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魔法少女サイモン  作者: ダイバンブー
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巣立ち

 サイモンが自室に戻るとまだ部屋の明かりは点いていた。ドアを開けるとよく見知った笑顔が出迎えた。


「おかえりなさい、サイモン。随分遅かったですね?」

「ああ、すまない。でもメリル、先に休んでいて構わないと言っただろ?」


 トルーヴェン騎士学校は貴族の生徒のみ従者を連れて入寮することが許されており、学生寮と繋がった別棟に従者達の部屋が用意されている。


「まさか!ご主人様より先に寝床に入るなんて滅相もありませんわ!」

「……」

「……も、もう!何か言ってよ!」


 芝居がかった台詞に無反応で返す意地悪に、思わず赤面し抗議するメリル。それが可愛らしくてくつくつと笑いが漏れるサイモン。二人にとっては普段通りの他愛ないやり取りだ。

 サイモンとメリルは貴族とそのメイドだが、それ以前に幼なじみの間柄であった。サイモンがトルーヴェン騎士学校に入学する際、是非にと頼み込みメイドとして連れてきたのだ。よく知った相手に身の回りの世話を頼みたいというのは無論建前で、何年も故郷を離れておかしな虫がつくのを恐れたから、というのが本心である。


「明日には卒業して立派な騎士様になるんですから、意地の悪いところは直しておくべきですよ!」

「そんなに怒らないでくれ。悪かったって。-でも本当に休んでて良かったんだよ?」

「……そう、ですけど」

「?」


 上目遣いで何かを訴えかけるようにこちらを見るメリル。サイモンはその意図が汲めず困惑し首を傾げる。


「この部屋でサイモンのお世話をするのも明日でおしまいだと思うと、少し名残惜しい気がして」

「ああ……そうだな」


 騎士学校での生活は苦しいことも多かったが、こうして無事首席としての卒業を迎えるに至ったのはメリルの献身が大きかったと、何より身に沁みていた。この部屋で彼女と過ごした時間は、二人にとって紛れもなく青春と呼べるものであった。


「今日は疲れたから、眠る前に紅茶を淹れてくれるかい?……二人分で頼む」

「……うん!」




 厳かな空気のままつつがなく卒業式を終え、卒業生とその親族、騎士学校の教師らは記念パーティが行われている大ホールに集まっていた。サイモンもグラスを片手に、苦楽をともにした学友達とのこの学び舎での最後の時間を楽しんでいた。


「いい挨拶だったなサイモン。流石は我等が代表だ」

「ありがとうビル、緊張したが間違わずに言えて良かったよ」

「サイモンが緊張なんかするの?」

「馬鹿だなノック、謙遜て言葉を知らないのか」

「いや本当に緊張したんだって。トラビスは俺を買い被り過ぎだぞ」


 サイモンがこの騎士学校で普段つるんでいたビル、ノック、トラビス。全員が貴族の子息であり、親達は常に派閥争いや謀の中を生きているものの、彼らはまだその伏魔殿とは縁遠いこの隔離された空間で友情を育んできた。しかしそれも今日この日を境に少しずつ変わっていく。そのことを全員が理解しながら、誰もが気付かぬふりをしているのだ。


「サイモンは王都のノーヴァ中央騎士団だろ。羨ましいよ本当」

「ノックとトラビスはアイズだったか」

「そう!セルメンテ王国最北端の町アイズさ。俺寒いの駄目なんだよな~」

「何言ってんだよ、アイズって言えば酒の町だぜ?上手い名酒がたくさんあるって話だ。今から楽しみでしょうがねえよ!」

「お前、いつか酒で大失態をやらかすぞ」

「ビル、それはあまりに自明で予言にもならないよ」

「なんだとぉ!?」


 盛り上がる彼らから離れ、大ホールと調理場を繋ぐ廊下の隅で一人ワインを飲んでいる男がいた。トッドだ。この廊下は料理を運ぶ給仕や料理人しか利用せず、全ての料理や飲み物が出揃った今はほとんど人がいなかった。そんな場所でサイモン達を遠めに眺めている彼に声をかける者がいた。


「こんな所にいないで混ざってくればいいのに」

「……余計なお節介だな。お前こそ愛しのご主人様の元に行けよ」

「私が今行っても邪魔にしかならないでしょ。トッドは問題ないじゃない」


 給仕として手伝いをしていたメリルだった。それも落ち着き手が空いていたところ、一人でいるトッドの姿を見つけて声をかけたのだ。


「貴族の坊ちゃま達と話すこともないさ」

「その割にはジッと見てた」

「……目ざといねえ」

「トッドってよくサイモンのことを見てるし突っかかるよね。どうして?」

「気にしたことなかったなあ。なんとなくだろうさ」

「誤魔化さないで。これからもサイモンと同じ中央騎士団に入るんだし、同郷のよしみで教えてよ」


 サイモン、メリルとトッドはセルメンテ王国王都ノーヴァの出身である。と言っても二人とトッドは面識はなく、この騎士学校に来てからお互いが同郷であると知った。サイモンとトッドの仲は良好とは言えなかったが、メリルは同郷で平民同士ということもあり親近感を覚えていた。トッドも邪険に扱いつつも完全には突き放さず、友人と言って差し支えない関係を築いており、そのことがサイモンが彼を嫌う一因でもあることをトッドは察している。


「そうだな……。ああ、グラスが空いちまった」

「今新しいの持ってくる!」


 そう言ってメリルは空いたグラスを奪うようにして、急いで新しいワインを取りに向かう。トッドはそれを見届けながら、誰にも知られぬ内にその場を離れる。メリルが戻る頃にはもうどこにも彼の姿は見えなかった。


「……あいつ!」


 体よくあしらわれたことに気付いたメリルは手にしたワイングラスを一気に呷り、獲物を逃した狼のように低く唸った。


 日も暮れ始めた頃、パーティも終わり卒業生達はいよいよこの学び舎との別れの時を迎えていた。サイモンとメリルは王都ノーヴァ行きの馬車に荷物の積み込みをしていた。


「よいしょ……っと!これで全部ですかね?」

「ああ、荷物は全部積めたはずだ」

「それじゃ暗くなる前に出ましょうか」

「ちょっと待ってくれ。……ん、んんっ!」

「?」


 わざとらしく大きな咳払いをするサイモン。どうかしたのかとメリルが首を傾げると、いつの間にかサイモンの後ろに小さな女の子が立っていた。


「実は新しいメイドを雇うことにしたんだ。その、急に思い立ったから伝えるのが遅くなった。ごめん」

「ええと……?」

「……と、とりあえず自己紹介をしてくれ」


 そう促されサイモンの新しいメイドは一歩前に出る。少女は困惑したままのメリルにやや上ずった声で名乗った。


「はじめまして、(そら)です。よ、よろしくお願いします」

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