの君。」
と、後ろから声をかけられた。さっきまでの修羅場に精神的に疲れていた敦也は、心底気だるそうな顔をして振り向くと、そこにはスーツ姿の男が二人と、後ろには警官姿の男性二人が立っていた。スーツ姿の男の右手には警察手帳がかざされている。スーツ姿の警察官の一人、三十代前半の見た目の男が敦也に話す。
「ちょっと、ここの状況について聞きたいんだけど。任意同行してもらえないかな?」
警察の言葉に、敦也はユニという少女にこの現場を押し付けられたと確信した。