三 翡翠が見つけられなくなったこと
さらに一年が経っても、さらに次の年も、美鳥の姿はまったく変化しなかった。
「美鳥、糸魚川に翡翠を探しに行こう」
美鳥が奴奈川神社で修行を始めて五年が経過した夏のある日、久しぶりに蒲原からやってきた弥彦が遠出に誘ってきた。
大巫女の許しを得て、美鳥は少年姿の弥彦とともに糸魚川の河岸へと向かった。
郷が野盗に襲われて五年が経つというのに、自分と弥彦は見目がまったく変わっていないことが奇妙であり、おかしかった。
糸魚川は数日前の大雨で荒れていた。
河岸は増水によってほとんど浸かっており、翡翠を探すことは難しかった。
「前はいつ来ても翡翠が探せたのに」
岸辺の草むらに腰を下ろした美鳥は、土砂混じりの川を見つめながら嘆息した。
周囲の景色はそう変わっていなかったが、懐かしさよりも寂しさが胸を締め付ける。
川が増水していることは、さいわいだった。
かつて叔母とふたりで楽しく翡翠探しをした光景を見ずに済んだのだから。
「そんなにここには翡翠が落ちてるのか?」
「それはもう、ごろごろと落ちてたわ」
「ご、ごろごろ?」
「そう、ごろごろ」
翡翠がごろごろ落ちていると聞いて、弥彦の目の色が変わった。
神烏を自称しているわりには、その辺りの光り物が好きな烏と変わらないようだ。
「小さい石だと勾玉が作りづらいってことで、買って貰えないの。でも、太刀の飾り紐の先に付けたりするのには使えるからって、都の商人は買ってくれていたわ。たいした値段ではなかったけれど」
「わ、我も大きな石ではなくていいから、翡翠が欲しいぞ」
珍しく弥彦が身を乗り出して主張した。
「じゃあ、こんど探してみましょ。小指の爪くらいの大きさなら、すぐに見つかるはずよ」
「そ、そうか。じゃあ、また来よう!」
やたらと乗り気な弥彦は、本当に翡翠が欲しいようだ。
烏の性分なのかもしれない。
奴奈川神社への帰り道、かつての故郷へ向かう細道を見つけた美鳥は、黙って目を背けた。
もう誰も住んでいないのであれば、立ち寄ったところで虚しいだけだ。
(郷が滅びるなんて、珍しいことじゃない)
美鳥が奴奈川神社で修行を始めて以降、他にも同じような境遇の見習い巫女たちがいることを知った。
彼女たちは皆、運良く野盗の手を逃れ、人買いに攫われることもなく奴奈川神社に辿り着いた孤児だった。
同じ境遇であることから、見習い巫女たちの間にはお互いを憐れむ風潮があった。
それが美鳥には鬱陶しくて仕方ない。
家族を失って五年も経つと、美鳥の心の傷は完全には癒えないものの、ほぼかさぶたで塞がりつつあった。
なのに他の見習い巫女たちはいつまでもお互いの傷を見せ合うような真似をしている。
(わたしは――彼女たちとは違う)
奴奈川神社へと戻る道を弥彦と手は繋がずに歩きながら、美鳥は自分に言い聞かせた。
その気持ちを裏切るように、五年という歳月を過ぎても美鳥の身体はいっこうに成長する気配を見せなかった。