二人の魔法少女
初めて小説というものを書きました。出来れば続けていきたいです。
真っ暗な空間に少女はいた。踏みしめる地面もなく、ふわふわと漂っていた。無論そんな経験はないが、例えるなら宇宙空間にいるような浮遊感。すぐにこれは夢だと理解した。
ふと誰かの声がしたような気がした。意識を耳に集中する。
(……けて……たす……けて……)
聞き覚えのあるか細い声、この声は-。
声の方へ手を伸ばしたところで目が覚めた。溜め息が溢れる。天井に伸ばした手を力なく降ろし、星川空は起き上がった。
五月。空が中学生になって一ヶ月が経った。小学校より少し遠くなった通学路にも大分慣れてきたが、登校するその足取りは重い。
「そんな下ばっかり見てると、電柱に頭ぶつけるよ」
声に反応し顔を上げると、二人の見知った少女がいた。
「みっちゃん……さなちゃんも」
みっちゃんと呼ばれた背の高いショートヘアの少女は田上みなみ。さなちゃんと呼ばれた眼鏡で髪を一つに結んだ少女は駒田早苗。共に小学校からの友達で、クラスは違うが中学校でも同級生だ。いや、この三人にはただの友達という言葉では言い表わせない絆があった。
「…顔色悪いよ。気持ちはわかるけど一人で考え過ぎるのは良くないわ」
「うん、そうだよね。ごめん」
力なく笑う空を見て、二人は困ったように顔を見合わせる。最近はずっとこんなやりとりを続けていた。良くないとわかってはいたが、どうしても前のように心から笑い合うことは出来なかった。-あの日、彼女達四人にとって全てが変わってしまってからは。
学校が終わり、空はある家に来ていた。表札には泉の文字。幼なじみの泉沙阿羅の家だ。呼び鈴を押してしばらく待つと、沙阿羅の母が扉を開けた。
「こんにちは、おばさん」
「空ちゃん、また来てくれたの?」
「はい、その……えと……」
言葉に詰まる。この家に沙阿羅がいないことはわかっているのだ。来てどうするつもりだったのか。どうするべきなのか。答えは出ないままだった。
「……良かったら上がっていく?お茶でも飲みましょ」
「……はい」
リビングで紅茶を飲み干した二人は沙阿羅の部屋にいた。何度来てもあの日、沙阿羅が忽然と消えた時から何も変わっていない。綺麗に掃除され、さほど多くない小物やぬいぐるみもきちんと並べられたままだ。几帳面でしっかり者な沙阿羅らしい部屋、この部屋でみなみや早苗と四人でお喋りしたり、泊まったこともあった。
「警察の人は、家出にしても誘拐にしても痕跡がなさ過ぎるって。監視カメラの映像とかもこの町は勿論、隣の県まで捜査しても一つも見つからないって。……もうどうしたらいいのか」
「おばさん……」
「……ごめんなさい、こんなこと空ちゃんに言っても困っちゃうわよね。私は下で少し休んでるわ。ゆっくりしていって」
そして一人、沙阿羅の部屋に残された空に話しかける者がいた。
「何度来てもこの部屋で完全に沙阿羅の魔力は途絶えてる。この部屋で沙阿羅が消えたのは間違いないよ」
「パルル……」
パルルと呼ばれた少年のような声の主は、空の鞄の中から顔を出した。その姿は地球上のどの生物とも違っていて、似ているものを探すなら、体が小さくデフォルメされたコアラのような愛らしい姿だった。
「魔法界の人達はなんて?」
「魔法界ともこの世界とも違う異世界に転移してしまったことは間違いないだろうって。そしてその世界を特定することは極めて難しいだろう、とも」
「……やっぱり、もう沙阿羅とは会えないの?」
空の目に涙が浮かぶ。親友だった。友達の誰よりも長い時間を過ごし、沙阿羅のことが大好きだったし、沙阿羅も自分のことを大好きだとわかっていた。そんな大切な存在のあまりに突然の喪失に、まだ中学生になったばかりの少女の心は耐えられなかった。
「魔法の力でも探せない?パルルにも無理なの?」
「最前は尽くすよ。でもごめん、僕程度の力では……」
沈黙が流れる。限界まで溜まった涙は、切実な願いと共に溢れた。
「沙阿羅に会いたい……!」
-その時、二人を白い光が包んだ。何の前兆もなく現れた光に驚く間もなくそれは完全に二人の全身を包み込み、やがてそれは消え、そして部屋には誰もいなくなった。
トルーヴェン騎士学校では翌日に迫った卒業式の準備で、下級生達が慌ただしく動いていた。サイモン・ジラーはそれを横目に、明日の卒業生代表挨拶について整理するため、中庭を散歩していた。
「よおサイモン、首席様がこんなところをぶらぶらしてていいのか?校長達と打ち合わせがあるって言ってなかったか?」
同級生のトッド・マルケスだ。サイモンはこの学友を好まなかった。能力はあるが真面目な学生とは言えず、人を食ったような態度を取る男で、他の学友曰く人を怒らせる教科があればこの学校でも歴代一位の成績を収めるだろうとまで言っていた。サイモンも同意である。
「……トッドか。様はよせ。出来るなら代わってほしいくらいだ」
「んなこと言っていいのかねえ優等生。先生方が聞いたら泣くぜ」
「剣技で一位を取れなかったのに代表に選ばれたんだぞ。騎士としては屈辱だ」
「ハッ!相変わらずだね。今時剣なんて役に立つまいよ」
トッドはわざとらしく笑った。サイモンは反論はしなかったが、その目には侮蔑と怒りが滲んでいた。
「……校長達を待たせている。失礼するぞ」
「頑張ってくれよ、首席様」
去り際の皮肉を受け流し、サイモンは中庭から校舎裏の林に向かった。トルーヴェンの市街地から離れたこの学校を、より隔絶された空間だと主張するかのように校舎をぐるりと囲むこの林には、生徒もあまり近づかない。それゆえ人気もなく静かなこの場所がサイモンは好きだった。
明日、この学校を卒業し、数日後には自分は騎士になる。国を守るために我が身を捧げる。そのために四年間この学校で学び、鍛えてきた。そのことに後悔も迷いもなかったが、どうしても自分の中で消化出来ずにいる葛藤があった。
「こんな未熟者が首席とはな」
思わず自嘲するように独り言ちたその時、林の奥から草木の揺れる音が聞こえた。誰かいるのかと目をやると、林の中から一人の少女が顔を出した。見慣れない服装で歳は十代前半といったところで、教師や生徒の侍女にしては若過ぎるか。
「……君は?」
「ひ、人がいたよパルル」
「他にも誰かいるのか?ここで何をしてる?」
少女が誰かに話しかけたが、周りには誰も見えない。まだ林の奥にいるのだろうか。
「あ、そのええと……」
「落ち着いて空、まずはここがどこなのか聞いてみよう」
「ここはトルーヴェン騎士学校だ。街の者か?迷い込んだのなら守衛に頼んで送らせるが-なんだその顔は」
空と呼ばれた少女は心底驚いた顔でサイモンを見つめていた。怖がらせてしまったかと少し焦っているともう一つの声がこちらに話しかけてきた。
「もしかして、僕の声が聞こえてる?」
「何を言ってる。いいからもう一人も林から出てきなさい」
空が出てきた林の奥を見ながらサイモンが声をかけると、空の鞄の中から見慣れない小動物が顔を出した。
「あ、いやこっちだよ」
「……」
今度はサイモンが驚く番であった。その小さな生き物は明らかに人ではないが、間違いなく人の言葉を話した。
「……魔獣か?」
「失礼な!誰が魔獣だよ!」
「え、魔獣って-」
その時、林の木々から鳥達が一斉に羽ばたいた。何事か振り向く二人と一匹の耳に、獣のような咆哮が聞こえた。林が揺れる。
「あの声は……本当に魔獣か!?」
「待って!あなた魔獣を知ってるんですか?」
「何を-。当然だろう。それより君は早く逃げろ!とりあえず校舎に向かって走るんだ!」
「驚いたな……。僕のことを認識出来て魔獣も知ってるということは……」
「おい!急ぐんだ!」
すぐ近くで木々が揺れ、なぎ倒される音が聞こえた。こちらに向かっている?嫌な予感は的中し、サイモン達から少し離れた林から勢いよく飛び出す異形の姿があった。大きな体は尻尾まで含めて5m近く、もぐらの顔と爪にとかげの体のような、全身真っ黒な体毛で覆われたそれは紛れもなく魔獣であった。
「なぜ学校の中に魔獣が……くそっ!」
「あれが、魔獣?え?」
「……」
魔獣は鼻をひくひくとさせ、何か見つけたようにピタリと止まり、ゆっくりと顔をこちらに向けた。最早猶予はない。サイモンは意を決した。
「……やるしかないか」
胸のペンダントを掴み、目を閉じ精神を集中させる。
「空、あれが魔獣だと言うなら僕達でどうにかしなきゃ」
「……うん、わかった!」
空は左手を胸に、右手を前に突き出し、眼前の魔獣を見据えた。先程までの困惑した少女の姿ではない。
すーっ……。二人の息を吸う音が重なる。
そして、違う世界に生まれ、歳も性別も境遇も異なる両者の発した言葉もまた、重なった。
「「マジモル・フォーゼ!」」
二人の体が眩い光に包まれた。サイモンは青白く、空はピンク混じりの白、それぞれの魔力を反映した色の光はやがて消え、そこには二人の魔法少女がいた。
赤とピンクを基調としたファンシーなセーラー服のような服装の少女は空だ。魔法少女として活動する際のコスチュームである。
そしてもう一人、青と白を基調としたワンピースと騎士の甲冑を掛け合わせたような服装の、空と同じような歳の少女は、無論サイモンである。
二人の魔法少女は顔を見合わせ、互いに驚愕した。
「なんで男の人が魔法少女に!?」
「……女の子が魔法少女に!?」