光の本当の顔 時間超過しても指揮を奏者から求められる
光と小沢先生の音楽談義は、しばらく続いた。
光が何かを話し、小沢先生がウンウンと頷く。
その様子を、練習を見に来ていた校長と春奈、ソフィーが注目する。
校長
「あの顔が、光君の本当の顔なんだろうね」
「いつも誰かに気を使っている、使っていないようで使っている光君なんだ」
春奈はその校長の言葉に不安なような、納得するような不思議な気持。
「そうかなあ、気を使っているのかなあ、あれで・・・」
「私も、いろいろヤキモキして、キツイことを言ってしまうしなあ」
「光君も、お母様との悔やみとか、悪霊との戦いとか、巫女さんたちにも神経を使って・・・うーん・・・」
ソフィーは冷静に光の表情を見ている。
「光君が一番楽しそうなのは、小沢先生と音楽の話をしている時」
「先生も世界有数の音楽レベル、すでにカリスマと言っていい」
「だから思いっきり音楽の話ができる」
「そもそも、光君は格闘とかは好きでない」
「だから阿修羅に変化して・・・というか乗っ取られて戦ったところで、何の喜びもない」
「やさしい子なの、本当はね」
校長がソフィーの顔を見た。
「メデューサに対しても、完全な断罪はしませんでしたね」
ソフィーは、深く頷いた。
「少しでも、相手に哀しむべきところがあれば、救いたいのでしょう」
光は小沢先生との話を一旦、中断、再び指揮台にのぼった。
そして奏者たちに語り掛ける。
「ありがとうございます、運命については、これでほぼ完全に近い」
「あとは、本番に向けて、それぞれが気になるところを練習してください」
奏者たちが頷くと、光はまた別の話題。
「第九については、最初の音量とテンポを、抑えます」
「本当にかすかな音で、ゆっくりと始めます」
「今日は、その雰囲気だけを確認します」
光が指揮棒を構えると、奏者たちは一斉に光の指揮棒に視線を集中。
光が目を閉じ、指揮棒をかすかに動かすと、第九の冒頭部が始まった。
小沢が、心の中で、うなった。
「う・・・これは・・・かすかと言っても、本当にかすかだなあ」
「聞こえるか聞こえないかだ・・・」
「これも奏者は本当に緊張する」
「大きな音よりも、小さな音のほうが、神経を使うのだから」
「しかし・・・このゆっくりとしたテンポで、少しずつ森の中に光がさすような・・・小鳥がささやくような・・・まさに妖精が軽やかに舞う・・・」
「そして、そこからいきなり音量、テンポを思いっきり強めて・・・」
「あとは、どんどん、大きなベートーヴェンの世界、第九の世界が広がっていく」
春奈は、途中で気が付いた。
「そうか、出だしが、すごく繊細だから、今の展開が生きる」
「そのコントラストを重視していたんだ」
「さっすがだなあ・・・音楽については文句言えないや・・・」
光は、途中までで指揮棒を止めた。
そして、奏者たちに頭を下げた。
「ごめんなさい、夕方5時半になってしまいました」
「時間を超過してしまいました」
「今日はこれで終了とします」
本当に申し訳なさそうに頭を下げて、指揮台をおりる。
・・・が・・・奏者たちは、楽譜も楽器も片付けない。
それどころか、床をドンドンと踏み続ける。
校長が奏者たちの意図を理解した。
「光君、せめて第一楽章の最後まで」
「奏者たちは、それを希望している」
光は、結局、第一楽章を全部振ることになった。