月明かりの下で
マイペースで書いていきます……。
「……では正体不明の魔法少女が、一人で魔獣を倒したということかね?」
「はい、その通りです」
すっかり日も暮れたトルーヴェン騎士学校の校長室、校長と教頭の前にサイモンは直立不動の姿勢で立っていた。予定されていた卒業式の打ち合わせではなく、昼頃に現れた魔獣と魔法少女についての説明を求められていた。
「私も交戦したものの力及ばず、魔獣相手に深手を負いましたがその傷も恐らくその魔法少女が治してくれたものと思われます」
「うむ……。いや、学生の魔法石では一人で魔獣を倒すことは難しい。気に病むことはない。しかし……ということはその魔法少女は……」
「かなり上位の魔法石を所持している可能性がありますな。正規の魔法少女であれば問題はありませんが、何も言わず立ち去ったのが気にかかります」
「そう、その通りだ。一体何者で、なぜここにいたのか。調べなくてはならんな」
謎の魔法少女の正体について思案する二人に対し、サイモンは一つだけ真実を伝えていなかった。それはその魔法少女の正体が、年端もいかぬ少女だったということだ。
(あんな小さな女の子が魔法少女だなんて言えば、俺の正気が疑われるだろうな……)
魔法少女とは魔法石により変身する、極めて高い魔力を持った存在であり、その姿は例外なく10歳前後の少女の姿になる。
しかし実際に魔法石を扱うのは騎士がほとんどであり、必然的に成人男性が魔法少女となるのが常識である。中には女騎士や、独自の製法で魔法石を作り出した古の魔女がなる場合もあるが、少女が魔法少女になった例はたった一つしかない。
(魔法少女の祖、サラ・ゴルドロンじゃあるまいし……な)
サラ・ゴルドロンとは、今からおよそ70年前に現れたこの世界で最初の魔法少女である。当時の魔法の概念を根底から覆すような圧倒的な魔法を操り、長く続いていた統一戦争を半年で終わらせた英雄である。そしてそのサラこそが当時若干13歳、唯一の少女である魔法少女であった。
終戦後魔法石の作り方が広まり、今では各国の主要な戦力として魔法少女は欠かせぬ存在となった。このトルーヴェン騎士学校も、数十年前から魔法少女の育成に力を入れている。
「まあとにかく、明日は卒業式だ。君には首席として代表挨拶の大役もある。今日はゆっくり休んでくれ」
「校長、まだ式の打ち合わせをしておりませんぞ」
「む、そうだった。今日はその打ち合わせをするんだったな。しかし大分遅くなってしまったな……」
すでに学生寮の外出禁止時間を過ぎ、本来であればサイモンが出歩いていていい時間ではなかった。今から打ち合わせとなれば日を跨ぐ可能性もあり、明日の式に影響が出ないとも言えない。
「ご安心下さい、すでに段取りや代表挨拶の文面は全て頭に入れてあります。今日は先日提出した内容で問題がないかの確認だけと思っていました」
「おお、そうであったか。いや大丈夫、何も問題はない。よく出来ておったよ。流石だ」
「であればあとはしっかり寝て明日に備えるだけですな」
「うむ。サイモン、明日はよろしく頼むよ。こんな時間まですまなかったな」
「いえ、では失礼します」
一礼して校長室を出るサイモン。本来は廊下に出るはずがそこは昼間に魔獣と戦った林の中だった。状況が理解出来ずに困惑し辺りを見回すサイモンの背中に、少女が声をかけた。
「こ、こんばんは」
「!……君は-」
そこにいたのは先程まで校長達との話に出ていた当事者の魔法少女だった。
「一体何が……」
「ごめんなさい、ちょっとお話がしたくて」
「簡単な転移魔法を使わせてもらったよ。君に危害を加えるつもりはないから、どうか警戒しないでほしい」
少女の肩には小さな魔獣のような小動物がいた。謎の魔法少女もだがこの小動物も正体が不明だ。怪訝そうな視線に気付いたのか、続けて話し出す。
「先に自己紹介をさせてほしい。僕の名前はパルル。魔法管理局魔法少女課所属、魔法少女補佐官を務めている者だ。そして僕が現在担当しているのが彼女-」
「あ、えっと、星川空です。幕津第三中学校一年四組、帰宅部です。……あ、魔法少女です!」
二人の自己紹介を聞いたが、サイモンにはその内容の半分も理解出来ていなかった。聞きたいことは多いがその前に礼儀として自分も名乗るべきであろう。
「ジラー家長男、サイモン・ジラーだ。このトルーヴェン騎士学校で騎士になるための修練を積んでいる。……と言っても明日には卒業なのだが」
「明日卒業式なんですか!?ごめんなさい、そんな大事な時に……」
「……いや、いい。気にしないでくれ。それより-」
「お互いに聞きたいことがある、よね?出来れば情報交換をお願いしたいところなんだけど」
それについてはサイモンも同意見であり、相手から切り出してくれるなら願ったり叶ったりだ。むしろ、昼間の出来事から相手の実力が圧倒的に上だとわかっていたため、対話による交渉が可能なことはありがたい。
「わかった。では一つずつ交互に質問しよう。そちらから先に」
「それじゃまず-」
「怪我大丈夫でした!?」
パルルを遮って繰り出された質問に、サイモンは面食らった。お互い素性の知れぬ相手とのやり取り、引き出される答えによっては今後敵対する可能性もある中、最初の質問は、いや質問ですらないそれはただの少女の心配であった。
「空、もっと先に聞くことがあるよ」
「でも、私治癒魔法ってあんまり上手じゃないし急いでたから……。あの、痛いところないですか?」
場合によってはこの場で命のやり取りをする覚悟もあった。だが目の前の少女の心から自分を心配しているとわかる優しげな瞳を見て、強張った表情とともにそれも崩れ去った。
「大丈夫、むしろ調子が良くなったよ」
「良かった~」
「……質問、そっちの番だね」
まず何を最初に聞くべきか。すでに警戒心は大分薄れていたがやはりまず確認しておくべきことがある。少し考え込んだあと、サイモンは空の顔をジッと見つめて質問した。
「君たちはなぜここに来た?目的を知りたい」
「それがその……」
「わからないんだ。気付いたらこの林の中にいたんだよ」
「迷ったということか?そもそも君達はどこから来た?トルーヴェンの者か?」
「質問は一つずつ交互に、だよね?」
前のめりになるサイモンを小さな前足で制し、こんどはこちらの番だと主張するパルル。
「……そうだったな。では、何を聞きたい?」
「ここは地球かい?それとも魔法界?」
「ちきゅ……?すまん、どちらもわからない。聞いたことのない単語だが、町の名前か?」
「やっぱりそうか……いやうん、大丈夫。ありがとう」
サイモンは要領を得ないままだがパルルは納得しているようだった。だが空の顔はわかりやすく不安げに曇っていく。そして自分の予想が外れていてくれと願うように言った。
「それじゃやっぱり私たちは、異世界に来ちゃったってこと?」