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第三十話 ほんの少しの勇気。

「さあリーン。昼食も済んだし、今日はお菓子でも持って湖にでも行かないか?最高の天気だ。」


ピンクがかった髪にスラッと高い鼻、少し痩せ型で、たくましさは無いものの、優しく温かい雰囲気が彼を包み込んでいた。


「お兄ちゃん、あのね、、」


死んだはずの兄、アドルフが目の前にいる。これが『本当に』現実だったら良かったのに。リーンはただただ虚しい気持ちになるのだった。


「どうした? 湖が嫌なら丘にでも行こうか? 」


「いや、あのさ、、」


「丘が嫌なら、、」


「あーもう!」


耐えきれなくなって声を上げる。

死んだ兄に会えたのだ。本来ならここで涙しながらなんて言うのも有りだが、彼女はあきらかに憤怒していた。


「お兄ちゃんは死んだの!」


「何を言ってるんだリーン? 冗談にしてはちょっとキツイな、、」


「いい? お兄ちゃんは現実ではS級ドラゴン討伐で戦死したの!その後ゴトーが怒り狂って山ごとドラゴンを吹き飛ばしちゃったって聞いたわ!」


「違う!お兄ちゃんが山ごとドラゴンを吹き飛ばしたんだ!」


「そう、、今ので余計にハッキリしたわ。。」


リーンは近くにあった椅子にどかっと座り、子供の姿とはかけ離れた威厳を放つ。


「バカなの? あんたにそんな力は無いじゃない!これは滑稽な『幻術』ね。六王衆が聞いて呆れるわ!」


アドルフがリーンの態度を受け呆気に取られていると空間が歪み始める。

この幻術が終わってしまうのが寂しくないと言えば嘘になるが、ひとしきり兄との再開を満喫できた。もう戻らなければ本当に取り込まれそうだ。


「だけど、一つだけ言わせて」


「なんだい? 」


アドルフは優しく微笑む。


「楽しかったよ!」


そう言って、アドルフに満面の笑みを見せたと同時にリーンは光へ包まれた。




<hr>



「もうわかった!やめてくれ!」


既に空間が歪み出している。

べルルは自ら幻術が解けるのを食い止めながらグィスカと相対していた。


「何を言ってるんですか、グィスカ。これは幻術だと言っているじゃ無いですか?まだ試したい新魔法がたくさんあるんです!」


「わけわかんねぇよ!」


べルルは早々にこれが幻術だとわかっていた。いや正確には幻術から免れる術を持っていた。

こうなる事を見越し、あえて幻術にかかったのだった。


「こんな『優しい幻術』で本当に半分も消えるんでしょうか、、あ!待って下さい!次の魔法はですね、、」


「勘弁してくださーい!」


「幻術最高でーす!!」


リーンとは逆に、全てが思うがままになるこの世界をまだまだ楽しむのであった。




<hr>



ユタロウは狭い空間の中でその時が来るのを待っていた。


美味しそうな料理の匂いが漂ってくる。

もう少ししたらあの家族はリビングへ集まって、俺の父さんが必死に溜めたお金で優雅なディナータイムに入るはずだ。


普段なら夕食直前に残飯のように盛られた料理が運ばれて来る。『カギ』が開くのはその時だ。


俺は忘れていた。死ぬ数日前の事、あまりの空腹に耐えきれず、一家が寝静まったのを見計らいキッチンへ侵入した事があった。結局、物音に気付いた叔母に見つかり、それ以来外側に南京錠が備え付けられるようになってしまったのだ。

あの日もこの鍵のせいで外へ出れず、死んでしまった。


「人権侵害甚だしいよ。全く、、」


ギ、、ギ、、


「来た!」


古くなった床を踏みしめる音が早足で徐々に迫って来る。

せっかちな叔母の足音だ。

足音が扉の前で止まるとチャラチャラと鍵穴を探しているのが感じ取れる。


ガチャ、、


「ほら、、ありがたく食べな!、、い、いやあああ!!」


扉が開いたと同時に踏み込み、聖剣の刃先を喉元ギリギリへ突き立てた。

心なしか聖剣が高速で動いた事により、空気が切り裂かれ歪んで見えた。


「どうした!」


叔母の叫び声に反応し、叔父とバカ息子も慌てて駆けつけて来た。

2人はその場の光景に一瞬唖然としていたが、既に酒を呑んでいた叔父は、刃物にたじろぐ息子を尻目に、早々に激昂し始めた。


「おいこらぁああ!!なな、何やってんるだ!貴様は!!」


いくら幻術とわかっていても、この男は怖い。条件反射の領域で手足が震え、頭がクラついてしまう。


今自分を支えているのは、あの世界で過ごした日々、出会った人たちによって授けられた『ほんの少しの勇気』。それだけだ。


「俺は、、」


「な、なんだ!」


普段何も喋らないのが、いきなり喋ったもんだから叔父は少し驚いた。


「俺は!冷たい目をした叔母さんが大嫌いだ!理不尽に暴力を振るう叔父さんが大嫌いだ!人を見下す事しかできないバカ息子が大嫌いだ!お前ら家族が大嫌いだああ!!」


「なな、何だと!」


「あなた!やめて!」


叔父は近くに置かれていた木彫りの熊の置物を手に取り投げるような素振りを見せるも、1番近くで自分と対峙している叔母はそれを抑止する。


「この子本気よ!それ投げたらきっと私を殺すわ、、」


「、、っく!なんて卑劣な、、それでも血の通った人間か、、」


「こ、この悪魔め!」


この家族はつくづく自分勝手だ。

もちろん殺す気は無いが、気を保たなければ憎悪に飲み込まれそうになる。


こんな家族に俺は殺されたのか。

生きているうちに『ほんの少しの勇気』を出せていれば俺の人生も別の物になったのかも知れない。

謝罪させてやろうと思っていたが、彼らの言葉を聞いているうちに気持ちが萎えてしまった。この家族の謝罪に価値は無い。


俺は静かに剣を引いた。


「あなたー!」


「おー!早くこっちへ来い、、うっ」


叔母は一目散に叔父へ駆け寄る。

俺もそちらへ向かって歩く。


それに気付いた叔父と息子はさっきまでの威勢がどこかへ消え、俺の行動の一つ一つにビクッと肩が震えている。


「パパ、、あいつヤバイよ!謝った方いいって」


「何を言ってるんだ、、誰があのような、、ひぃ!」


俺は叔父たちの正面まで行くと少し剣を構え、サイゴーさん仕込みの威嚇オーラを全開にして見せる。


家族は揃って後ろへたじろぎ、真正面の叔父に至っては、尻餅をついてしまっていた。


「今更、謝罪なんて遅すぎる、、帰るからそこどけよ」


叔父は這いつくばるようにして道を開けると、叔母を盾にして身を隠していた。

何とも醜い姿だ。


玄関のドアノブに手を掛けるも、本当にこれでいいのか少し考えてしまう。仕返しするなら今しか無い。これは幻術であって現実では無いのだから尚更に好き放題してもいいのだ。


そう思い一度振り返ると、怯えきった家族の姿が目に映る。それがあまりにも滑稽で爽快な物だったので思わず笑ってしまった。


もう何も要らない。

自分の心にこの馬鹿げた家族との思い出などこれ以上残したく無い。


「あー。最後に一つだけ、、人は死んだ後どこに行くと思う? 、、天国か地獄だ。あんたらは全員地獄だと思うから、今の内にせいぜい楽しんでおくといいよ。」


そう言い残しドアノブを回して外に出ると、世界がぐにゃぐにゃに歪んでいた。


「ま、待て!なぜそんな事がわかるんだ!」


叔父が最後の力を振り絞り声を張る。

俺は最高の作り笑顔を彼に向けた。


「自分一回死んでますから!」


この一言を本当の最後にして、俺は光の中へと吸い込まれた。

彼らのキョトンと脱力感のある表情が面白くて仕方がなかった。

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