第九の前に、光は運命を振りたいと提案
第九の初見演奏を振り終えた光は、少し息を整え、音楽部員と合唱部員に話し始めた。
「取りあえず、お疲れ様でした」
「初見の演奏としては、まとまっていたと思います」
「後は、練習を続けていく中で、細かな指示を行います」
「それと、全体的なお願いとしては、ダイナミックスの変化をもう少しつけたい」
「それには、個人練習、パート練習を時間の許す限り、お願いいたします」
「とにかく第九と言う曲に慣れるということが先決なので」
光の言葉は、ある意味、「月並み」であるけれど、音楽部員も合唱部員も、至極当然と思うのか、一つ一つ頷いている。
光は第九について話をした後、話題を変えた。
「それで、第九の前に演奏する曲を、様々、考えていたのですが」
とまで言って、少し間を置く。
「バッハのコンチェルトとかモーツァルトとか、シューベルト、ブラームスも考えました」
音楽部員も、合唱部員も、光の表情と、次の言葉に注目している。
音楽部顧問の祥子先生、校長、春奈も、光の次の発言が、さっぱり読み取れない。
光は、顔を引き締めた。
「少し、大変かもしれない」
「練習もきつくなるかもしれないけれど」
光は、また少し間を置く。
そして、厳しい顔のまま、ゆっくりと、曲名を口に出した。
「僕としては、このオーケストラで、運命を振ってみたい」
音楽部員からは、様々な声。
「ほーー・・・運命・・・」
「これも、超名曲」
「出来るかなあ」
「でも、好きな曲、キリッと引き締まっていて」
「聞きだすと、そのまま引きずり込まれる曲」
「完璧な曲なんだ、何の妥協もない」
「運命のフィナーレが華々しく終わって・・・その後に第九の第一楽章の、あの深い森の静かな雰囲気か・・・」
「うーん・・・いいね、それ・・・」
少しずつ、「演奏してみたいという」声が出てきている。
祥子先生も唸った。
「メインとしても十分な曲、それを第九の前に持ってくる」
「でも、ベートーヴェンが続くから、相性は悪くない、というか、すごくいい」
「私はピアニストだったから、運命そのものは演奏したことはないけれど」
「オーケストラの人に聞いたら、全てを忘れて打ち込める曲って言っていた」
校長は、また別のことを考える。
「ちょっと前の去年の光君とは違うなあ」
「ショパンとモーツァルトの美しい世界を追求するタイプと思っていたけれど」
「ベートーヴェンか・・・それも運命と第九」
「パワーあふれる光君・・・成長してきたのかな」
春奈は、不安に思った。
「そんな二曲も超名曲を振って、身体が持つの?」
「それは光君の運命も第九も聞いてみたいけれど」
「・・・と言って、言い出すと、音楽には頑固だからなあ・・・」
「その音楽に頑固だけど、私の気持ちなんて、何にもわかっていないし」
・・・・様々思うけれど、春奈としては、どうにもならない。
その音楽部員は、光の判断を尊重するようだ。
あちこちから
「やってみたい」
「うん、思いっきりベートーヴェン漬けになってみたい」
「ますます、気合が乗って来た」
「そうだよ、運命と第九なんて、生半可な気持ちじゃできない、それを実感したい」
・・・・そんな声が多くなり、最後には大拍手となった。