BARに耽る
バーカウンターに若者と老人が隣り合って座っている。
「僕、このままじゃいけないと思うんです」
「それは何故じゃ」
若者は悲観的になっている。
老人は若者に興味を寄せている。
「のんびりし過ぎていると思うんですよ、僕は。周りの人間も含めて」
「それがいけないのかい」
「分からないんです。でも、ニュースなんかで僕と同じ年で大成している人間を観ます。そんなのに比べたら、本当に大したことない人間です。僕は」
「まあ、そうかもしれんのう」
老人は考えこんでいる。
若者は胸の内を吐き出す。
「僕はもっと沢山のことを出来る能力があるのではないか、と思うのです。ですが、時には何もできない愚図であるとも思えます」
「それは、君以外の皆がそうじゃと思うぞ」
「人並に出来ないことが沢山あります。そんな時に無理をして追いつこうとするのを最近は辞めてしまいました」
「それ以外の自分に出来る分野に力を注いでいくということじゃな」
「いえ、そうではなくて......ただ、無理をした先が見えてしまうだけなのです。きっと無理をしたところで、何も変わりはしないと」
「そう思えたなら、それでいいんじゃないかい。無理はしんどいし、続かないさ」
「ですが.......ですが、そのしんどさのもっともっと先には、私が掴みたいものがあるのではないかと思ってしまいます。すぐに諦めてしまう自分は、何も掴み取ることは出来ないでしょう」
「君が掴みたいものとは、何なのかね」
老人は若者の迷いを尊いと感じた。
若者は自分の内を見つめた。
「それは、"自信"です。私はこう生きていくのだ、と。これは、幸せになるために必要なものだと感じます。」
「私は今ののんびりとした日々を悪くないと思うのです。仕事があって、家族がいて、友人がいます。体も健康ですし、決して悪くはありません」
「ですが、少しずつ滲むように自分が退化しているようで"痛み"を覚えます。何者にもなれず、何事も成し得ず、このままのうのうと生きていくのでしょうか。私は」
「......何かを為そうとしたときに、私には自信がありません。何も成し得る気がしないのです。それは、やはり今まで何も成し得てこなかったからなのでしょう」
「君が成し得たことを、君が覚えていないだけではないかね」
「......誰も覚えていないことは、成し得たとは言わないでしょう。それに私が得た小さな成功は、私が犯した沢山の過ちが飲み込んでしまいます。」
「小さな成功をいつまでも覚えておくのはどうかな。小さくても成功だ。それは尊いし、きっと自分や誰かを幸せにしたはずじゃないかのぅ」
「そうしようと思います。ですが、私がこのままじゃいけないという思いは解消されないでしょう」
「それは解消しなくてよいだろう、悩みながら選択を続けるのが人生じゃ。何が良い答えなのかなんて、誰にも分りはしないさ」
「私は臆病なのです。卑怯なのです。そんな自分を肯定できないでいます」
「肯定してしまってもよいし、肯定せずにうだうだと悩んでいてもよい。儂はどちらの君も愛おしいよ」
若者は胸の内を吐き出して、少し落ち着いた。
老人は若者を見つめている。
「どう生きたっていいのじゃ。納得するようにやってみなさい」
「ありがとうございます。聞いていただいて」
「構わんよ。私にとっては、君のそれが最高の酒の当てなのじゃ」
老人はグラスを傾ける。
若者はグラスに映る自分を見つめた。
BARに耽る -終-