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魔族と姫君  作者: S
8/11

祭日

 「先輩、ありがとうございました。」

 「シム、これにて鍛錬を終わりにするっ。」

 早朝、ねぼすけ者はまだ夢の中と言う時刻、2人の若者は心地よい汗を流していました。

 王国の休日、鍛錬場も志願者のみが朝稽古をしている中、姫は休みにも拘わらずシモンに稽古を付けて貰っていました。

 「姫様も筋が良くなってきていますね。」

 稽古中は先輩として振る舞うも、稽古が終わればいつもの慇懃な態度に戻る生真面目少年が姫に声を掛けました。

 「シモンの指導が良いからだ。」

 姫も砕けた口調になっていました。

 「それは光栄です、姫様。…、と、ところで、姫さま、この後何かご予定などありますでしょうか。」

 「なんだ、シモン、出し抜けに。私に何か用か?」

 「…。…。えっと、動かれて空腹かと存じます。どうですか、この後、私と一緒に城下へ行きませんか。早朝でも、もうすぐ開くモーニングの店を存じています。」

 ラケルにからかわれても意識しないつもりでしたが、これが機会とばかり、シモンは勇気を振り絞って声を掛けてみました。

 「…。」

 悲しいかな、女っ気のかけらもない少女の氷の様な一瞥が却ってきただけでした。

 そのあまりに冷たい瞳に、さすがの少年猛者も縮み上がってしまいました。

 「ああ、シモン、悪い。今日は、用事があるんだ。又にしてくれ。」

 用事とは何ですかと言いかけましたが、断固とした口調に、シモンは食い下がるのを止めました。

 それに、又にしてくれという言葉から、一応拒否されたわけではなさそうだと少し安堵しました。

 「…。そうですね。姫様もお忙しい身。滞りなく行きますように。」

 「ああ、ありがとう。シモンも気を付けて戻れよ。」

 その言葉を尻目に、塩のような少女はさっさと闘技場の門を出て行ってしまいました。

 あふっ。残された少年の口から、悲しみとも安堵とも着かないため息が漏れました。

 対して、心中複雑な少年を後にしたとも露とも知らない姫は、鍛錬場の門を出ると、直ぐさま城下に下り、例の秘密基地を目指しました。


 「おい、いるか?入るぞ。」

 秘密基地に着いた姫は、扉を拳で叩くと、大きな声を張り上げました。

 「いないのか?」

 引き戸を横に滑らすと、扉は簡単に開きました。

 小屋の中にさっとひかりが差し込み、奥の方が明るくなりました。

 姫は小屋の奥の方に目を凝らしましたが、部屋の中には誰も居ませんでした。

 ベッドの上は毛布がきちんとたたまれて、テーブルの上は綺麗に片付けられ、そこには光の消えたカンテラがぽつんとおかれていました。

 「おい、アスタ、アスタ、どこだ?。」

 姫は奥に入りましたが、特段変わった様子はなく、件の男がいないだけでした。

 (おかしいなぁ)

 「エイ、エイ、」

 すると、外の方から、何やら気合いのこもった声が聞こえてきました。

 「なんだ。」

 姫は直ぐに小屋を出ました。どうやら声は小屋の裏手の方からするようでした。

 「なんだ、ここに居たのか。」

 小屋の裏手の方に回ると、少し拓けた裏庭で件の男が棒を振っているのが目に入りました。

 「なんだ、それは。鍛錬か?」

 「ブラス、へれ、な、。メル。プラクイング。ナ、しゅう。」

 「相変わらず、言葉が分からないな。でもおかしな剣術だな。力任せに切るかと思えば、切り返しも素早い。お前の体格に良く合っているようだ。」

 「ワト?」

 「そうだ」

 姫は倉庫に走りました。そして木刀を引っ張り出すと、男に向かって言いました。

 「お前の国の剣術を教えてくれ。」

 「ワト?」

 男の隣で同じように剣を振るうと、男も理解したようで、色々な動きを見せてくれました。

 剣という武器を振るう以上、基本は同じようでしたが、細かい動き、応用に於いて、様々な技術があるようでした。

 一気に切りつけたかと思うと、最小限の動きで攻撃を躱し、再び打ちかかっていくという連続技は、王国の技とは違うようでした。

 シモンの配慮で、小柄な姫は突く動作に特化した技を多く稽古させられていましたが、男が振るうのは大剣の技のようで、多数の敵を一気に屠っていくことを目的に組み立てられているようでした。

 しばらく男の技を真似していましたが、おもむろに木刀を構え直すと

 「おい、アスタ、手合わせ願う。」

と、男の前に立ちました。

 「ワト?」

 「手合わせ、ね、が、う。」

 少し木刀で空を切ると、男も理解したようで、持っている棒ッ切れを構えました。

 先手必勝。姫はいきなり強烈な突きを自身は半身の状態から相手の腹にたたき込みました。

 しかし件の男はそれなぎ払うと斜め上から、胴体を真っ二つにするかのように棒を振り下ろしてきました。

 強烈な払いで手がジンと痺れた姫は次の攻め手を打てないまま、辛うじて防禦の体制を取り、相手の太刀筋を流すと、回転しながら、脇腹を切り裂こうとしました。

 しかし、姫の軽やかな動作よりも、素早い切り返しが脇腹の軌道をはじき返し、それと共に強烈な突きが喉元に突き立てられました。

 「…。私の負けだ。」

 最後の突きを放った相手の瞳があまりに鋭く、

 (なんて強烈な眼力だ…)

 流石の姫も冷や汗が流れ、微動たりとも出来ませんでした。

 「お前強いな。」

 「ワト?」

 棒を下ろした男は又以前のとぼけたような表情に戻っていました。

 「お前、あんな表情も出来るんだな。でもこっちが地なんだな。」

 「ぢ?」

 「…何でもない。」

 「それはそうと、明日役所に行く。用意しておいてくれ。」

 「よーい?」

 「…。ともかく、明日だ、今日はもう一泊してろ。」

 「いつぱく。」

 幼児と話した方がまだ話が分かると流石に軽く疲れた姫は、また簡単な食事を用意すると、基地に男を残して城に戻りました。

  


 

   


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