壬申の乱の説明と、光の心配事
いつのまにか、まばゆい光が消えた。
それを見計らって、美紀が話しはじめた。
「おそらく、日本育ち巫女は、日本史の授業で習ったとは思うけれど」
「キャサリン、サラ、春麗は、知識がないと思うから、日本古代史における重大事件であって、この伊勢神宮にも重要な関係がある壬申の乱について説明をします」
美紀のその言葉に、全員が注目する。
美紀は、それを見て、説明をはじめた。
「まず、天武天皇はご存知の通り、天智天皇の弟」
「彼は、天智天皇が古代の天皇制を確立するために行った政治改革、いわゆる律令制の制定に際して、中臣鎌足とともに、天智帝を補佐した人」
「若くから英才の誉れが高かった」
「しかし、皇位継承に際しての天智帝の本意は、その子大友皇子」
「死の床に伏した天智帝が天武に後事を託そうとの形を見せるけれど、天武は信じない」
「結局、暗殺の危険を感じて、それを受けず、出家と称して吉野に引きこもった」
「そして、天智帝の死後、大友皇子を擁立する近江方と、天武を中心とする吉野方が対立する吉野方が対立し、壬申の乱となった」
全員が熱心に聞いているので、美紀は説明を続けた。
「天武は吉野を出発し、宇陀、名張、積殖を過ぎ、鈴鹿を超え、桑名・関ケ原から近江方の軍勢とあたっています」
「その間、伊勢と美濃の豪族が、相次いで天武側に参加し、戦力が強化された」
「また、天武帝は明郡洂太川で伊勢の神を礼拝し、戦勝祈願をしたと言われています」
「また、伊勢は東国を抑える港としても、極めて重要な拠点でもありました」
「ただ、その当時は、伊勢は最高神を祀る神社ではなく、伊勢地方にある神社の1つに過ぎません」
「天武帝としては、壬申の乱に勝利できたのは伊勢の神のご加護があったからだと考えており、伊勢を他の神社と比べて特別視するようになりました」
「そして、天武天皇即位後、伊勢の神社が天皇家の神宮へと生まれ変わったのです」
美紀の説明としては、要するに伊勢神宮が現在の姿になったのは壬申の乱、その時の勝利者である天武天皇と持統天皇の意思が強く関係しているということになる。
そこまで黙っていた光がポツリとつぶやいた。
「確かに、兄弟の血みどろの戦い」
「同じ血を分けた仲での、裏切、殺し合いだった」
「しかし、その混乱を超えて、今なお、その時に皇大神宮とされた伊勢の神は、1,300年を超えて、日本人の意識から切り離すことはできない」
「その意味において、禍と混乱を静める最強の御力を持つ大神なのだと思う」
由香利が光の言葉の後を継いだ。
「結果としては、そうなると思うの」
「それだから、今、与えられた御力も、かなり強いもの」
「少なくとも、邪霊は寄ってこないし、他の人についた邪霊を見抜くことができる」
「これも、神鏡の御力」
他の巫女も、神妙に聞いていたけれど、光はやはり光だった。
「あまり難しい話を聞き過ぎたような気がする」
「頭がいっぱいになってしまった」
そして、全ての巫女を見回して
「ねえ、おかげ横丁を散歩しよう」
「奈良にもお土産買わないとさ」
と、懇願する様子。
華奈が、それでハッと緊張顔から普通の顔に戻った。
「ねえ、面倒だから、赤福にしましょう」
「それ食べて、多少、彼女が太っても、今さらねえ・・・」
それについては、そう思っていた巫女が多かったようだ。
時間も、夕方近くなっていたこともあり、お散歩は少々。
奈良へのお土産は、赤福が中心となった。