光の第九試聴と巫女たち(1)
薔薇のエキスだけを入れたお風呂を出た光は、そのまま二階の大広間に向かった。
楽譜棚から「第九」の楽譜を取り、CD棚で「第九」を探す。
そしてため息をついた。
「第九だけで、かなり枚数がある」
「僕の演奏スタイルと違うほうがいいかなあ、聞くとするならば」
「フルトヴェングラーは魂の演奏」
「カール・ヴェームはゆったりとおおらかな演奏」
「カラヤンは明快な、わかりやすい演奏」
「小沢先生は、しなやかさと大きさ」
「これも古いなあ、ジョージ・セルかあ・・・完璧な演奏」
「アバドはパワフルかなあ」
「といっても、楽譜との確認だよなあ・・・」
光は、楽譜を取り出したものの、楽譜確認のためのCD試聴については少し悩んだ。
それでもジョージ・セルを選んだ。
「まあ、楽譜に正確、リズムに正確なのは、ジョージ・セルとクリーブランドのオーケストラかな」
そしてCDをステレオにセット。
父の史特別製作のスピーカーから、第九が流れはじめた。
「うん、さすが、ジョージ・セルだなあ」
「最初の出だしの雰囲気がすごく、神秘的」
「神秘的なんだけど、楽譜に忠実」
「でも、音楽の広がりと、魂の大きさは、フルトヴェングラーにも決して負けていない」
「メロディの歌わせ方も、心にズンと響くなあ」
・・・・いろいろ光は考えていたけれど、途中から「楽譜とジョージ・セルの第九に集中する」状態になっている。
さて、薔薇の花を大量に浮かべた地下の大風呂から、巫女たちはあがってきた。
そして、全ての巫女がリビングに戻ったけれど、「お目当ての光」の姿がない。
春奈は、ここで心配になった。
「もしかして、薔薇のエキスに酔って、お風呂で倒れているかもしれない」
華奈も焦って真っ赤な顔で
「きっとそうに決っている!恥ずかしいなんて言っていられない」
とお風呂場に走ろうとするけれど、ルシェールの方が動きが早かった。
しかし、お風呂場を覗いたルシェールは首を振る。
「いなかった、残念」
何が残念なのか、よくわからないけれど、とにかく姿が見えないのには変わりがない。
由紀は、違うことを考えた。
「光君のしそうなことは何か、きっと寝ているに違いがない」
と、あっという間に階段をかけあがって光の部屋を、ノックもしないで開けてしまう。
由香利もそれには驚いた。
「すっごい、でもノックぐらいするよね、それほど心配なのかな」
しかし、由紀もすぐに光の部屋から顔を出した。
そして、首を横に振る、つまり「姿が見えない」サインをする。
そんな巫女たちの様子を見ていたソフィーが、くすっと笑った。
キャサリン、サラ、春麗も、途中から透視していたらしい。
ソフィーが口を開いた。
「光君ね、珍しく真面目なの」
キャサリン
「今は、大広間で楽譜とCDに熱中」
サラ
「楽譜に書き込みしているみたい」
春麗
「まあ、いいや、一緒に聞こうよ」
結局、巫女たちは、全員で光と一緒に第九を聞こうと二階の大広間に向かった。
光は驚いた顔をしたけれど、やはり多勢に無勢、巫女たちと第九を聞くことになったのである。