東大寺三月堂にて(2)
光はその春麗を見て、にっこりと笑い、いきなり阿修羅へと変化した。
その、春麗も光の笑顔を見て、不思議な容姿へと変化した。
まさに、中国古代の美神そのものの容姿になっている。
すると、阿修羅は不思議な名前を口にした。
「ようこそ、九天玄女様」
春奈をはじめとして、他の巫女は「これは光君ではなく、阿修羅が話をしている」と思ったので、しばらく二人の会話を聞くことにした。
さて、九天玄女とは、現代にまで信仰を集めている。道教の女仙である。
かつては、古代中国の黄帝を助けて戦争に勝利をもたらした闘いの女神と言われていたけれど、現在は、高貴でやさしい天女のお姿になっている。
九天玄女と変化した春麗は、その顔をあからめ
「いえいえ、阿修羅様、これほど霊力が高い場になりますと、身を隠すことも難しゅうございます」
「本当に春麗がお世話になっております」
と、艶やかに笑顔を見せる。
そして、この言葉が発せられたことにより、この会話が「阿修羅と九天玄女の会話」ということが、はっきりとなった。
阿修羅は、不空羂索観音を囲むように立つ、梵天・帝釈天や四天王、金剛力士などの像を見ながら、
「特に今回は、四天王にはお願いをしてある」
「混乱と混沌を防ぐ闘いであるので、何よりもしっかりとした防御結界を張ることが重要、その意味で四天王に働いてもらっている」
その阿修羅の言葉に、九天玄女が応えた。
「はい、東を守る持国天、その名の通り、国を支える四天王の筆頭」
「西方を守る広目天は、その名の通り、広い目であらゆるものを見通します、情報収集や分析なども司る」
「それから、南方を守る増長天は、作物を増やし成長させる役割」
「最後に、北方を守る多聞天、この四天王の中でも最強。説法をよく聞いたものという意味もあり、別名は毘沙門天」
阿修羅は、少し間をおいて、金剛力士像にも目を向けた。
「おなじみの阿形と吽形」
「いろんな作り方があるけれど、東大寺南大門とか他の寺の山門にある場合には、上半身は裸形」
「しかし、ここでは、しっかりと戦闘服を着こんでいる」
阿修羅がそこまで、話したところで、九天玄女が阿修羅に近寄り、「何か」を耳打ち、それに阿修羅が頷くと、一瞬にして阿修羅と九天玄女は、光と春麗に戻っている。
結局、二人の仏像談義を聞いているしかなかった巫女たちの中から、楓がズンと光と春麗の前に立った。
そして、いきなり怒り口調。
「ねえ!光君!いつまで難しい話しているの?」
「二月堂に行くっていったでしょ?」
「早くしないと、日が暮れる」
「お化けでも出てきたらどうするの?」
「怖いっていったら、お姫様抱っこしてくれるの?してくれないでしょう?」
「ねえ、さっさと行こうよ!」
「このノロマの光君!亀とか芋虫のほうが、光君より動きが速いって!」
・・・・・・
かなりの文句の連続なので、後は省略。
日本育ち巫女は、楓のお怒りは、「ある程度予想していた」ので、それほど表情に変化はないけれど、外国人巫女は目を丸くして笑い出してしまった。
春麗
「うん、あのたたみ掛けは、面白い、私も身につけよう、九天玄女様も実はそれが聞きたかったのかも」
サラ
「歯切れがいいなあ、イタリアとか地中海のマンマのお叱りみたい、聞いていて気持ちがいい」
キャサリンは、楓の文句も面白いけれど、体型をしっかり見ている。
「絶対、光君だと楓ちゃんのお姫様抱っこは無理、楓ちゃんのほうがガッチリ体型だし、体重も完全に光君を超えている」
さて途中で相当ヘキエキしていた光は、楓に無理やり腕を組まれ、歩き始めた。