異国風の男
「どうしたんだ。」
姫が駆けつけた先では、道路の真ん中に二人の男が立っており、何やら揉めている様子でした。
その周りでは、既にある程度の人だかりが出来ており、皆遠巻きに見ながら、やいのやいの言っているようでした。
姫は見物人の一人に声をかけました。
「何があったのですか。」
見物人は、
「私もよく分からないが、、うちの国の若者と異国風の男がぶつかったらしく、それで揉めているようだね。」
と言いました。
「ありがとうございます。それにしても、それだけではよく分からないなぁ…」
教えてくれた人にお礼を言って、人混みの中をかき分けて、前の方に進むと、二人の男が言い争っている近くに出ました。
「どうしてくれるんだ。この、ワインは高いんだぞ。」
すらっとしたズボンに、ぱりっとしたシャツ、その上に手の込んだベスト、片方の手に滑らかに光る上着を持ち、ぴかぴかに磨かれた靴を履いた、おしゃれな男が、相手に怒鳴っているようすが目に入りました。見れば、二人の男の足下に、割れたガラスが飛び散っており、地面が少し赤く染まっていました。
対する相手は、おしゃれ男とは正反対の質素な出で立ちでした。
麻で編んだようなズボン、半袖のシャツ、その上に一枚の布を頭から被り、マントのように体に巻き付けてて、サンダルのような物を履いていました。
マントのような物は頭を覆っていましたが、顔の上半分は隠れていませんでした。遠目から見る顔は褐色で無骨、服の端から覗く腕と脚も同じ褐色でした。
姫は何で異国の者がこんな揉め事に、と訝しく思いましたが、成り行きを見ようと更に前に進みました。
「何か言ったらどうだ。弁償しろ。彼女と飲む大切なワインだぞ。高かったんだ。」
おしゃれ男がまくし立てても、異国男は困惑そうに何も答えず立っているようでした。
「言葉が分からないのか。それで良くこの国に出入りできたな。それはともかく弁償。お金、お金は。」
おしゃれ男が手でジェスチャーするにも、異国男は何のことか分からない風に首を振るばかり、仕舞には屈んで地面に散乱したガラスを集めようとしました。
「そんなことを要求しているじゃない。ともかく弁償してよ。おっ、高価そうな指輪しているじゃないか。それを換金しよう。」
マントからでた異国男の褐色の中指には小さいながらも金色の指輪が光っていました。
おしゃれ男が、その指輪に触れようとした瞬間、異国男は驚いてさっと手を引っ込め、後ろに2、3歩下がりました。そしてその指輪をきっちりと抑えると、おびえたような表情になりました。
「なんだよ、そんなに大事な物か。しかし、ワインどうしてくれるの。それが嫌なら、その腰に下げている剣はどうだ、これならお釣りが来るぜ。」
確かに異国男の腰には、護身用でしょうか、かなり立派な剣が下がっていました。
異国男はもしかすると、旅人か遠い国の商人で、この国の周りに広がる荒野、否、その先までも行き来し、魔物達とも戦ってきたのだろうか、と姫は何となく考えました。
おしゃれ男が、その剣に触れようとするや、異国男は驚愕の表情を浮かべて、剣を守るようにその場に蹲ってしましました。
「どうしようもないな、役人を呼ぼう。」
おしゃれ男は埒があかないと、見物人の一人に役人を呼ぶように頼み始めました。役人は警察も兼ねていて取り調べを行い、その後アルス国教会の意見も踏まえ、最終的な措置が決まるのです。
間近で見ると砂埃にも負けないような屈強な男が、地面に蹲りながら震えている何とも不釣り合いな様子を見て、姫は自然と体が前に出ました。
「待ってください。前後は良く分かりませんが、この男も悪気があった訳ではないように見えます。異国に不慣れと言うこともあるかも知れません。入国でも問題ないとされたのですし、一度、落ち着いて話を聞かせて下さいませんか。」
おしゃれ男と蹲っている男の前に進み出た姫は、しっかりと地面に立ち、凜とした声を張り上げました。
いきなり出てきた小女に一瞬驚きましたが、怒りで頭に血が上っている男は、直ぐに生意気な小娘だとばかりに、声を張り上げました。
「何だ、お前は。関係ない奴は引っ込んでいろ。」
男に怒鳴られても、姫はその場を動きませんでした。
その刹那、周りを囲む人だかりの中から、
「無礼な、姫様に向かって、その口の利き方は何だ。」
と声が上がりました。
見物人の中には何人か姫の顔を知っている人が居たのでしょう。
「そうだ、姫様に向かって、無礼だぞ。」
数人が声を上げると、さすがに件の男もたじろぎました。
そして、改めて、自分の目の前に立っている奇怪な小女をじっと見つめました。
確かに、年にして数倍は上の男に怒鳴られてもじっと立って居る少女の顔はキリリと引き締まって、その全身からでる雰囲気は自然辺りを払うような威厳を放っていました。そして、一般の庶民ではこのような威厳を身につけるのは難しいとも思われました。
「もしや本当に王女なのかも知れないぞ。そう言えば、第一王女だったか、よくこの辺りに出てくると聞いていた。」
そう考えた男は、頭に昇っていた血が幾分か落ち着いたのも手伝って、少し態度を和らげ小女に答えました。
「これはお恥ずかしいことを。姫様。無礼お許し下さい。しかし、私の怒りもご理解下さい。この男がいきなり私にぶつかってきて、その弾みで買ったばかりのワインが全て地面に落ちて割れてしまったのです。このワインは今晩私の婚約者と飲む大切なワインなのです。今日は二人の記念日なのですよ。高価な特別なワインなのです。」
自らの無礼を謝りつつも、男は自らの苦境を述べ始めました。
姫はそれを最後までじっと聞き、話がひとまず落ち着くと
「そうですか。しかし、わざとぶつかったようではなさそうです。それに、こうして跪いてガラスを集めようとしています。私には悪人ではないように思えます。ところでそのワインの値段を教えてくださいませんか。」
と遠慮がちに尋ねました。
少女の言葉に驚いた男は、
「ああ姫様、こういうことは役人にお任せなさい。それで全てが決まるのです。姫様もこんな異国の男に構う必要はないと思います。因みに、このワイン2本で30ガルです。」
と答えました。
それを聞いた姫は再び遠慮がちに、
「そうですか。分かりました。しかしどうでしょう、今回は私が、その代金を支払うというのは。この男性も不慣れなことがあるでしょうし、役人に取り調べられても満足に支払いが出来るとは思えません。指輪の代金だけでは足りないでしょうし、この国を出るに当たっても、剣がなければ命が危なくなると思います。仮にこの国で働くとしても、それも難しいと思います。それに恋人のために直ぐに代わりのワインが必要ではありませんか。」
と言いました。
しかし男は怒りが再燃したのか、
「姫様、異国の男など放っておけば良いのです。悪いのはこいつなのですから。さあ、指輪と剣を貰おうか。それか役人のところだ。」
の言葉と共に蹲っている異国男の肩に手をかけると無理矢理マントをはぎ取ろうとしました。
蹲っているとはいえ、おしゃれ男よりも屈強そうな異国男がこれ以上怯えたら、逆に何をするか分かりません。言葉が上手く通じないのも手伝って、初めは害意がなくても、身を守るために剣を振るうかも知れません。そうしたら、見物人も巻き込んでの悲劇になるかも知れないと、姫は焦りました。
姫は慌てて袋から金貨30枚を出すと、
「これ以上触れると、もしかすると剣を抜くかも知れません。どうかこの場は、この金貨30枚で収めて下さい。この後のことは私が引き受けます。」
と言い、男に金貨を握らせました。
自分よりずっと小さな小女の突然の行動に毒気を抜かれたのか、男は再び冷静さを取り戻しました。
「姫様。姫様がそこまで言うのであれば…。…。確かに、冷静になれば、向こうも悪気があったわけはないでしょうし、私だって異国で間違いを起こすかも知れませんね。言葉が通じなければ尚更らでしょう。分かりました、今回のことは事故に遭ったと思うようにします。おい、悪かったな怒鳴って。」
そして握らせられた金貨を姫に返し、異国男に声をかけると、新しいワインを買うために店の方に向かおうとしました。
異国男は金貨のやりとりをしている様子を見ていたのでしょうか、踵を返したおしゃれ男を引き留めるように、慌てて立ち上がって近寄り、更に自分の懐から小さな袋を取り出すとその中身を半ば押しつけるように差し出しました。
差し出されたのは幾つかの金の塊とさらに幾つかの宝石でした。
しかしそれを見た男は、
「なんだ、持っているじゃないか。でも良いぜ、今度気を付けてくれれば。」
と言いながらそれを押し返しました。
しかし異国男は首を横に振りながら更に押しつけてきました。
その真剣な態度と雰囲気に困惑した男は、差し出された中から割れたワインの代金には少し足りないくらいの量の金を受け取るとる事にしました。
「じゃあ割れたワインの代金分だけ貰うぜ。えーとこれぐらいかな。怒鳴って悪かったな。じゃあ、アルス国の滞在を楽しんでくれ。」
おしゃれ男は異国男に声をかけ、そして姫の方にも向き直り礼をして行ってしまいました。
おしゃれ男が行ってしまうと、集まっていた見物人も、自然と方々へ消えていきました。
後に残された、姫は、改めて異国風の男を、眺めました。
先ほど見たとおり、旅をしてきた人のような風体で、体はしっかりしていました。
身長はやや姫よりも高いぐらいで、同じくらいの年齢のように見えました。
元々が褐色なのか、更に日に焼けた手脚には、以前付いたものと思われる傷が幾筋も付いていました。
男は安心したのか、口元を覆っていたマントの端を下に下げると、目の前に小女に頭を下げました。
姫はあっと思いました。
その褐色の肌の顔は、綺麗に整っていて、頭の覆いから垂れる髪は黒く、耳が少し尖っているような印象で、何にも増してその珍しい黒い瞳は、純朴そうに澄んでいました。
(どうも悪い奴には見えないぞ…)
姫はそう思いました。
そして、その次の瞬間、異国風の男の口が開き、
「ども…ども、ありがと、ござます。」
という言葉が発せられました。
なんともたどたどしい言葉。訛りも強いようでした。
これでは、おしゃれ男の話も、町の人の話も、ほとんど理解出来てなかったでしょうし、逆に話も出来なかったのも当然かも知れません。
これで、よく他国に来る気になったものだと、姫は驚き同時に呆れました。
「何、たいしたことじゃないさ。ではアルス国の滞在を楽しんでくれたまえ。」
姫は颯爽とそこを去ろうとしましたが、よく考えたら、こんな世間知らずの男を放っておいて、また揉め事を引き起こされたら事だと思い直し、踵を返して、男の側へ戻りました。
「君、行く当てはあるのかい。」
「ども、ありがと、ござます。」
「行く当ては、仲間は。」
「なかま…ギョシのコト?。ギョシいない。ヒトリ、じぶだけ。」
「呆れたな。一人か。」
「泊まるところは、お金は、ああ通貨は持っていないのだったね。食べ物はどうだ。」
「カイない。トマ?。タベモノ、これカイ。タベモ、持ている。ありがと。」
「食料は持っているのか。しかし泊まるところなんてないだろうし。しようが無い。今日は基地に泊まってもらおう。滞在者管理局はもう閉っているし、明日は休みだ。週明けに役所に相談しよう。」
ともかく関所を通過できたわけだしその点担保はあると、姫はその世間知らずの無謀男を自分の基地に連れて行くことにしました。