光の魂を込めた「運命」が始まった。
開演5分前のブザーが鳴り、
「ご来場の皆さま、まもなく演奏開始となります」
「皆さま、御着席をお願いいたします」
のアナウンス、少しざわついていた客席が、静かになった。
由紀が、光の前にきた。
由紀は光の内ポケットに、何かを入れる。
「これ、寒川様の八方除け特別祈願のお札」
光は、すごくうれしそうな顔。
「ありがとう、いつも助かる」
少し出遅れたルシェールと由香利は悔しそうな顔。
ルシェール
「う・・・仕方ない、第九の出番の前に取り返す」
由香利
「演奏会後のパーティーでは、光君を独占して踊る」
そんなブツブツがあったけれど、光はうれしそうな顔から、真顔に戻った。
今日はステージマネージャーをつとめる音楽部顧問の祥子先生が、音楽部員に指示すると、音楽部員はステージに出ていく。
祥子先生は音楽部員全員がステージに着席したのを確認、光に目で合図をする。
光は頷き、ステージに向かう。
その光の後ろ姿を見て春奈は、震えた。
「すごい・・・気合入ってる、怖いくらい」
ソフィーも真顔。
「すべての邪を破却する運命交響曲にするんだ」
ルシェールの頬が紅潮している。
「すごいことになりそう、第一曲目から」
由香利は姿勢を正す。
「うん、心して聞く、光君の魂の運命だもの」
光がステージに登場すると、ものすごい拍手。
まるで地雷が鳴るような音になっている。
舞台袖から、その光を見た楓が珍しくウットリしている。
「かっこいい・・・それだけ・・・」
光は、ゆっくりと指揮棒を構えた。
その指揮棒に、音楽部員の視線が集中する。
「運命の冒頭」がホールに鳴り響いた。
客席の聴衆全員の身体がビクンと震えるほどの衝撃。
ほんの一瞬の間。
そして、再び運命の冒頭のフレーズが鳴り響き、音楽の展開が始まっていく。
客席で聴いていた大指揮者の小沢がポツリと漏らした。
「神・・・神のごとき冒頭・・・」
しかし、それ以上の言葉が出ない。
流麗にして輝きあふれる光の「運命」が、ホール全体を響かせていく。
「お固いベートーヴェン」
「すぐに眠くなる」
「寝てるだけでいいや」
などと言っていたアイドル並の美少女集団の顔には、そんな気配が何もない。
ただただ光の運命に引きずり込まれ、身体を震わす、あるいは圧倒されて聴きいるだけの状態。
第二楽章に入ると、そのまろやかなメロディーが、ゆったりと聴衆全員を魅了する。
目を閉じて、うっとりと聴き入る者。
手を組んで、神を拝むかのように光とオーケストラを見る者。
全ての苦悩から解放されたような、やわらかな顔になる者。
すでにまだ第二楽章と言うのに、瞳に涙をためている者までいる。
そして、その魅了は一般客だけではなく、アイドル並の美少女集団にも区別はない。
舞台裏で聞いている、巫女たちも、この光の「運命」には、何も声が出ない。
声を出すのも、音楽の邪魔になる。
何かを考えるのも、音楽の邪魔になる。
とにかく、ただただ、光の奏でる「運命」の世界にいたい。
そのような状態で、「運命」は第二楽章から、第三楽章へと進んでいく。