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魔族と姫君  作者: S
2/11

王の執務室

久しぶりの投稿です。

 「ヘレナ、参りました。」

 「入れ。」

 姫は王の執務室の扉の前で、畏まって声をかけると、中から王が答えました。

 「失礼します。」

 姫は、一礼をして、静かに戸を開けると、再び中の人物に向かってお辞儀をし、後ろ手で扉を閉めました。

 「であるからして、新しい開墾地に派遣する人選は…。」

 部屋の中には父である王と、宰相、そして顔を見知った大臣らしき人物が数人いました。彼らは、机に紙を広げて、盛んに何か話していました。

 「おう、ヘレナ、少し待て。」

 王が、娘である姫に声をかけると、

 「はい、ここでお待ちします。」

と姫は軽く礼をして、扉のそばに控えました。

 その所作は、昼間の勝ち気な動作とは違い、恭しく品のあるものでした。

 それもそのはず、姫も姫である以上、幼いときからその身分にふさわしい教育を受けており、一通りのマナーと振る舞いは身についていました。服も、昼間の擦れたズボンとチュニックとは違い、簡素ながら質の良いナイトドレスを纏っていました。髪は丁寧に結い上げられ、顔に薄く化粧と紅を引いたその姿は、正に一国の姫そのものでした。

 しばらく控えていると、話し合いも一区切りついたのか、宰相たちが机に広げられていた書類を片付け、それを両脇に抱えると、姫に一礼をして扉から出て行きました。

 「それから、陛下。今日はミツパ様がお待ちです。」

 宰相が王に告げると、王は、

 「分かった、行くときはこちらから知らせる。」

と答えました。

 ミツパは王の沢山いる側室の一人でした。正妃に男子が生まれず、そのまま崩御してしまったので、跡継ぎにと、国の定めに従って、国中の止ん事無き身分の者たちから、その娘たちが当てがわれたのでした。

 ミツパは、大臣の娘でした。

 姫は、宰相の言葉を聞いても、眉毛一つ動かさず、黙って控えていました。

 皆出て行ってしまうと、王は椅子に座ったまま、姫の方を向き

 「おう、ヘレナ、待たせたな。どうしたそんな浮かない顔して。さぁ、私の愛する娘、こちらに来るがよい。」

と声をかけました。

 「はい、ただいま参ります。」

 姫はその場で膝を軽く折り一礼すると、王の側へ歩み寄りました。

 「なんだ、そのような顔をして。何か辛いことでもあったのか。ああ、昼間のことか。お前の妹と、シモンから聞いている。何でも、ベル(エリザベートの愛称)の言うことでは、無抵抗のシモンに暴力を振るったとか。」

 父は精悍な顔に笑みを浮かべながら、目を伏せている娘に言いました。

 「はい、王族に生まれながら、端た無き振る舞い、この身を恥じております。」

 姫は目を伏せながら、答えました。

 「まあまあ、シモンの言うことには、お前は剣の修行がしたかったとか。何故、剣など学びたいのだ。」

 姫は少し口籠もりました。

 そして、目を伏せたまま、

 「はい、王族に生まれながら、端た無き振る舞い、この身を恥じております。」

と、再び答えました。

 王はそんな娘をじっと眺め、真面目な顔で声を発しました。

 「もしかして、シェバとの間に、男の子が居なかったことを気にしているのか。馬鹿なことを。おまえは私の大切な娘だ。おまえが女だろうと、私の愛する子だ。」

 父の言葉に思わず顔を挙げ、口を開こうとしましたが、再び目を伏せ、

 「いえ、そのようなことは…。」

と小さな声で答えました。

 「それに、」

 王はそう言うと、椅子から立ち上がり、姫の側に寄り、その身を抱きかかえると、耳元で、

 「どのような女性が居ようとも、我が心の、我が生涯の女性は、シェバ一人だ。」

と小さな声で言いました。

 姫は、自分は本当は駄々をこねていただけで、父にそのような自分を見透かされたことを恥ずかしく思いました。顔が真っ赤になり、不覚にも涙腺も緩んでしまいました。

 姫は父の胸にピタっと縋り付いて、 

「お父さん、ごめんなさい。」

と泣きながら答えました。

 自分の母に男の子がいない以上、父が側室を設けるのは、国の政策上必要なことは姫も十分理解していました。しかし、頭で理解できても、感情では母が蔑ろにされているようで、嫌だったのでした。また、世継ぎになれない自分たちの姉妹の待遇も先行きも不安なこともありました。自分は良いとしても、世間知らずのベルがどう扱われるか心配でしたし、それらが相まって、一時期、自分が男だったらと、自分で自分を激しく責めたりもしたのでした。

 「おまえには苦労をかける。」

 父が優しく言うと、姫はまた激しく泣き出しました。

 姫も、母が亡くなったとき父が激しく落胆したこと、時折人のいない場所で激しく泣いてたこと、机の引き出しの中には、恋愛時代に母が書いた手紙や贈り物などが大切に保管されていることなどは、ちゃんと知っていました。

 しかし、まだ若い姫は、自分の感情が分からなくて、如何したら良いか分からなくなるのでした。

 姫がだいぶ落ち着くと、王は再び椅子に戻り、

 「さて、お前が、剣の稽古を続けたいというのであれば、専門の師を付けるが、誰か学びたい者はいるか。」

と尋ねました。

 「稽古の許可をいただけるのですか。」

 「まあ、お前がしてみたいことは、やってみたらよいと思う。私も常々、女性も護身ぐらいは身につけさせるべきだと思って居たところだ。しかし、女が剣を振るうのを好く思わない者もいるので、その者たちには嗜みにということにしておけ。そして、ユディト侍従婦長には、引き続き、きちん付いて女性の作法も学ぶこと。これでよいか。」

 「過分なお言葉です。」

 姫はそこで初めて気持ちが緩みました。 

 「お、初めて顔が緩んだな。」

 「いえ、恥ずかしいことです。」

 顔を引き締めつつ、

 「父上、いくつか学びたい師がいるのですが、皆忙しく、素人の私個人に時間を割かせるのは 恐縮です。まず、基礎をシモンに学びたいと思うのですが、どうでしょうか。」

と答えました。

 「お、シモンか。それは良い。あいつは、ユダの息子に恥じないものを備えている。何度か試合も見ているが、あの年齢であれだけの者はおるまい。お前と同い年だし、気兼ねなく稽古できようぞ。私もあやつと一つ手合わせをしたいものだ。」

 王は、この娘の父らしく、他の分野は洗練された振る舞いをするのですが、武術においては血気盛んな腕白坊主が顔を出すのでした。

 笑みを浮かべ、年甲斐もなく腕を振り回す父を、姫はやや軽蔑した目で見ました。

 年頃の娘の軽蔑した眼差しに気付いた王は、咳払いをし、身を整え、再び威厳のある面持ちで、

 「えー、それではシモンに、お前の稽古の相手を任ずる。他に、何かないか。」

と重々しく宣言しました。

 年頃の姫は、やや冷たい口調で、事務的に、

 「ありません。」

と答えました。

 「それでは、自室に戻るがよい。私はもう少し仕事がある。」

 「御意に。御政務に於きましては御労の程と存じます。」

 姫はここでは態度を軟化させ、改めて心から父の労務をねぎらうと、女性らしく、恭しく一礼して、扉を開けて執務室を後にしました。

 

 

  

 

 

 

読んでくださるとうれしく思います。

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