由紀の演奏技術分析と緊張
第九の初見練習は、第二楽章に入った。
音楽部員たちは、第一楽章と同様、リズムをキッチリと守り、光の指揮に合わせている。
さて、第二楽章と第三楽章の合間に、オーケストラのバックに入る合唱部員たちは、音楽室のステージの裏から演奏を聞いている。
演奏の邪魔になってはいけないと思うので、極めて小さな声ながら、様々な感想をもらしている。
「ふむ、音楽部のみんな、かなり練習してきているみたい」
「それはそうさ、光君の第九だもの、滅多に一緒にできないんだから」
「アンサンブルも最初は合ってなかったけれど、途中から合うようになってきた」
「とにかく、部員の集中力がすごい、指揮棒から離れない」
「楽譜なんか暗譜しているみたい」
とにかく素晴らしいとの感想が聞こえてくる。
合唱部長となった由紀も光の指揮に感心している。
「なんか、なめらかだけど、クッキリしている」
「それだから、合わせるほうも合わせやすい」
「あの華奈ちゃんでさえ、動きがスムーズだもの」
と、一応華奈の弾きぶりに感心した後、チェロのサラを見る。
「ふう・・・さすが、弓の使い方が別格、一度独奏を聞いてみたいくらい」
由紀はサラに別格との判断をした後、次にトランペットのキャサリンに注目。
「むむ、キャサリンの音は、キラキラして透明感がある」
「性格そのものかなあ、とにかくキチンとしている、侮れないなあ・・・」
やはりキャサリンも別格の技術を持っているようだ。
最後に、フルートの春麗に注目。
「しっかし可愛いなあ、まるでお人形さんみたい、フルートもきれいだし、あのリズム感がいいなあ、聞いていて気持ちがいい」
春麗の圧倒的な美少女ぶりと、フルートの腕前は、やはり別格。
由紀は特に、三人の外国人巫女には、感心しきりとなってしまった。
ただ、いつまでも、他人を観察してばかりではいられない。
第二楽章が終わったので、合唱部員たちは、音楽部員のバックに入ることになった。
その合唱部員たちに軽く会釈をして、光は第三楽章を振りはじめた。
合唱部員たちは、ここではつぶやくこともできないけれど、心の中では様々思うことがある。
「ほんと、第九の第三楽章って、こんなにきれいだったんだ」
「ほんと、落ち着くなあ」
「身体の力が抜けてくるって感じ」
「ステージに立っていなかったら涙が出てくるくらい、いい曲だ」
「この曲だけ聞いても、素晴らしいっていうのに」
「この後の第四楽章も、すごいからなあ」
とにかく、またしてもベートーヴェンの音楽に引きずりこまれている状態。
由紀もまた、心の中でいろいろと感じている。
「確かにベートーヴェンの第九は超名曲、その心を光君なりに考えて表現しているんだ」
「それにしても、音楽については、本当に安心できるなあ」
とまで感じて、少し姿勢を正した。
「うん、いつまでも聞いてばかりじゃいられない」
「今日は、ソロもあるんだから」
その顔も少し緊張した。
「だって、他の候補者巫女も、すごく上手なんだから、私がヘマできないって」
と思って、他のアルト、テナー、バリトン役のソリストの顔を見る。
そして気がついた。
「やはり、緊張しているのかな、みんな顔が赤くなっている」
「本番では、音大生あるいはプロを呼ぶって話だけど、今日は音楽部も頑張っているから、下手なことはできない、そう思っているのかな」
合唱部員たちが、そんなことを思っていると、第三楽章は終わってしまった。
そして、第四楽章、とうとう音楽部の演奏に、合唱部が加わることになる。
また由紀たちソリストは。、合唱部員たちより前に立つ。
さて、由紀が緊張気味に、その位置に立ち、光を見ると、光も由紀を見つめてきた。
「もーーー!光君、プレッシャーかけているの?」
そう言いたかったけれど、さすがにここでは言えない。
結局、由紀は、ますます緊張してしまった。