聖母マリアの出現(1)
奈良氷室神社と目指す教会までの距離は、約850m。
サロンバスでの移動なので、すぐに到着してしまった。
さて、サロンバスを降りる段になっても、ルシェールは光の腕を離さない。
これには、阿修羅から戻った光は顔を赤くするけれど、どうにもならない様子。
ルシェールが光に声をかけた。
「とにかく離さないで、それが大事」
光が頷くと、ルシェールはそのまま光を引きずり、教会へとのぼる道のわきに立つ、純白のマリア像の前に。
他の巫女たちも、ルシェールと光と同様に、聖母マリア像の前に集まった。
そして、ルシェールが目を閉じ、小声で何か呪文を唱えた瞬間。
異変が発生した。
目の前の、純白の聖母マリア像の肌に赤みがさし、目が開いた。
その像の身体も、動き始めた。
その次に、声も聞こえてきた。
「ようこそ、光君」
「実は阿修羅様の宿り子」
「それから、日本と世界各地の優秀な巫女様方」
美しく厳かな雰囲気に満ちた声である。
光が一行を代表して、聖母マリア像に応えた。
「お久しぶりです、マリア様」
「子供の頃以来ですね、ずっと来たいと思っていました」
光は、そこまで応えて少し間があいた。
そして、声を詰まらせた。
「年末にも、春先にも、この命を救っていただいて・・・」
「母にも逢わせていただいて・・・」
光の声が、珍しく湿っている。
それを聞く巫女たちは、涙ぐんでいる。
聖母マリアの声が、また聞こえてきた。
「光君には、つらい生活をさせてしまいました」
「お母様の菜穂子様も、悲しんでおられましたが」
「それも、光君に与えられた試練なのです」
光は、グッと唇を噛んでいる。
その少し震える身体を、ルシェールがしっかりと支える。
また、異変が発生した。
像であるはずの聖母マリアが、突然歩き出した。
そして、光と一行を手招き。
「私の後に」
と、教会までの坂道をのぼっていく。
ルシェールが光に、そして巫女たちに声をかけた。
「これから、聖母マリアのミサになります」
光は、前を歩く聖母マリアを見て、さらにその先の教会を見る。
光の目が輝いた。
「あの教会の中には」
その光の声に、ルシェールが応えた。
「うん、光君、一歩中に入れば、この世とは異次元の世界」
いつのまにか、これから入っていく教会全体が、眩いばかりに輝いている。
そして、光と巫女たちの一行を、真っ白な霧のようなものが包んでいる。