第九交響曲の開始 地蔵と大天使ガブリエルの会話
コンサートのメイン、ベートーヴェンの第九交響曲の時となった。
光は、再び万雷の拍手をあびながらステージに登場、指揮台にのぼった。
光が、その目を閉じ、指揮棒を構えると、奏者も聴衆も静寂、咳払い一つしない。
第九交響曲の冒頭が静かに始まり、次第に盛り上がり、突然、雷のようなフレーズが響き渡った。
大指揮者小沢氏はこの時点で、腰が抜けた。
「何て・・・大きなベートーヴェン・・・いや・・・神の声なのか・・・」
「光君は・・・神?」
大指揮者小沢が感じた通り、光の指揮棒と音楽は、まさに光輝にあふれ演奏会場を圧倒的に支配した。
身じろぎ一つする人がいない。
中には手を組み、拝むかのように光を見る人も出て来た。
歯切れのよい舞楽のような第二楽章、夢のような天国を感じさせる第三楽章に進むにつれて、聴衆全体の顔は、恍惚感に浸されてゆく。
演奏会場上空では、地蔵菩薩が周囲を見回しながら、光の音楽を聴いている。
「第九は、光君の思い通りに振っていますね」
「何も心配はなく」
ソフィーは大天使ガブリエルの姿に変化、上空に浮かんだ。
「地蔵様の秘力で、混乱は起きないようです」
「邪宗の悪霊は全て除去いたしました」
地蔵は、笑って首を横に振る。
「いやいや、阿修羅様の、お計らいなんです」
「私も光君の第九交響曲は聴きたかった」
「それは八部衆の面々も同じ」
「春日様の霊蜘蛛や奈良氷室神社の氷の秘法も上手に使い」
大天使ガブリエルが地蔵菩薩に頭を下げた。
「まさか、メデューサと白蛇精が協力を申し出るとは」
地蔵菩薩は、少し笑う。
「光君に、惚れたのかもしれません」
「もちろん、阿修羅様の口添えもある」
地蔵菩薩の顔が、少し厳しくなった。
「人の世と申しますか、命の継続を断つような邪宗に光君を渡してはならない」
「今回の戦いは、そういう戦いなのです」
大天使ガブリエルは、頷く。
「正面切っての大激突ではなく」
「あくまでも、意表を突いた混乱との戦い」
「ウィルス、悪菌との戦い」
地蔵菩薩は、言葉を続けた。
「事前にわかっていたからこそ、これだけの準備ができました」
「春日様、伊勢様、それから諏訪様からも、しっかりとご協力をいただいております」
大天使ガブリエルは、遠くを見るような表情。
「クレタ島の神殿総本部も、麻紀の完落ちで、将来はありません」
「クレタ神殿の筆頭の巫女が麻紀を使い、光君を、そして阿修羅様まで篭絡しようと計画していたのですが・・・ポセイドンに見抜かれ咎められ、海に身を投げたようです」
地蔵菩薩は哀し気な顔。
「かつては、栄えある神殿の最高の巫女の系譜」
「それが、あまりにも愛欲におぼれたため、残虐な行為を繰り返したため、神々の怒りを買った」
「命をつなげるための快楽を、自分の快楽のためだけの道具にして、他者を惨たらしく犠牲にしてしまった」
ソフィーも哀し気な顔。
「築地の混乱、渋谷駅上空の飛行機、アメリカ大使館前の騒乱、横浜中華街での騒乱、ブラジリアン柔術を使った小細工、東京湾と隅田川沿いの怨霊騒ぎ、全て無に帰して・・・」
「ベルゼブブのような悪霊を使いこなせても、阿修羅にはかなわないのに」
地蔵とソフィーの目には、うっとりと光を眺めるだけの香苗が見えている。