奈良林神社にて(1)
和菓子店の店内でお饅頭を食した、光と巫女たちの一行は、再びサロンバスに乗り込み、「お饅頭の神社(林神社)」がある漢國神社に到着した。
尚、この神社は近鉄奈良駅から50mと至近の距離にある。
宗教史学者である美紀が説明をはじめた。
「まずは、漢國神社から」
「漢國神社の創建は、推古天皇の元年だから西暦593年、の勅命によるもの」
「祭神は、大物主命、その後、養老元年だから西暦717年に、藤原不比等公が大己貴命と少彦名命を合祀」
「そして、林神社は、祭神は林浄因」
「林浄因は、中国浙江省の人で貞和五年だから西暦1349年に来日」
「林浄因は、この漢國神社に住み、日本で最初に饅頭を作って、好評を博した」
「その後、足利将軍家を経て、遂には宮中に献上するまでになった」
「現代に至るまで、全国の菓業界の信仰を集めています」
「また、室町末期から桃山初期にかけて林家の林宗二が、初期の国語辞書である『饅頭屋本節用集』を著し、印刷・出版の祖として知られています」
美紀の説明は、よどみなく進む。
「また、この境内の中には、徳川家康が慶長十九年十一月の大坂の陣の際、木津の戦に破れ逃げてきて、この神社の境内の桶屋に隠れ、九死に一生を得たという故事があるの」
「徳川家康は、その翌年、その時の恩に報いるため御参拝、御召鎧一領を御奉納したとか、その後に鎧蔵を建立したとか」
「その後、将軍家からの使者は年々立てられたという話もあります」
この美紀の説明には、特に関東育ちの巫女の由香利と由紀は、興味津々。
由香利
「へえ、それほど大きな神社とは思えないけれど、深い歴史がありますね」
由紀
「お饅頭の話も面白いけれど、家康公と将軍家のお話も初耳」
また、中国人である春麗は、ことのほか神妙。
「とにかくうれしいなあ、食べ物を伝えて喜んでもらったり、国語辞典を作ってみたり、同胞として感じるものがある」
しかし、そういうマトモなことを言うのは、奈良育ちではない巫女たち。
奈良育ちの巫女は、さっそく騒ぎ始める。
楓が、まず光にニヤリ。
「光君、お饅頭祭りのこと覚えている?」
光は途端にうろたえる。
「え・・・何だっけ・・・それ・・・」
華奈もいち早く反応する。
「あ!思い出した!光さんの大失敗」
これは、おっとりルシェールも思い出したようだ。
「あーーー!あれね?あれはひどかった」
ソフィーも、それは知っているらしい。
「ほんと、超ヒンシュクだった」
しかし、春奈だけが、それを知らない。
そして、知らないとなると、かなり気になる。
「ねえ、あなたたちだけ情報を共有してどうするの?」
「しっかり説明しなさい」
「私は学園の保健の教師です、聞く必要があるのです」
春奈は、自らの社会的立場まで持ち出して聞き出そうとする。
しかし、光の「大失態話」は、母親世代の巫女も周知の話のようだ。
圭子
「まあ、光君らしい話だけど・・・笑えた」
奈津美
「菜穂子姉さんも、ガッカリしていた」
・・・・・
とにかく、光の母菜穂子が、ガッカリするくらいの大失態らしい。