築地市場の肉屋前の異変
キャサリンが透視した築地場外市場の肉屋は、フレンチ、イタリアンで使う肉の部位まで揃えた有名店。
その肉屋の前に、いかにも筋骨隆々系、外国人の軍隊経験者らしい男たちが、少しずつ集まってきた。
ただ、もともと築地場外市場の通路は狭い。
他の買い物客が、その筋骨隆々系の男たちの集結のために、歩きづらくなっているようだ。
その様子に、少々困惑した肉屋の店員が、一番前で肉のショーケースを見ている男に声をかけた。
「あの、欲しい肉があれば、おっしゃってください」
店員としては、まず目の前の客に対応しなければ、つまり肉を売る、あるいは肉を買わなければ立ち去ってもらわないと、この混雑、通路の通行困難は解消しないと考えたのである。
しかし、肉屋の店員から、声をかけられた男は、全く反応がない。
そのままショーケースの肉を見ているだけの状態が続く。
店員は、考えた。
「もしかして、日本語がわからないのかもしれない」
そう考えて、英語、フランス語、イタリア語まで、使って声をかけてみた。
しかし、男は同じく全く反応がない。
そこで、店員は、本当に困った。
何も反応がない一番前の男に対しては当然困るけれど、何しろ店の前の通路が、同じような筋骨隆々系の外国人だらけになってしまった。
そして、他の買い物客などは、全く身動きが出来ない状態が、ひどくなっている。
その状態が気になったのか、店主も店員の横に立った。
そして、店員に声をかける。
「こうなったら、仕方がない」
「大親分に頼むしか方法がない」
「ああ、電話はしたけれど・・・」
しかし、店主の顔も厳しい。
「しかし・・・すぐに来てくれるかどうか・・・」
「この状態では、この店までたどり着くだけでも、相当なことだ」
「それに、これだけ集まると、人間というものは、イライラしやすくなる」
「そのうえ、見たところ、軍隊上がりのような物騒な連中ばかりだ」
「何か、とんでもないことが起きそうな気がしてきた」
店主の顔は、厳しい顔から蒼い顔に変化している。
店員は一番前の男が、「何か」の動きを始めていることに気がついた。
そして店主に
「店主!あいつ!胸ポケットからナイフ!軍用ですか?」
店主の目がそのナイフに吸い寄せられた。
「おい!あのナイフはショーケースだって切れるナイフだ」
まずは、驚き、次に声が震えた。
「う・・・刃先に何か塗ってある!」
「軍人がナイフの刃先に塗るって言ったら毒?」
店員の目は次に、軍用ナイフを持った男の後ろに立つ男をとらえた。
そして、震えた。
「店主!あいつ、拳銃を胸から!」
店主も震えた。
「いったい、何が目的だ!」
「俺たちの命か!そんなもんじゃないだろう!」
「これだけの人数をかけて、俺たちだけを襲うわけはない」
店主も店員も、あまりのことに頭が混乱、恐怖に包まれてしまう。
また、しだいに胸から同じような軍用ナイフを取り出す男、拳銃を取り出す男も増えてきた。
店主はうなり、震えが止まらなくなった
「こうなったら、ほぼ全員が・・・危ねえ連中ばかりじゃねえか」
「もしかして、俺らの店ばかりじゃねえかも」
「何で、何のために・・・この築地を・・・」
次の瞬間、店員は、また違う異変を察知した。
店内のスピーカーだけではない、場外市場全体のスピーカーから、雅楽のような不思議な音楽が流れ始めている。