夜から夜へ
説明回で長めになってしまったんですが一回の更新でどれくらいの文字数が丁度いいんだろう。
すっかり日の暮れた夜道を一台の馬車が走る。乗客は四人、サイモン、メリル、トッド、空だ。
「しかしサイモン、お前にそういう趣味があったとは驚いたぜ」
空の方をちらりと見ながらにやけた顔で言うトッドに、サイモンは苛立ちを隠さない。
「下衆なことを言うなトッド。それ以上は侮辱と受け取るぞ」
「おお怖い。ちょっとした冗談だってのに。馬車に同乗させてやってるんだから少しくらい軽口に付き合ってくれたっていいだろうに」
「そういう条件だと知っていたら乗らなかっただろうな」
トッドの父はマルケス商会の会長であり、この馬車も商会の所有物である。行く先が同じなためトッドから同乗を持ちかけていたのだ。無論、サイモンは渋い顔をしたし自前で馬車を手配することは簡単だったが、どうせならとメリルに押し切られる形で不本意ながら現在に至る。
「実際のところ、なんでまたこの時期に新しいメイドを?人手が足りないにしても、王都に戻ってからでも良かったんじゃないか?」
「……事情があった」
「事情、ね……。まあ話したくないなら聞かないでおくさ」
品定めするような視線に身を縮こまらせる空。それに気付きトッドは苦笑いを浮かべる。
「悪い悪い、別に取って食おうってんじゃないから怖がらないでくれよ」
「自業自得だ」
「自業自得ね」
「……反省するよ」
二人から責められ肩を竦めるトッドを見て、空は思わず笑みが漏れる。ずっと緊張していた少女のそんな姿を見て、三人も顔を見合わせ笑った。
(ちょっと怖かったけど、いい人達で良かった……)
こうして会ったばかりの三人と馬車に乗っていることを今でも不思議に思いながら、空は昨晩のことを思い出していた。
「それじゃやっぱり私たちは、異世界に来ちゃったってこと?」
予想はしていた。空にもパルルにも見覚えのない町並み、人々の格好、パルルによれば星の並びやマナの濃度も、地球や魔法界とは違うらしい。それでもまだ空の中では信じたくない思いがあったが、現実は非情だ。
「間違いないだろうね。沙阿羅の部屋での光、あれがおそらく転移魔法か何かだったんだろう」
「そんな……」
「……待ってくれ、君たちはこの世界とは別の世界から来たって言うのか?」
「うん。ダメ元で聞いてみるけど、この世界で過去にそういう事例があったか知ってたら教えてほしいんだけど」
「いや、聞いたことがないな……すまない」
重苦しい沈黙が流れる。異世界に来てしまったことがわかってもそこから帰る術は簡単には、下手をすれば永遠に見つからないかもしれない。一生この家族も友達もいない世界で生きることになるかもしれないと考えると、途方もない絶望感が空を襲った。目の前にパルルやサイモンがいなければ泣き出していたかもしれない。実際、自分では気付かない内にその大きな瞳は滲んでいた。
「とにかくまずは情報を集めないと。帰り方もそうだしこの世界についても知らないといけないことが多い。……情報交換の続きをしよう。今度はそちらの番だね」
「ああ、そうだな。……では聞きたい。君はなぜ魔法少女になれるんだ?」
サイモンの顔はまっすぐ空を向いている。その目には自分が見たものにも関わらずまだ信じられないという、疑いと困惑の色が見えた。しかしその疑問は空とパルルも同じであった。
「えと、私はパルルに魔獣の浄化を手伝ってほしいって頼まれて、魔法石を渡されて魔法少女になったんです」
「魔獣の浄化……」
「こちらからも同じような質問なんだけど、この世界における魔法少女ってどういうものだい?さっきの部屋での会話から察するに、君以外にも魔法少女がいるみたいだけど」
「聞いていたのか……。魔法少女とは魔法石によって高い魔力を得た戦士のことだ。主に各国の騎士の一部がその役を担っている」
「魔法石で変身するのは一緒ですね」
「そのようだな」
「いやおかしくない?」
「え」
「ん?」
二人は揃ってパルルを見る。
「魔法石で魔力を得るってのはわかるんだけど、どうして少女の姿になる必要が?」
「たしかに」
「……考えたこともなかったな。最初からそういうものだったとしか」
「最初って?」
「サラ・ゴルドロンがそうだった。現在の魔法石の基礎はサラが作ったんだが、それらもサラの姿を模して少女に変身するんだ」
今度は空とパルルが顔を見合わせた。
「そのサラって人についてもう少し詳しく教えてほしいんだけどいいかな?」
最早交互に質問するという形式ではなくなっていたが、空とパルルの真剣な表情に飲まれてサイモンは説明を続けた。
「サラはこの世界で最初の魔法少女だ。出自は一切が不明、ある日突然この世界に現れたと言う説も……まるで君たちみたいだな」
二人は表情を変えず、言葉の続きを待った。
「……当時13歳の少女であった彼女はこの世界では誰も知らないような強力な魔法を操った。すぐに北の大国ザックロス王国の目に留まり、王国の戦士として活躍し統一戦争を終わらせて英雄になった。終戦後、王国の将軍と結婚した彼女は魔法石の量産に尽力し、俺のような騎士が魔法少女になるきっかけを作ったんだ」
サイモンが大まかな説明を終えたが、二人は黙り込んだままだった。少しして搾り出すようなか細い声で空が呟く。
「沙阿羅、かな……?」
「まだ情報が少なさ過ぎるけど、可能性はあるかもしれない」
「サーラ?」
「私の親友です。少し前に突然いなくなっちゃって、別の世界に飛ばされちゃったんじゃないかって話してて……」
「……まさかサラがそのサ-ラかもしれない、と?」
「ある日突然現れた少女で魔法少女の力を持っていたっていうのは一致しているね」
「なんと……」
荒唐無稽な話に思えるが、双方が腑に落ちる点もある話であった。
「その沙阿羅……サラさんに会うことは出来ますか?」
「……難しいだろうな。彼女はザックロス王国で国王に次ぐ権力者、魔女大公の地位にいてそう簡単に謁見することは出来ない。そもそもかなりの高齢で最近はほとんど人前に姿を現さないと聞く」
「そんな……」
「それでもサラに会うのは現状の最重要事項だ。どうにか方法を考えよう」
「……うん、そうだよね!」
何の手がかりもなくどうすればいいのかわからなかったこの世界で、当面の目標が出来たのは大きな収穫だった。その上もしかしたらいなくなった親友と再び会えるかもしれない。空の表情も少し明るさを取り戻した。
「……もし行くあてがないなら、俺と一緒に王都に来ないか?」
「え?」
「俺は明日、ここを卒業してこの国の王都、ノーヴァに戻る。騎士として中央騎士団に入るんだ」
「それはおめでとう」
「ありがとう。それで提案なんだが、俺と一緒に王都に来れば少なくともここよりは多くの情報が手に入るだろうし、君たちの事情を知っている人間が近くにいた方が何かと便利じゃないか?」
「たしかに、二人だけじゃ心細いかも……」
サイモンの提案は二人にとってはありがたい話だった。しかし何の理由もなく親切心だけでの提案ではないことをパルルは理解している。
「目の届くところで監視したい……てことだね」
「え?」
「……お見通しか」
「なんでそんな……」
「昼間の戦いでわかっただろう空?君と彼とでは同じ魔法少女だが魔力に大きな差がある。君の魔力は恐らくこの世界では強過ぎる。それこそ、サラ・ゴルドロンみたいなものなんだろう」
「その通りだ。君の力は俺が知るどの魔法少女よりも強い。君が仮にどこかの国に加担することがあれば、近隣諸国の軍事情勢が大きく動くだろう。下手をすれば君を使って戦争を始める国もあるかもしれない」
「そんな!私は戦争なんて……!」
先ほどの話のサラのように自分が戦争に参加させられることを想像して、空はその小さな体を震わせた。平和な日本人の少女が知る戦争は教科書や映画程度の知識だが、人と人とが殺し合いをするものだとは理解している。そんなものに自分が加わることなど到底考えられなかった。
「無論、君たちの目的は理解したし、ここまでの話でいたずらに力を振るうような人間ではないともわかった。だがその力のことを知れば利用しようとする人間はいくらでもいる」
「そういう奴らから僕たちを守ってくれると?」
「そんな大それたことは言えないが、協力出来ることはあると思っている」
「君自身が僕らを利用しようとしてる可能性は?」
「パルル!?」
パルルのあんまりな言い方に驚く空。普段の優しい彼からは想像出来ないような棘のある言葉だ。だがサイモンは当然の疑問だというように答える。
「それを完全に否定する術はない。信頼関係を築けるよう努力はするが、無理だと思ったらいつでも離れてくれていい」
「その場合敵対することになるかもね。そうなったら空と戦うかい?」
「国のためならば」
「いい加減にしてパルル!さっきから酷いよ!?」
「いや、いいんだ。出会ったばかりの人間を簡単に信用するのはそれこそ危険なことだ」
「でも……っ!」
ふうと息を吐き、パルルは張り詰めた表情を崩した。先ほどまでの挑発するような声色から、いつもの優しく落ち着いた彼本来のものに戻っていた。
「ごめん、空、サイモン。君の言葉が本心かどうか魔法で試してたんだ。そのために嫌な聞き方をして感情を動かそうとしたんだ。ずるいやり方をしてすまない」
「そんな魔法が使えるのか。なんて高度な……」
試されていたことに憤ることなく、むしろ感心するサイモンだったが、空は頬を膨らませて抗議した。
「……今日のパルル、なんだかいつもと違う」
「本当にごめんね空。僕も余裕がないんだよ」
その言葉は紛れもなく本心だった。そもそも魔法界から地球に転移してきた存在であるパルルだが、更に別の世界に転移することなど当然想定外の事態である。また大人として空を守らなければいけないという使命感から、普段より慎重になっていた。
「それでどうだ?俺の本心はわかっただろうか」
「ああ、君は嘘は言っていない。信用出来る人だ。僕はその提案に乗るべきだと思う。空はどう思う?」
「パルルがそう言うなら大丈夫だと思う。サイモンさんと一緒に王都ってところに行きたい」
「良かった、決まりだな。さて、問題はメリルにどう説明するか……」
「メリルさん、て保健室で一緒にいた女の人ですか?」
「それも見てたのか……。そうだ、俺のメイドのメリルだ」
空は保健室のベッドで眠っているサイモンを、心配そうな目で見守っていた美しい女性を思い出す。ただのメイドとご主人様という関係には見えなかったが、なんだかそれを聞くのはいけないことのような、恥ずかしいような気がして黙っていた。
「王都には彼女と一緒に戻るしその後も世話を頼んでいる。……ああそうだ、王都に戻ってから住む場所のことも考えなくてはな。さて……」
「じゃあこういうのはどうかな?」
「え」
「ん?」
(うう、緊張するよ。この格好変じゃないかな?)
(大丈夫、良く似合ってるよ)
エプロンの裾を気にしながらそわそわと落ち着かない少女。普段着ている服も大概コスプレのようなものだが、メイド服というのもいかにもな感じがして気恥ずかしいものだ。
「ちょっと待ってくれ。……ん、んんっ!」
「?」
(あ、呼ばれた!行かなきゃ!)
(落ち着いて、最初が肝心だよ)
気配遮断魔法を解き、サイモンの背中から顔を出す。
「はじめまして、空です。よ、よろしくお願いします」
こうして星川空は、魔法少女からメイドになった。