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翡翠を填めし鬼の譚  作者: 紫藤市
第六章
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一 巫女が鬼とふたたびまみえること

「そして、ようやく都に茨木童子が現れました。かつて大江山で自分に太刀傷を負わせたこちらの殿に復讐するため一条戻橋で待ち伏せ、殿はその右腕を切り落としたと聞きました。わたしはその右腕の手を見たいのです」


 美鳥が語った身の上話に、渡辺綱と北の方は胸を打たれた様子で嘆息を吐いた。


「そのような苦労があったとは、なんと()(びん)な子でしょう」


 北の方はまなじりに浮かんだ涙を袖で拭った。


「あの爺は儂が鬼の腕を切り落としたと聞いた途端なにやら面白がっている様子だったが、こうなるとわかっていたわけか」


 ちっと舌打ちをした渡辺綱だったが、すぐに気を取り直したように笑みを浮かべた。


「見たいというならいくらでも鬼の腕を見せてやる。儂もしっかりとは見ていないゆえ、手に翡翠が付いているかどうかまではわからぬのだ。しかし、腕は唐櫃に入れても暴れ回るので、そう気安く櫃から出すわけにもいかないのだが」

「すぐに出していただかなくてもかまいません。いずれ鬼は腕を取り戻そうと現れます。どうにかして、殿に腕を唐櫃から出させようとするでしょう。そのとき、わたしも一緒に見せていただきます」

「鬼が来るのを待ち伏せるというのか? かなり危ないぞ」

「わかっています」


 美鳥が頷くと、土塀の上に止まっていた烏がばさばさと羽根を羽ばたかせながら美鳥の横に飛んできた。漆黒の翼を畳んだ途端、烏の姿から十二、三歳の少年へと変化する。


「これはまた――陰陽博士の術を見ているようだ」

「妖術ではありません。この弥彦は(しん)()なので、人の姿に化けることができるのです」

「ほう、それは便利だな」

「――弥彦と申します」

 

膝に手を突き、弥彦は深々と頭を下げた。


「茨木童子はかつて頸城郡内を荒らし回った野盗の一味を率いていたとおぼしき男。これまでの犠牲者は数えきれず、このまま生かしておくわけにはまいりません。ぜひ、渡辺様にはご助力いただきたく存じます」

「もちろん、尽力いたそう。なんといっても、茨木童子は儂が大江山で獲り逃してしまった鬼なのだからな」


 渡辺綱は力強く請け負った。



 美鳥と弥彦が渡辺綱邸に滞在するようになって、六日が過ぎた。

 渡辺綱が茨木童子の腕を切り落としてから七日が経っていた。

 その日は昼過ぎまでは晴れていたが、日没頃になると雷鳴が(とどろ)き始め、間もなく大粒の雨が降り出した。


「薄気味悪い天気ですこと。鬼でも訪ねてきそうな気配がしますわ」


 部屋の中から暮れ始めた空を走る稲光を眺めながら、北の方は眉をひそめる。

 邸内は相変わらず調度品があちらこちらで跳ね回っている。

 鬼の腕を収めた唐櫃は護符を貼っているせいか静かだが、櫃からは瘴気が漂い出ている。

 美鳥は背筋が凍るような悪寒がずっと続いていた。

 鬼の腕が近くにあるだけでこれほど身震いがするのだから、鬼が目の前に現れたら人事不省に陥るかもしれない。なんだか目眩がするし、頭も痛くなってきた。倒れるのではないかというほどに、身体も重い。

 ちらりと横目で弥彦の様子を窺えば、こちらも顔面蒼白状態だ。


「そろそろ来るだろうな。悪名高い茨木童子が腕を奪われたまま尻尾を巻いて都から逃げ出すことはあるまい」

「え? まさか、ここに来るのですか?」


 渡辺綱の返答に、北の方の目が吊り上がる。

 黙って夫婦の会話を聞いていた美鳥と弥彦は、北の方の剣幕と夫婦の間に漂い始めた不穏な空気に首を竦めた。

 どうやら本日何度目かの口論が始まりそうだ。

 もっとも、渡辺綱がどれほど腕の立つ武士でも、口では北の方にまったく歯が立たずにいる。

 どうせまた北の方にやり込められるのだろう、と美鳥と弥彦は黙って見守ることにした。

 老家令にも「いつものことやから放っておき」と言われていた。


「他にどこへ来るというのだ。鬼の腕はここにあるのだぞ。心配せずとも茨木童子のひとりやふたり、儂がこの太刀で……」

「――俺のひとりやふたり、なんだって?」


 突然、(どう)()(ごえ)が辺りに響いた。

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