秘密の共有
昨日間違えてこの次の話を投稿するなどしました……。
「これでよし、と」
魔法のリボンで捕らえられたドロシー盗賊団の三人を大きな木にもたれかけさせ、空は一息をついた。三人は魔法によりぐっすりと眠っている。
「お疲れ様。俺が収められれば良かったんだが、結局は君に力を使わせてしまった。……申し訳ない」
「そんな!私こそ変身しちゃってごめんなさい……」
「いやあれは不可抗力だ。君に非はない」
「でも……」
「あのよお」
互いに自分を責めるメイドとその主人の会話に、痺れを切らしてトッドが割り込む。
「そろそろ説明してほしいんだがどうだろうね?」
「……」
二人は顔を見合わせる。サイモン、空、パルル以外の人間に空が魔法少女であることを話すつもりはなかったが、ここまではっきりと目の前で変身してしまったからにはそうもいかない。済んだことよりもこれからどうするかを考えるべきだ。
「信じがたいんだが、そのお嬢ちゃんは本当に魔法少女、なのか?」
「それは……」
「その通りだよ」
「きゃっ!」
「うおっ、魔獣!?」
「パルル!」
それまで気配遮断魔法で身を隠していたパルルが全員の前に現れた。突然現れた未知の生物に当然驚く二人。
「毎回魔獣に間違われるのはちょっと傷付くな……。はじめまして、僕はパルル。空と僕はこの世界とは別の世界から来たんだ」
「し、喋った!?」
「別の、世界?」
「少し長くなるけど、説明させてもらうね‐」
パルルはこの世界に来てからのことを二人に説明した。半信半疑で聞いていた二人もサイモンが横から補足したことと、実際に目の前で強力な魔法を見たことで信じざるを得なかった。
「-以上が今説明出来る全てだよ」
「あれか、孤児院から引き取ったとか記憶がないとかってのは」
「全部作り話だ」
「……サイモン、お前案外劇作家とか向いてるかもな」
こんな時でもくだらない軽口が出るトッド。最初の方こそ驚いていたが話を聞くうちにいつもの落ち着きを取り戻していた。もっと取り乱したり疑われることも予想していたが、悔しいがこの男にはそういう状況に対応する冷静さがあるのだ。
その逆に感情を露わにする者もいる。パルルの話を黙って聞いていたメリルは、それが終わると空に駆け寄り、強く抱きしめた。
「メ、メリルさん?」
「……辛いよね。まだ小さいのに、お父さんとお母さんと離れて」
「あ……」
無意識に心の奥に追いやっていた不安が顔を出し、もしかしたらもう会えないかもしれない両親の顔が頭に浮かぶ。メリルに抱きしめられた温もりでそれらが溢れ、涙となって零れた。
「う、うえええぇぇん!」
「よしよし、大丈夫、大丈夫だよ」
声を上げて泣き出してしまう少女と、ついさっき計り知れぬほどの魔法を使いこなしていた少女が結びつかず、男二人は何も言えなかった。だが同時に、これが彼女の本来の姿なのだとも感じた。星川空はどこにでもいる女の子なのだ。
それから少しの間、メリルに背中をさすられながらひとしきり泣いて、空は恥ずかしそうに顔を上げた。
「ごめんなさい、もう大丈夫、です」
「うん、でも辛くなったらいつでも言ってね?」
「……はい!」
「それで、結局このあとどうするよ?」
「知られたからには、二人にはこの秘密を絶対口外しないと約束してほしい。彼女の存在が多くの人に知られればどんなことになるかは想像がつくと思う」
「良くて戦力として軍に利用されるか、最悪は危険と見なされて命を狙われるだろうな」
「そんなの駄目よ!そうでしょ?サイモン、トッド」
「ああその通りだ。だからけしてこのことは‐」
「そのことで一つ提案があるんだけど」
パルルに全員の視線が集まる。次の瞬間、彼の口から思いもよらぬ言葉が出た。
「記憶を消す魔法があるんだけど、どうする?」
「……は?」
正確には記憶を操作する魔法である。これを使用すれば対象者の記憶を消去・改竄することが可能であり、空とパルルは元の世界にいた頃に空の正体がばれてしまった時などに何度か使用したことがあった。
「少なくとも襲ってきた三人と御者の彼の記憶は消させてもらうよ。その上でトッド、メリル、君たち二人についてどうするべきか。意見を聞かせてほしい」
「そんな魔法があるのか……。しかし、むう」
「おい俺はごめんだぜ。記憶を消すって頭の中をどうにかするってことだろ?そんな気持ち悪いの冗談じゃない」
「ちゃんと空が魔法少女である記憶だけを奇麗に消せるし心配はいらないけどね。まあ不安な気持ちもわかるけど」
「いや、勘弁してくれ。俺は嫌だぞ」
トッドはあからさまに拒絶の意思を示した。得体の知れない魔法をかけられそうになっているのだから当然の反応ではあるだろう。しかし‐。
「だがトッド、知るからには空に何かあった時はお前も巻き込まれる可能性があるんだぞ」
「上等だね。それくらいのことは覚悟するさ」
「私も、嫌だな」
「メリルさん……」
メリルもまた拒絶の意思を示した。彼女はトッドとは違う理由で。
「事情を知ってるのがサイモンとパルル、さんだけだと、空ちゃんが相談出来る女の人がいないのは不安かな。それに私としても放っておけない気持ちがあるし」
そう言いながら空の頭を優しく撫でる。だが空としてはその好意に素直に甘えていいのか考えてしまう。
「でもメリルさん、サイモンさんが言う通りもしかしたらメリルさんも巻き込んじゃうかも……」
その言葉を聞いたメリルはニッコリとほほ笑んだあと、ペチン、と両の手のひらで空の顔を挟む。
「ひゃうっ」
「子供が大人の心配なんかするもんじゃありません!……空ちゃんがすっごく強いのはさっきのでわかったけど、でも強く振る舞う必要なんてないんだよ」
「……うん」
この世界にきて初めて見せた空の心からの笑顔を見て、パルルの考えもまとまった。
「空、サイモン、僕としては二人とは秘密を共有しても問題ないんじゃないかと思うよ」
「私もそう思います」
「うん、そうか……でもな」
サイモンはトッドの顔をちらりと見る。二人よりもトッドを知るからこそ、この級友を協力者として信頼出来るのかまだ判断をしかねていた。サイモンにとってのトッドは皮肉屋で怠け者、何かと突っかかってくる厄介な人物なのだ。
「……まあそうだわな。愛しのメリルは信じられても俺を信じろとは流石に言わないさ。気に入らんがどうせお嬢ちゃんがその気になれば俺に選択肢なんてないんだろ?任せるよ」
「サイモンさん……」
「……」
「君は彼を敵視しているようだけど、彼は君に敵意を持ってはいないよ」
「え?」
信じ難い言葉である。入学時から卒業に至る今日まで、彼から友好的な態度を取られたことなどほとんど記憶にないのだ。ならばなぜ‐。
「マイナスな感情がないわけではないけど、敵意は確かに存在しない。これは‐」
「おい魔獣、何を好き勝手言ってんだ?」
「ごめん、君の心を魔法で少し読ませてもらったんだ。サイモンを説得するためだから大目に見てほしい」
「そりゃありがたいねクソッタレ」
苛立ちを隠さないトッドの姿にサイモンは驚いていた。彼はどんな時も飄々として真剣さがなく、感情を露わにすることのない人間だと思っていた。それがこれだけ怒りを面に出すということはパルルの魔法が正しいという証明であるとも思えた。
「わかった。トッドを信じよう」
「……驚いたな。お前の口からそんな言葉を聞くとは」
「もう、素直に喜べばいいのに」
「うるせえ」
「二人とも、これから何があるかわからないがよろしく頼む」
「よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げる空の姿に、三人は顔を見合わせて笑った。かくして協力者を二人増やし、一行は引き続き王都ノーヴァへと向かうのであった。