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翡翠を填めし鬼の譚  作者: 紫藤市
第六章
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三 腕が唐櫃から出されたこと

「渡辺様!」


 美鳥が声を上げると同時に、渡辺綱は簀の子から庭へと転げ落ちる。


「さぁてと、じゃあ、俺の腕は返してもらおうか」

 茨木童子は唐櫃に近づくと、左手で護符を乱雑に破り始める。

 護符がすべて破かれ、唐櫃の蓋の(ちょう)(つがい)が外された途端、弾かれたように中から腕が飛び出してきた。

 鬼の腕はどす黒く、切り口からはまだ鮮血が滴っていた。


「美鳥、腕が出てきたぞ」


 渡辺綱の様子を気にする美鳥に、弥彦は声を掛ける。


「翡翠は、どこ!?」


 ただでさえ納戸の中は灯りがないというのに、外はいよいよ日没で暗くなってきている。

 雨もぽつぽつと降り出してきた。

 なぜか鬼の腕は納戸の中で仄かな光を放っている。

 茨木童子の姿はよく見えないが、鬼の腕だけははっきりと確認することができた。


「――あった、手のひらの真ん中に……」


 目を凝らして鬼の腕を睨んでいた美鳥は、曲がった指と指の間から見える手のひらに深緑色の翡翠が小さく星のように輝いているのを見つけた。


「あれをどうにかして取り戻さないと」


 とはいえ、そのまま茨木童子に体当たりをしたところで腕は奪えそうにない。

 渡辺綱はまだ庭の土の上に倒れたままで、ぴくりとも動かない。死んだわけではないが、意識は失っているようだ。

 その横には太刀が落ちていた。

 刃には茨木童子の血らしき跡がついている。

 そっと手を伸ばして柄を握ってみると、想像以上に太刀はずっしりと重かった。両手で柄を握ってみても、持ち上げるだけで一苦労だ。


「美鳥、なにをしてる――」


 小さい身体で美鳥が太刀を持ち上げようとしているのに気付き、弥彦が止めようとしたときだった。

 どんっと胸に衝撃がきたかと思うと、そのまま吹っ飛び土塀にぶつかった。


「美鳥!」


 弥彦の悲鳴が響く。

 土塀で全身を強打した美鳥は、激しく咳き込んだ。

 のろのろと顔を上げると、簀の子に立つ茨木童子が弥彦を蹴り上げるのが見えた。

 どうやら自分も茨木童子に蹴られたらしい。

 手足がばらばらになるような衝撃があったものの、なんとか呼吸をすることはできた。

 弥彦も同じように土塀にぶつかって地面に落ちた。

 薄墨を流し込んだような暗がりの中、茨木童子はにやりと口元を歪める。

 取り戻した右手を口でくわえると、空いた左手で落ちていた渡辺綱の太刀を拾った。それを大きく振り上げる。


「わたな……さ、ま」


 首を切り落とす気だ、と美鳥は察した。

 酒呑童子の仇討ちなのか、自分の腕を切り落とした男への仕返しなのかはわからないが、渡辺綱を殺す気だ。

 このままでは、渡辺綱が殺され、茨木童子は自分の腕を取り戻して悠々と去って行くに違いない。

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