二人の魔法少女 2
文章書くの大変過ぎて月一くらいの更新ペースになりそう……。
耳障りな咆哮をあげた後、鰐のように深く裂けた口を開けて、魔獣は二人の魔法少女へと突進した。
「くっ!」
「きゃあっ!?」
横っ飛びでそれを躱したサイモンだが、空は反応が遅れた。少女が無残に食い千切られる姿を予期し思わず顔を背けるが、実際にそうはならなかった。
「大人しく……してっ!」
空が突き出した華美な装飾のついた杖から四方に広がったリボンが、魔獣の身体を縛り上げていた。
「今の一瞬で、これほどの魔法を……?」
サイモンはトルーヴェン騎士学校の魔法科目ほぼ全てで学年一位の成績を収め、その知識も同世代では比べる者もないほどであった。だが彼の知識の中にこんな魔法は存在しなかった。過去に読んだ文献にも、授業で見た教師の魔法にも。それを操るこの少女は一体何者なのか。疑問はいくつも浮かんでくるが、それよりも先にやるべきことがある。サイモンはその両手でしっかりと剣を握った。
「いい子だから……っ!今浄化を-」
「はあっ!」
動きを止められた魔獣にサイモンが剣を突き刺す。たまらず大きな身体を激しく揺すり、拘束を解こうと暴れ出す。もう一人の魔法少女の思いがけない行動に空は動揺した。
「な、何してるんですか!?」
「何って、今が好機だろ!?」
「やめてください、可哀想じゃないですか!」
「可哀想!?」
少女の口から出た言葉に思わず耳を疑った。目の前のおぞましい化け物に慈悲をかけようなどとは、教会の人間ですら思うまい。無論、サイモンにとってもそうである。噛み合わぬ二人の間に一瞬生まれた隙を突き、魔獣はリボンの拘束を振りほどいた。そのまま体を半回転させ、太く長い尻尾が二人を襲う。
またも先に反応したのはサイモンで、空を庇い尻尾の直撃を食らった。そのまま二人で林に弾き飛ばされ、木に体を叩きつけられる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ぐ……っ!」
魔法で肉体を強化されているとはいえ、丸太で殴られたような衝撃を受けて苦痛に声も出ないサイモン。かたやサイモンに庇われたとはいえ数m吹き飛ばされ、木に直撃したはずの空は一切のダメージを負ってはいなかった。
「傷は後で治してあげますから、先にあの子を浄化します!」
そう言って空は魔獣の前に立つ。その後ろ姿を見てサイモンは悟った。この少女は、間違いなく自分より強い。なぜそう思ったのか何も根拠はなかったが、たしかにそう確信できるだけの説得力が、その小さな背中にはあった。
「すぐに終わらせてあげるから、いい子にして!」
再度リボンが魔獣の体を縛り上げる。今度はどれだけ抵抗しようとも微動だにしないほど、完全にその動きを封じていた。空はゆっくりと魔獣に近づき、杖をその腹部に当てて小さく、そして優しく詠唱した。
「ピュア・レイ」
恐らく数本が骨折しているであろう激痛に意識を失いかけながら、サイモンはその瞬間感じたことのない大きな魔力の波動を感じた。それはサイモンの知る魔法とは違う、とても穏やかで暖かいものだった。
光りの粒となり霧散した魔獣の姿を見届け、いよいよサイモンは意識を保てなくなった。こちらに駆け寄る少女の姿を捉える間もなく、サイモンは気絶した。
サイモンが目を覚ますとそこは保健室のベッドの上だった。窓には夕日が差し込み、彼に時間の経過を教えてくれた。体を起こそうとすると右腕の重みに気付く。長く美しい栗毛色の髪の少女が、サイモンの腕を枕に小さな寝息を立てていた。
「メリル」
名前を呼ばれ、メリル・ムーンはハッと目を覚ました。その声の主の穏やかな笑顔を見るや-。
「サイモン!ああ良かった、やっと起きた!」
「うわっ」
「あ、ごめんなさい!私ったら……」
メリルは大いに喜び、思わずサイモンに抱き着いた。しかしすぐに彼女にしては大胆過ぎた行動を恥じ、慌てて身を離した。
「いや、むしろ物足りないくらいだ」
「……そんな冗談言えるくらいなら大丈夫そうですね、ご主人様」
両手を広げもう一度飛び込んでこいとでも言わんばかりのサイモンを軽くあしらい、いつもの彼女、サイモンのメイドとしてのメリルが戻ってきた。
「冗談のつもりはないんだが……」
「それよりサイモン、お体は大丈夫ですか?一応お医者様はどこも怪我してないって仰ってらしたけど……」
そう言われてやっと気付いたが、驚くことに体のどこにも痛みを感じなかった。間違いなく何本か骨折をしていたはずだが、そんな様子は感じられなかった。あの空と呼ばれていた少女が治癒魔法をかけてくれたのだろうか。魔獣と一人で戦うだけの力を持ち、治癒魔法も使いこなすとはやはり極めて優秀な魔法少女なのだろう。それも-。
「女の子の魔法少女なんて……」
未だに信じ難い気持ちを抱えたサイモンを、窓の外の木の上から覗く二つの影があったが、完璧な気配遮断魔法により彼はそれに気付くことはなかった。