白い霧
さて、一種異様な雰囲気の中、光に助け船が入った。
華国祥が落ち着いた声。
「それでですね、今の光君の体調では、目と鼻の先とは言え、中華街にお呼びすることは、困難」
「そして、確かに脂が強い宴も困難」
どうやら華国祥は宴の話題に切り替えてくれるようだ。
そして、光はその気遣いに本当にホッとした。
「ありがとうございます、華国祥様、宴など気を遣われなくとも」
そう言いながらも、華国祥の次の言葉を待つ。
華国祥は、そんな光に再び頭を下げた。
「いえいえ、そういうわけにはいきません」
「わが中華街として、このままではいきません」
そして、春麗と周美鈴を手招き、二人で不思議な呪文を唱え始めた。
華奈は、その呪文に首を傾げる。
そして、ポツリ。
「全部、中国語?全然わからないなあ」
由香利は、華奈の母美紀に少し頭を下げ、頷いたことを確認。
そして華奈に、きつい一言。
「そうだね、華奈ちゃんって、日本語の呪文も間違えるしね」
「伊勢様も、悩んでいたもの、成長が遅いって」
華奈は、真っ赤になって言い返そうと思うけれど、難しい。
「うーん・・・全部、事実だなあ・・・やばいなあ・・・」
そして母美紀から追い打ちが来た。
「華奈、どうして素晴らしい中国古来の呪文を聴いているのに、シャンとできないの?他の人は姿勢を正して聴いているのに、本当に恥ずかしい」
華奈は、またしても顔が真赤。
しばらくは撃沈状態となった。
さて、華奈の状態はともかく、中国の古い呪文が続くにつれて、ホテルの部屋の中に、たおやかな香りが漂い始めた。
そして、呪文を唱える華国祥、春麗、周美鈴の身体からは、白い霧のようなものが出始めている。
すっと黙っていた光がポツリとつぶやいた。
「もしかすると、異界になるのかな」
「それも、古代の長安、皇帝の宮殿」
その光の耳に、春麗の声が飛び込んで来た。
「そうなの、光君」
「一度、案内したいと思っていたの」
次に周美鈴の声が飛び込んで来た。
「すでにおわかりかしら、華清宮にご招待したします」
光は、頷いた。
そして答えた。
「それは、ありがたいことです」
「古代中国、秦代から続く温泉地にして、唐代中期には玄宗皇帝がここに冬を過ごすために宮殿を建て、かの楊貴妃と愛の日々を送ったところ」
光の答えに華国祥が応じた。
「はい、香りと白い霧だけで、よく察していただけました」
「さすがは阿修羅様の力を持つ光様」
「ただし・・・目的は玄宗皇帝と楊貴妃ではありません」
「あくまでも、光様の滋養強壮のため」
「わが中華街としても、最大限のお礼をしたいが故」
いつの間にか、ホテルの部屋の中は、白い霧しか見えなくなっている。
一緒にいた巫女たちの姿も見えず、声も何も聞こえない。