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翡翠を填めし鬼の譚  作者: 紫藤市
第六章
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二 鬼が姿を現したこと

「え?」


 美鳥と弥彦はぎょっと辺りを見回す。


「やれるものなら、やってみろよ」


 相手を挑発するような声と同時に、北の方の周囲に黒い(もや)が立ちのぼる。

 邸内の扉や柱、天井の梁までもがびりびりと震えだした。


「渡辺様――」


 懐にしまってあった護符を取り出して渡辺綱に渡そうとした美鳥は、ゆらゆらと近づいてくる靄にすくんだ。

 弥彦は靄から美鳥をかばうように両手を広げる。


「腕は返して貰うぞ」


 北の方が袿を脱ぎ捨てながら勢いよく立ち上がる。

 それまでたおやかな北の方の姿だった人影が荒々しく変貌した。(ひた)(たれ)を着崩した姿だが長い黒髪を背中に垂らしているので、男なのか女なのか一見するとよくわからない。身の丈は六尺ほどあるが、渡辺綱ほど大柄ではない。右袖は腕がないためひらひらと揺れている。


「まさか、お前は(いばら)()(どう)()か!?」


 (さや)に収めていた太刀を抜き、渡辺綱が誰何する。


「どうして茨木童子が北の方様と入れ替わっているの? 北の方様はどこ?」


 美鳥は必死に辺りを見回した。

 鬼の腕が持ち込まれたときから邸内には腐臭が漂っていたので、茨木童子が北の方に化けていたことに気付くことができなかったようだ。


「き、北の方様が――!」


 老家令は驚きのあまり腰を抜かした。


「あぁ、あれは食った」


 舌なめずりをして茨木童子が答えた途端、素早い身のこなしで渡辺綱が無言で太刀を突き出す。

 ひらりと太刀をかわした茨木童子は、軽い足取りで腕が隠されている納戸へ走り出した。

 すぐに渡辺綱も追い掛ける。


「なんてこと……」


 真っ青な顔で美鳥は這うようにして納戸へ向かおうとするが、全身の震えが止まらない。


「我らも急がなければ。鬼が腕を持っていく前に、翡翠を取り戻すぞ」


 弥彦が叱咤するが、なかなかうまく立ち上がれない。


「わかってる」


 ここへ来たのは、渡辺綱の手助けをするためではない。

 茨木童子の手に填めこまれている翡翠を取り戻すためだ。

 床を這っているうちに、なんとか手足に力が戻ってきた。とはいえ、足は鉛のように重い。まるで茨木童子に近づくことを恐れているようだ。


「急げ。唐櫃の蓋は外から護符を剥がされては、すぐに開けられてしまうぞ」


 弥彦は急かすが、美鳥はなかなか歩けずにいた。

 ようやく納戸の前まで辿り着くと、そこでは渡辺綱が茨木童子を殺そうと必死に戦っていた。しかし、彼も鬼が放つ瘴毒に全身を蝕まれ、うまく太刀を振るうことができない。

 茨木童子は腰の脇差しを抜くと、渡辺綱へ投げつけた。

 辺りが薄暗いこともあり、脇差しが飛んでくることに気付くのが遅れた渡辺綱の左胸に刃は深々と刺さった。

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