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翡翠を填めし鬼の譚  作者: 紫藤市
第六章
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五 腕を巡るあらそいのこと

 (うな)るような声で茨木童子は頭上から怒鳴る。


「俺の腕に触るな、小娘」


 すぐさま美鳥は腕に覆い被さった。なんとかしてこの翡翠を取り戻すまでは、腕を茨木童子に奪われるわけにはいかない。


(奴奈川姫様、奴奈川姫様、この鬼の手からなんとかして出てきてください)


 美鳥は必死に翡翠に向かって祈った。


「離れろ」


 不機嫌そうに茨木童子は叫ぶと、美鳥の髪を鷲掴みにする。


「俺の腕を――」


 痛みも恐怖もすっかり麻痺してしまった美鳥は、必死で茨木童子を睨み返す。ただひたすら、翡翠を取り戻したい一心だった。

 そのとき突然、茨木童子の左腕がぼとんと落ちた。


(え?)


 美鳥の髪を掴んでいた指もほどける。

 茨木童子もなにが起きたのかわかっていない表情で、足元に新たに落ちた腕を凝視した。


「次は首だ」


 勝ち誇ったような声が茨木童子の背後から響くと同時に、茨木童子の首がぽんと鞠のように飛んだ。

 残った胴体の向こう側に、太刀を構えた渡辺綱が無表情で立っている。胸には脇差しが刺さったままの満身創痍だ。


「ようやく仕留められたか」


 渡辺綱が大きく息を吐いた。

 首を失った茨木童子の胴体は直立不動のままだ。


「おーのーれー」


 庭石にぶつかった茨木童子の首が、口汚く罵り始めた。首だけになってもまだ生きていたが、それでも自力で胴体があるところまでは戻れないようだ。

 地面に落ちている左右それぞれの腕も、まだ勝手に動いている。


「斬ったくらいでは死なぬか」


 舌打ちをして渡辺綱は太刀を構え直す。


「これで終わったと思うなよ」


 茨木童子がなにやら呪文を唱えると、それまで動きを止めていた胴体の足が上がった。


「危ない!」


 渡辺綱が手を伸ばしたが間に合わず、美鳥は蹴り上げられた。

 一緒に鬼の右手も飛んだ。

 必死に腕にしがみつくが、蹴られたときの衝撃で力が抜けていく。

 腕はそのまま茨木童子の顔の前に落ちた。

 美鳥は池の中に派手な水音を立てて落ちる。


「これくらいでくたばる俺じゃねえからな」


 鬼の右手は茨木童子の顔を掴んだ。まるで、茨木童子の意志が右手に伝わっているようだ。手は掴んだ顔を胴体に向かってひょいと投げる。

 池から這い上がった美鳥は、鬼の右手に向かって走った。


(茨木童子が不死になってる――翡翠のせい?)


 なんとか茨木童子の動きを止めなければ、渡辺綱がいくら茨木童子を切り刻んだところで死闘は終わりそうにない。


(翡翠さえ剥がせれば……)


 茨木童子の意志に従うようにして、腕は指で蜘蛛のように地面を這いながら胴体の方へと向かう。

 さきほど斬り落とされた左手も同じように這っていた。


(なんとか終わらさなければ)


 懐になにか道具はないかと探ってみるが、護符しか出てこない。


(ひとまずこれで動きを封じられるかやってみなければ)


 すでに雨は本降りになってきている。

 美鳥は護符を茨木童子の右腕に貼り付けたが、護符の文字はすぐさま雨に濡れてにじみ出した。大粒の雨は短冊も破るほどの勢いだ。

 護符を貼られた右腕は、厭がるようにぶるぶると震える。


「なにをしやがる!」


 元の場所に戻った茨木童子の首が、不快感をあらわにして怒声を発した。

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