演奏会開始直前のホールと上空
光たち一行は、自宅から完全結界バスに乗り、演奏会場に到着した。
ホールの中に入ると、既に音楽部員や合唱団員が、練習を始めている。
光が客席からステージに向かって歩いて行くと、音楽部員や合唱団員から、様々な声が寄せられる。
「ねえ、光君、すっごいアイドルみたいな可愛い女の子がたくさんいてね、みんな今日の演奏会のチケットを持っているみたい」
「演奏会のチケットを持っているんだから、この会場に入って来るんだよね」
「でもさ、あのコスプレみたいな服って、今日のベートーヴェンに合わない」
「チャラチャラした感じになっちゃう」
「変に騒がれても、嫌だなあ、真面目に練習してきたのに」
様々、反感を持つ楽団員や、合唱団もいるけれど、光は気にしないようす。
「うん、何となく噂を聞いて、最初は気になって実際見たけれど」
「でも、気にする必要はない」
「僕たちは、真摯にベートーヴェンの音楽で勝負しようよ」
「思いっきり運命を叩きつける」
「そして、第九だもの、思いっきり歌い上げようよ」
そこまで話して、どんどん、ステージに歩いて行く。
楓は、その光の後ろ姿を、驚きの目で見ている。
「マジ?あの弱々しい光君が・・・」
「力強いんだけど・・・」
「メチャ、気合入ってる」
そして、少し震えた。
「光君の口から、勝負って言葉が出る時って、すごいことになる」
「阿修羅が、必ず反応するから」
ただ、光は楓の「震え」など、関知しない。
ステージにのぼり、指揮棒を構える。
「運命の第二楽章」
「軽く、音合わせです」
「本気は出さないで、本気は本番に残しておいて」
光が指揮棒を振りおろすと、ゆったりとした第二楽章が始まっている。
演奏会場ホールの上空には、四天王が浮かんでいる。
多聞天、広目天、持国天、増長天の四体である。
その四天王の中心に、地蔵菩薩が姿を現した。
地蔵菩薩は、四方を向いて頭を下げる。
「皆さま、御警護ありがとうございます」
四天王が地蔵菩薩に向かい、同じように頭を下げる。
地蔵は、下界を見下ろす。
「あの若い娘さんたちも、憐れむべきなのです」
「騙されて、連れてこられて、悪意を持った薬を飲まされ、非道なことをやらせられようとしている」
「悪気そのものは、あの娘さんたちにはありません」
その地蔵の隣に、大天使ガブリエルの姿となったソフィーも浮かんだ。
そして、地蔵に声をかけた。
「あの娘さんたちは、地蔵様がお作りになられた結界を通る時に、薬の効果は消えるのですね」
「さすがです、助かります」
地蔵は、微笑む。
「いえいえ、罪なき人、改心の見込みがある人を救うのが、地蔵の本願」
「ただ、悪意を消さない輩には閻魔です、断罪を行います」
大天使ガブリエルも微笑んだ。
「ただ・・・今回の敵は、今までの敵とは異質」
「混乱を巻き起こそうと必死なのですが、それが光君に通じるかどうかを、理解していない」
「普通の男には通用するのですが・・・」
地蔵もそれで笑う。
「そうですねえ、光君には・・・」
「ただ、一般の男の人の生殖能力を奪うことは許されないのでね、こうしているんです」
大天使ガブリエルは話題を変えた。
「ところで、思いがけないお二方から、協力したいと」
地蔵の目が、丸くなっている。