奈良林神社にて(2)
さて、奈良林神社つまり「お饅頭の神社」のお祭りは、例年4月19日に菓子の祖神として、林浄因の偉業を讃えるとともに、菓子業界の繁栄を祈願して、全国からたくさんの饅頭が献上されるというもの。
祭事自体は、全国の饅頭を製造する製菓業者の関係者らも列席し、林浄因の子孫に関係する製菓業者も含め、数多くの製菓業者からの「おいしそう」なお供え物でにぎわうものとなっているけれど、内容は玉串の奉納、祈願等の一般的な祭事の形態であり、時間的にもそれほど長い儀式ではない。
また、祭事は午前11時から約1時間程度のもの。
その後は、「無料」で「お饅頭」と「お抹茶」がふるまわれる。
しかし、その程度の「お饅頭祭り」で、光は「後々まで語り継がれる大失態」を起こせるものなのだろうか。
学園の保健教師であり社会的立場で利用して「内容」を聞きだそうとする春奈と、奈良育ちではない巫女連中も首を傾げるばかりになった。
その上、当の光は、本当に嫌そうな顔をしている。
「しょうがないなあ・・・光君、あんな顔しているから」
楓はそれでも光に配慮したようだ。
小声で、「事情を知らない」巫女たちを、そっと呼び寄せ、小声で説明をはじめた。
「あのね、お饅頭のお祭りは人気が高くてね、2時間くらい前から並ぶものなの、その方がスムーズなの」
聴いている巫女たちが、うんうんと頷くと楓は続けた。
「そしたら光君が6歳くらいだったかな」
「たまたま東京から奈良に泊まりに来ていて、お饅頭祭りにみんなで行こうって話になってね」
「光君も、その話をした時には、うれしそうな顔をしたの」
そこまで言って、楓は顔をしかめた。
光は聞いているか、聞いていないかの微妙な顔。
楓は、話を続けた。
「そうしたらね、当日は朝寝坊はするしさ」
「起きたのが朝8時半、おまけに朝ごはん食べるのも、いつもの亀!」
楓は、話の途中から怒りだした。
「事情を知らなかった巫女たち」も、少しずつ「状況」を理解しつつある。
楓の顔が赤くなってきた。
「その朝ごはんを食べ終えたのが、朝の9時、もう亀としか言えない」
「芋虫でももっと早く食べる」
「菜穂子叔母さんが、叱っても、のーーーんびり」
「その上!」
楓は横目で光を睨む。
「ようやく食べ終えたら、興福寺の国宝館が、9時から開くから阿修羅を見に行きたいって言いだしたの」
「ずーっと食べ終えるのを待っていてさ」
「こっちは、えーーーーー?って感じ」
「それにさ、興福寺と林神社って、方向が逆なの」
春奈は、そこで察した。
「それで、光君は結局、みんなを引き連れて、阿修羅を見に行ったんだね」
今度はソフィーが頷いた。
「そうなの、そしてまた歩くのが遅くてねえ・・・国宝館についたのが9時半」
ルシェールも、珍しく文句顔。
「おまけに阿修羅を見終わったのが、10時近く」
華奈も、文句顔。
「私が光さんに言ったの、ねえ、光さん、お饅頭祭り始まっちゃうて」
「そしたら、光さん、全然覚えていなくて、何だっけって・・・」
楓はため息。
「ねえ、美味しいお饅頭とお茶が無料で飲めるっていうのにさあ」
「結局、日曜日だったってこともあるけどね、着いた時には、ほとんど残っていないの」
「あれほど楽しみにしていたのを、光君のノロマと大ボケで台無しになったの」
光は途中から、その耳を塞いでいる。