西の京散策(6)唐招提寺
唐招提寺は、南都六宗の一つである律宗の総本山であり、中国の国禁を犯してまでの渡航、その上、数多くの渡航失敗などの苦難の末、来日を果たされた鑑真大和上の寺として名高い。
鑑真大和上は、来日当初、東大寺で5年を過ごし、ほぼ引退として新田部親王の旧宅地を下賜されて、天平宝字3年(西暦759年)に、戒律を学ぶ僧侶のための修行場として、この寺を開いた。
そのため、当初は「唐律招提」と名付けられ鑑真和上の私寺であり、講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵だけが存在していただけである。
尚、金堂は8世紀後半、鑑真和上の弟子の一人であった如宝の尽力により、完成した。
現在では、奈良時代建立の金堂、講堂が天平の息吹を伝える、貴重な伽藍となっている。
華奈と右手をつないで歩く光の左側に、春麗が立った。
やはり、玄奘三蔵と同様、春麗の故国中国からの僧侶である鑑真大和上には、関心が高いのだろうか。
そんな春麗に光が声をかけた。
「玄奘三蔵様と鑑真様、いずれも、この奈良、大和からの遣唐使ともなじみが深い御方」
「その玄奘様は、国禁を犯してインドへの旅」
「鑑真様も同じく国禁を犯してわが大和への旅」
「その僧侶にしては珍しい二人の故地が、こんな至近の場所にあるというのも、不思議だね」
春麗は、さっきまでの文句顔から変化した。
少なくとも、光のマトモな話には、付き合いたいらしい。
おもむろに話しはじめた。
「唐代というのは、書籍を海外に持ち出す場合は、役人の許可が必要だった」
「日本から来た遣唐使も、その許可を得て、膨大な書籍を持ち帰った」
「それが、やがては、その許可も不要というか、有名無実化したんだけれど」
光
「そうなると、わざわざ膨大な経費を払って、書籍を買いにまで行かなくても、商人などに頼めばよくなるのかな」
春麗
「うん、最後にはそうなるけれど、鑑真様の時代は、強い国禁が残っていた」
「唐の朝廷の許可なしに渡航も出来ず」
光
「でも、そんな困難を乗り越えて仏法のために、わが日本まで」
春麗
「ちょうど、当時の皇帝が方針転換をして、インド伝来の仏教から、中国古来の道教に戻そうとか、そんな動きもあったとか」
「鑑真様は、それを危惧したのかもしれない」
光
「経典が没収されたり、廃棄されたりする危険かな」
・・・・・・
光と春麗の話は、長々と続く。
華奈は、初耳の話ばかりなので、大人しく熱心に聞いている。
というよりは、光に手をつないでもらっているだけで、そもそも、大人しいのである。
しかし、そんな平穏が続かないのが、特に「候補者巫女」連中。
春奈
「ほら!観光客も増えているんだから、三人で手をつなぐのは邪魔になります」
ソフィー
「子供じゃないんから、お手々つないではないでしょう!」
ルシェール
「そもそも、ここは戒律の場、鑑真様も呆れているのでは?」
・・・・・他の巫女たちもブツブツ言っていたけれど、同じようなことなので省略。
その後、一行は唐招提寺の広い伽藍を、丁寧に見学し、最後は伽藍の奥にある鑑真廟で手を合わせた。
ただ、全員の口数は少ない。
「歩き疲れた、ホテルでお昼寝したい」
光のつぶやいた言葉が、ほぼ全員の気持ちだった。