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微熱・発熱・こもり熱

作者: 近衛真魚

 多くの旅人にとって、急な天候の変化は避けられぬものであり、さらにそれを原因とする体調不良も可能な限り避けたいのに避けられないものである。


「……8度6分、完全にカゼね」

「なら、治るまではここ拠点にするか」


 使い捨ての体温計に表示された数値に、神官の少女がきっぱりと言う。それを受け、革鎧を身に着けた軽戦士が続けた。


「うぅ……すみません……ケホッ」

「あ~、無理しないの。あとでなんか喉通りやすいもの持ってきてあげるから」


 起き上がろうとしたのは発熱し、寝込んでいる魔術師の少女、普段はやぼったいローブに身を包んでいるが、今日は流石に脱ぎきしやすい宿の部屋着で済ませている。体を起こそうとする彼女の頭を押さえつける事で鎮圧した神官の少女は、改めて革鎧の戦士に向く。


「とりあえず、汗拭くから出てって」

「おう、なんか買ってくるもんとかあるか?」

「カツサンドとBLTサンド、アイスティー、それと唐揚げ」

「おまえな、朝から病人に何食わせようと……」

「あたしが食うの」

「そこで自分の分!?……あ~、了解了解」


 眼力に負けたのか振り上げられたメイスに負けたのか、あるいはその両方か、戦士はすごすごと部屋を出ていく。

勿論彼女もただ食べたいだけで言ったわけではない、食べたくないのかと言われると当然食べたいのだが。


(馬鹿正直に言ったら、この子気に病むからね)


 寝汗で少し重くなった部屋着を脱がせて、きっちり絞ったタオルで体を拭いていく。別にこういう事をしなくても衛生を保つための魔術というのもあるが、正直それはあまり奇麗になった気がしない。まして年頃の娘なのだからなおの事だろう、臭いも気になると思ってしまうはずだ。こうして清拭してやることで、体が奇麗になった、と安心できる……それも大切な事だ、と見習い時代に叩きこまれた。


「……にしても、あんた肌奇麗よね」

「ひゃっ!?」


 背中を拭くついでに、背骨に沿ってつーっと指を這わせる、ぴくりと震える様な反応をするのが面白く、もう少し弄ってやろうかと思ったが、相手が病人なのでやめておく。


「で?アイツとはどーなの?」

「はぇっ!?」


 突然かけられた言葉に、魔術師少女の顔は一気に赤くなる。彼女特有の白い髪が軽く膨らみ、もう一つの特徴である長い耳の端まで一気に真っ赤になった。


「ど、どうって……べ、別にユイとはなにをどうこうって関係じゃ……この間もデートなんだか必要物資の買い出しなんだか判らないことになってたし……ユイはちょこちょこ人助けに走ってて手をつなぐくらいしか……」


 そういいながらなおも顔を赤くするのは、発熱に起因するだけではないだろう。


「はいはい、思いっきり「おねつ」って訳ね、解熱剤いる?」

「いりませんっ」


 にまにま、というよりはにやにやとしている神官の言葉に、彼女は不機嫌を隠そうともせず……それでも、優しく体を清めてくれる手に身をゆだねる。

窓から差し込む日がベッドを照らし、体温とは違う暖かさを二人に提供していた。白い髪が光を反射し、銀のように煌めく。


「……」

「あら、な~に?急に胸揉みだして」

「揉んでません!!……やっぱ、こー近くにいると差を感じるな~と……」

「アイツに揉んでもらう?」

「まだしませんっ!」


 ちょっとしたセクハラのような発言に、怒りの声が被さる。背中を終えてお尻の下辺りを拭くタオルの冷たさが心地いい


「ん、少し腰上げて」

「はい」


 介助者が拭きやすいように体位を変えて……そこで、ドアノブが捻られる音がした。


「おーい、ミリア、入る……ぞ?」


 声とほぼ一緒に入ってきたのは、パーティーのリーダーにして彼女が想いを寄せる少年、ユイ。そのユイがドアを開けると同時に見たものは……火照った顔で服を脱ぎ、軽く腰を浮かべた状態で、仲間の神官に身を任せている魔術師の少女の姿。隣にいる神官の女性は服を着てはいるが、その手は丁度ミリアの尻辺りに……


「っ…!きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 悲鳴と共に念動力で浮かび上がり、ユイに叩きつけられる枕、それを追うように投げつけられ、ユイの顔面に叩きこまれるメイス。圧に負けた聖剣の勇者の身体が、廊下に叩きだされた。

訪れるのは微妙な沈黙、残されたのは手で胸を隠し、両目いっぱいに涙を湛えたミリアと、心底あきれ顔の神官の少女。


「う……うぅ……みられたぁ……」

「……もー早いか遅いかの違いじゃない?」


 匙は投げられた。第二宇宙速度を突破して果てしない宇宙の彼方へと旅立っていったかもしれない。

 余談だが、この世界……惑星やら宇宙やらの認識はある、天文学だって発達していて、天体の軌道計算も行われている、有人での大気圏離脱はまだ行われていないが、探査のためのゴーレムは飛ばされている。


***


「何やってんだお前?」

「気持ちよく昼寝してるように見えるか?」


 買い物袋を提げた戦士が帰ってくると、目的地のドアの前でパーティーの仲間であるユイが顔からメイスを生やした上で枕を抱いてひっくり返っていた。


「で、今度は何やったよ?」

「ミリア起こそうとしてドア開けたら裸のミリアがマリィと抱き合ってて、俺が吹っ飛ばされた」

「ちょっと何言ってるか判らないが大体は察した、お前が悪い」

「ひでぇ」


 ひっくり返ったままの聖剣の勇者を放置して、戦士はドアをノックする。


「おーい、マリィ、買ってきたぞ」

「おっけ~、大丈夫だから入って」


 ドアを開けると着衣を整えたミリアが、神官の少女、マリィに寝かしつけられているところだった。


「で、どうしたんだ?」

「別に、ユイがいつも通りラッキースケベだっただけよ」

「うぅ~」


 どうやら寝かしつけられていたわけでなく、真っ赤になって隠れていただけのようだ。


「まだ下裸だから、そっちは気にしないであげてね」

「……マリィ、お前はもうちょっとデリカシーというものをだな」


 はぁ、とため息をつきながらマリィの頭の上に買い物袋を置く。当然のように抗議の声が上がるが無視。


「俺はユイと軽く食べた後出かけてくる」

「はいはい、遅くならないようにね?ジグ」


 まだ布団に隠れたままのミリアに苦笑しつつ、ジグは部屋の外に出た。「ちょっとジグ!カツサンドもBLTもないじゃないの!」ってな言葉を背中に受けながら。


***


「で、枕とメイスの直撃喰らってたと」

「いや確かにノック忘れた俺が悪いんだけどさ?病人とは思えない本気だぜ……」


 練兵場で互いに打ち合いながらの雑談、ユイが振り下ろした大剣を、ジグは訓練用のハルバードの先端、斧頭部分だけで受け流す。振りが強すぎたユイの隙を逃すまいと、右から変幻自在の斬撃が、左から閃光のような刺突が繰り出される。間一髪、ドッジで避けたユイの頭を掠める様に、ハルバードが飛んできた。視線をジグに回すと、そこにはすでに残ったハルバードを両手で構えた戦士の姿、それに対するは体制崩して剣もすぐに構えられず、隙だらけの聖剣の勇者。


「……降参」

「相変わらず、変化する攻撃には弱いな」


 ぐぅの音も出ず、黙りこくったユイの頭をぐしぐしとやりながら、ジグが言う。


「さ、もう一度だ」

「……おう!」


 切り替えて、再度剣を構える。思い悩んでも腐らず、惑っても迷わない。そこはとてもユイらしい、とジグは評価する。彼の双戟から繰り出される変幻自在の攻撃に、ユイは受け、かわし、ついて来ようとする。あまつさえ、反撃に出ようとする様子を見て、ジグは笑みを浮かべて言う。


「所でユイ、ミリアの事はどー思ってるんだ?」

「どうって……頼れる仲間だろ?ミリアほどの魔術師はそう居るもんじゃない」


 横から大きく振りぬくように薙ぎ払われた剣を斧頭で防ぐと、ユイは接点を軸にジグハルバードを抑え込んだまま背後に回り込もうとする、自身の半身が邪魔で即座の反撃に移れないジグは、後ろ回し蹴りを放って強引に距離をとった。


「そーいう意味じゃなくて、いっつも目でチラチラ追ってるのは知ってるぜ?」

「なっ!?……いやそれは、ミリアは魔術師でいつも後方にいるけど!それでも何か危険がない訳では無い訳で!」


 思わぬ不意打ちに頬を染めながら、それでもそれなりの勢いで放たれた突きを籠手を使ってパリィする、大きく打ち上げられた左脇に一撃入れようとして……突然背中を襲った猛烈な「嫌な予感」に従い、空いた空間を抜けて前に飛ぶ。

背後で巻きあがる砂煙、その中でジグが体制を整えたのが見えた。


「やるじゃねぇか、割と直撃喰らってたろ?あれ」

「少し力抜いてみたんだよ、あれ位なら普通はごり押しして来ただろ?」


 再度の仕切り直し、ジグの構えた双戟……二本のハルバードが大きく見栄を切る様に振るわれる。


***


 その日の午後、体調が戻るまではじっとしている事を申しつけられたミリアは、読みかけの小説に目を落としていた。

扉がノックされる、目を上げずに「どうぞ」と答えるとすぐに扉が開く音がした。


「ミリア、調子はどう?」

「あ……!?ゆ、ユイ!?……え、ええっと、その……だいぶ良くなった、かな?」


けほけほとせき込むと、ユイが苦笑しながら「無理すんな」とミリアの背を摩る。


「ほら、食欲なくても、これくらいなら食べられるだろ?」


 そう言いながらユイが取り出したのは、最近女の子たちの間で話題になっている店のプリンだった。しかもちょっと高めの方。


「わ……!ありがとう…!」


 喜んでふたを開けて食べようとして、ミリアの動きが止まる。


「……ミリア?」

「あ~」


 何を思ったのか、プリンの蓋を開けただけで、今度は口を開いたまま止まる少女。

頬が赤く染まっているのは、決して熱のせいだけではない。

ユイの方も、つられて赤面しながらミリアにプリンを食べさせる。

 そんな微妙な、しかし決して悪い感じはしない沈黙の中で、ユイがプリンを一口咥えると……そのまま、ミリアにキスをした。真っ赤な表情はもはや隠しようがなく、平手打ちの形をとっていた手は抑えられ……ややあって、優しくユイの頬に添えられた。くちゅくちゅと音が他に誰もいない部屋に響き……たっぷりと時間をかけてから、唇はゆっくりと離れた。


「あ、あの……そーいうこと、と取ってしまってもよろしいのでしょうか?」

「よ、よろしいと、思われます、はい……」


 ユイがベッドに身を乗り出し、再度影が重なる。

ぎしり、とベッドが小さく音を立てた。


***


 数日後……


「ミリアがよくなったと思ったら、今度はお前か、ユイ」

「げほっげほっ……いや、めんもくnげほげほごほっ」


 そこには思いっきり発熱してぶっ倒れたユイの姿が!


「ゆ、ユイ、大丈夫……?」

「ミリア、あんたは入っちゃダメ、病み上がりなんだから」

「あ、あの……移しちゃったかもだし、看病くらい……」

「ダメに決まってるでしょうが!」


廊下から聞こえてくる声に、ユイの様子を見ていたジグは肩をすくめる。


「いろんな意味で、アツい奴らめ」


からかう声に、聖剣の勇者は顔を隠すくらいしかできなかった。


                                            終われ

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